第81話
宵闇の歌
ロートバルト平野の戦地に宵鳴の鳥のような声があちらこちらから聞こえてきた。
「ロリちゃん、やばいっす。めちゃやばいっす。 」
「アストラッド、白い顔がさらに真っ白じゃ。どうしたというのじゃ? 」
「あれは奉仕種族の鳴き声っす。 めちゃくちゃやばいっす。 」
「怒っておるのか? それともなんなのじゃ? 」
「ロリちゃん様、とうとう、我が主人(あるじ)のお出ましでございます。」
「どういうことじゃ? エミリアがお主らの主人ではないのか? 」
「ああ、この身はエミリアだがな。どれだけ、ロートバルト男爵家にわたしの血を注ぎ込んだと思う? エミリアはわたしのつぎ木だ。 」
「……薄々、察するが、そなたがリニュリョールか? 」
「そうだ。お初にお目にかかるな、ローゼンシュバルツ家の姫よ。『原初の光の民(ウップルーニ=アールヴ)』の氏族リニュリョール家の末席に連なるものだ。」
「この状況でよくそんな会話ができるっすね。 」
「…あの猿は身動き一つ取ることができないだろう。」
エミリアの姿をした最高位のエルフ族の女性は公爵を見ずに答えた。
ロリもちらりと目を向けて腰に悪そうな中途半端な姿勢で固まり脂汗を流している男を確認して頷いた。
「ふむ。で、どうしてエミリアの母だか祖母が出てきたのじゃ? 」
「わかるか。わたしはエミリアの母でもある。もちろんこの子は手足長族とか、定命種、只人族ではない。わたしがロートバルトに長らく血を注いだ結果、この子はほぼ『原初の光の民(ウップルーニ=アールヴ)』だ。」
「ああ、だから奉仕種族しかいない環境でも正気を保つことができたっすね。」
「でも、エミリアちゃんに魔力は一切感じなかったのに、どういうことなの?」
「魔人種の娘よ。そなたの魔力はまるで分厚い霧のように姿を隠すくらいに漏れ出ているが、北方種族はそのような無駄なことはしない。幼い頃からどれだけ制御できるか、血が滲むほどに覚えさせられるのだ。エミリアはわたしたち純血種ほど魔力はないが、ハイエルフの倍ほどには魔力を持つ。しかしエミリアは幼い頃よりわたしがいない環境に育たざるをえない環境のため、魔力制御を覚えることができない。そのためにわたしがエミリアの魔力を受け持った。」
「制御できなかったらどうなるの? 」
「そなたのように平原の迷宮に向かって毎日地形を変えるほどの放出をしなくてはならないだろうな。」
ギロリとロリがユズを睨んだが、ユズは肩をすくめて返事をしただけだった。
「エミリアとは魔術的な通路を通じて魔力をわたしがすべて引き受けている。そのため、この子は身体的にもやや虚弱になってしまった。だがわたしはエミリアの目を通じてロートバルト平原の出来事をいつも見ている。この子に何かあった時、母としてすぐに出ることができるためにな。」
「お主が北方山脈の向こうからやってくることはできぬのか? エミリアは祖父が死んでからも苦しんでおったのじゃぞ。」
「制約によってあの山脈を超えることができなかった。あのモノどもをエミリアの身の回りにつけることがせいぜいで、それも北方種族連からあのモノどもの能力に制限を強く付けられた。」
「だから補助的な能力しかなかったんっすね。」
「そうだ。 さてと、そのそろこの類人猿を始末するか。エミリアの父を殺したあまりか、名誉まで奪っただと。貴族では舐められたら終わりだそうだな。ならば、相手を殺してわからせてやる。エミリアよ、お前の力を戻してやる。使い方はわたしが教えてやるから、思う存分にやるがよい。」
そう言い終えたエミリアの身体を乗っ取っていた彼女の母の気配が消えた。
崩れ落ちるエミリアをメイドたちが取り囲み、タールのような不定形に戻り、エミリアの全身を覆い尽くした。
「おい、大丈夫じゃろか? 」
「……奉仕種族は危険っすけど、エミリア様の奉仕をするためにここにいるから、大丈夫…っすよ、きっと。 」
「準備が整いました。 」
老齢の家令の姿をした奉仕種族が一礼をすると、エミリアを取り囲んでいたタールのような不定形は彼女から離れ、メイド姿に戻った。
そしてエミリアはダイヤモンドのように光を反射し輝く髪と白い肌になっていた。
瞳の虹彩もダイヤモンドをはめ込んだように美しく、その中心には光を取り入れる真円の瞳孔が闇のように黒く開いていた。
「なんじゃぁ、こりゃ? 」
「エミリア様は元々これが本来のお姿です。ですが、このお姿はあまりにも人を惹きつけてしまわれるために、リニュリョール様がありふれた髪色とされるように申しつけられました。 」
ほえ〜っ
ため息ともつかぬ声を漏らしたロリたちはエミリアが何もない空間から銀色に輝くサーベルを取り出すところを見た。
エミリアはサーベルを両手で持ち構えた。
ロートバルト平原の強い日差しにダイヤモンドのように輝く少女が巌のように巨大な公爵に向かう姿はロリたちや令嬢騎士団と戦車よりも浮世離れした光景だった。
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