第80話
安全に物量と火力ですり潰せるのならそれが一番なのじゃ。偉い人にはわからないのじゃ。
ロートバルト女男爵軍は目に見える損害もなく15万もの大軍をすり潰すことに成功した。
シュトロホーーフェン公爵のいる本陣は公爵の近衛騎士団が十重二重と防御陣を張り、その外側には魔術兵団の魔力障壁を展開していた。
しかし、左翼に陣する騎士団は手にしていた槍を重装歩兵から借り受けた盾に持ち替え、それを掲げて十余名の煌びやかな鎧を纏った中年の貴族を中心に側仕えの屈強な騎士に守られて、突進してきた。
魔力障壁を張っている魔法兵団も前線に出てきて牽制の魔法弾を戦車隊に向かって撃つも先頭で進むチハたんの前部装甲に跳ね返されていた。
先頭の騎士は巧みな馬術で戦車隊の攻撃を避けるも付き従う他の騎士たちは被弾し脱落した。
その穴を他の騎士が埋め、中央の貴族の守りを固めた。
「必死になって進軍してくるのう。」
ロリが双眼鏡を覗きながら相手の進路を注視しているとユズがロリの腰を叩いた。
「ロリちゃん、見て!! 旗が上がったよ。」
「どこの貴族じゃ?」
「あれは……公爵の紋章です。 」
ロリのそばに控えていたモニカが言いにくそうに答えるとその言葉が届いたエミリアはギリっと唇を噛み締めた。
「公爵の紋章を旗印に使えるのは公爵本人か、直系で公爵家の名を使うことを許された子のみです。 」
「どういたしますか、連隊長? 今なら一撃で始末できるであります。」
「確かにのう…… いや、ブリュンヒルデ、エミリアのメイドを伝令に出してシャルロッテとリコリエッタを妾のそばに控えさせるのじゃ。ユズはそのままでいつでも防御をできるようにするのじゃ。そして城壁の狙撃隊は中心の貴族周辺をいつでも狙撃できるようにするのじゃ。奴らは人数を増やさぬようにこのまま、声の届くところまで進ませるのじゃ。 」
「御下知いただきました。各人、急いで動きなさい。 」
「はい! 」
タールのような無貌のメイドは、シャルロッテとリコリエッタを呼びに向かった。エミリアのメイド隊も城壁へと影を伸ばすように歩みを進めた。
恰幅の良い壮麗な甲冑に身を包んだ貴族を幾重にも取り囲んだ魔法陣を掘り込んだ対魔法甲冑で身を包んだ重装騎士の部隊は城門と城壁の上に配備された狙撃隊によって馬の足を止められた。
何頭かの馬は棒立ちになったが騎士の手綱捌きにより、足を地につけた。
騎士たちの中心にいた左右に一本ずつ、そして正面の雄々しい角をつけた兜をつけて毛皮の縁取りのある赤いマントを翻した貴族が顔を露わにした。
その貴族は白い髭を短く整え、ロメオ卿と同じ髪色と瞳をしているが、四角い顔に冷徹な容貌、特に鋭い目は自分以外のものはたとえ王族であろうとさもしい者として見下す無駄に自我と特権階級の歪んだ自意識が煮凝りとなった鈍い光を放っていた。
「田舎娘はどこだ。 」
自軍の兵士がアリのように踏み潰される様を目の前にしてもロートバルト軍は視野にも入らないような傲慢な声が響いた。
「公爵家だけでは足らずに王国に泣きついて集めた兵がすり潰される様子を見ても、自分の立場がわからない老害が来たのじゃ。カビの生えたパンと歯の折れるような干し肉を与えてやるからとっと帰るのじゃ。 」
「死に損ないのメスガキには用がない。ロートバルトのメスガキを出せ。愚か者の娘にこの土地はもったいない。公爵家が仕切る。」
「国も目をつけておるのによい度胸じゃ。じゃがな、自分の色ぼけ娘一人の躾もできずにロートバルトが仕切れると考えるその思い上がりが、妻の不貞も招くのじゃぞ。愚か者はお主の方じゃ。 」
ロリの抉るような嘲りにみるみる顔を赤黒く染め上げ、大鬼のような表情に変貌したシュトロホーフェン公爵が腰の剣に手をかけた。
ブリュンヒルデが唇を動かすと、マリア=テレジアが92式重機関銃の狙撃でシュトロホーフェン公爵の兜の角を砕いた。
微動だにしない公爵と対照的に周囲の護衛は慌てた。
衝動的に突撃した騎士は城門の上の狙撃兵によって馬ごと撃ち抜かれ、街道の白い土の上に赤い血を散らした。
「妾たちからすれば、エセ公爵なんぞ潰れてしもうてもよいのじゃが、腐っても公爵家となれば、領地も広く、領民も多い。ここが潰れてしまえば、国も傾こう。
じゃからお主を生かしておるに過ぎんのじゃ。」
「ローゼンシュバルツの荊姫(いばらひめ)が…… 」
「ほう、そういう呼び名もあるのじゃな。
小娘たちに負けた公爵閣下よ。
そろそろ自領に戻り、隠居せい。どうやらバイスローゼン王国のやんごとなきものも観戦しておるようじゃ。お主の先行きに関してはそちらで決めるがよい。ロートバルト女男爵と妾はこの軍勢を引き上げて、今後一切関わり合いにならないことを約束してくれればそれでよいのじゃ。」
「いいえ!! カロリーヌ殿下!!!!!
わっちは父と祖父の名誉回復も望むんじゃ!! 」
ライトグレーのジャケットに二列の金ボタンと金の太いベルト、ロングスカートの腰にはロリから下賜された軍刀を佩き、絹糸のように細い金髪を高い位置で一つ結びにしたエミリアが前に出てきた。
ロリはため息をつきエミリアに前に進むように促した。
「どうするかのう? 」
ロリはブリュンヒルデに小声で尋ねた。彼女はぴっちりとした黒の制服に包まれた胸をたゆんと揺らし、背を伸ばした。
「本人を出しますか? それともシャルロッテかわたくしが出ましょうか? 」
「自分がでます!! 」
エミリアが鼻息荒く、足を一歩進めた。
「旗頭は前に出るなとゆうとるじゃろが。 勝算はあるか? 」
「はい!! 祖父が死んでから、ずっと鍛錬をしています!! 」
「ああ、あの朝練じゃな。そんなもんじゃ、あの公爵の相手はできんぞ。 」
「大丈夫です!! 」
エミリアはポニーのような小柄の白馬から降り、ゆっくりとシュトロホーフェン公爵の前に出て、鞘から刀を抜いた。
「ロートバルト領、女男爵(バロネス)、エミリア・アレクサンドラ・リュニリョール・フォン・ロートバルト。自らの不明を糊塗するために、父とロートバルトに汚名を着せた卑怯者をここで叩き切る!! 」
「ふん。弱く力のないものは虫ケラのように踏み潰されるのが当たり前だ。公爵家に使われたことを名誉に思うことはあれども、復讐するなど身の程知らずめ。」
「その言葉、振り返って惨状を見てから、もう一度言ってみせなさい。名乗りすらあげることができぬ惰弱者め。腰についてる剣は年老いて、いきり立たなくなったか!! 口だけ回るおいぼれ!! 剣を抜け!!」
グォォォォォォォォッ!!!!!
公爵は幅広の両手剣を抜き、雄叫びを上げた。
周囲の近衛兵は抑えようとしたが、公爵の一振りで叩きのめされた。
エミリアは右脇構えで二回りも大きい公爵に対峙した。
それに対して公爵はリーチのある両手剣を大きく横八の字にゆっくりと動かし、足を進めた。
「公爵はなんじゃ?」
「ああするとどこから切りつけるか分かりにくいんですよ。でもエミリア卿は振り上げからの小手の切りつけやあげてからの首から胴へと振り下ろしとお互い攻め手が多いです。」
「手の読み合いっすね。っていうか、エミリア様だと老人でもあの体格の男に力負けしてしまうっすよ。」
「受け流すなり、かわすなり、あるじゃろな。」
公爵は振り上げざまに岩をも砕く勢いでエミリアに刃を振り下ろした。
エミリアは軍刀を振り上げるが、刀身の半分で切り落とされた。その先は灼熱の業火にさらされたように溶けて鍛え抜かれた鋼が滴っていた。
「剣を握りたての子供でももう少しやるぞ。楽には殺さぬ。」
エミリアは無言で、軍刀を投げ捨て、腰の後ろにたばねていたモ式大型拳銃を構え、頭、手、そして胴体を狙った。
ライトグリーンの魔法弾はすべて弾き飛ばされたが、剣を握る手がわずかに緩んだ。
エミリアはそこに五発打ち込んだ。
三発が吸い込まれ、残りの二発は公爵の黄金色の小手で弾き飛ばされた。
エミリアはモ式大型拳銃を捨て、銃剣をを手に公爵の懐に飛び込もうとした。
グァアアアアア!!!!!
公爵は獣のように吠えて両手で握った大剣をもう一度振りかぶり、地に叩きつけた。
剣先は地を穿ち、その衝撃に飛礫が飛んだ。
寸前でエミリアはヒールの踵に力を込めて上空を舞い、身を丸めて後方に回転し、ゆっくりと優雅な立ち姿で着地した。
「エミリアにあんな身体能力があったとは驚きなのじゃ。 」
「ロートバルト卿はまかり間違えてもあのようなことはできませんですわ。」
「じゃあ、あれはだれなのじゃ? 」
Tekeli-li, Tekeli-li, Tekeli-li, Tekeli-li, Tekeli-li, Tekeli-li, Tekeli-li-li ……
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