第4話

1580年(天正8年)2月


徳川家康は信長が自領の三河・遠江に侵攻するという噂を聞いていた。

たかが噂、とは言い切れない。


信長は近い時期に武田に侵攻する予定である。

その際には徳川も織田と連携を取り攻め込むことになっている。

西から織田本軍を信忠が総大将として、後発の部隊として信長が進軍する。

徳川は信忠と連携を取り南から攻め込む計画である。

徳川と武田は以前から険悪な状態であった。

現在も交戦中である。


仮に信長が攻め込んで来るのであれば武田を滅ぼした後か。

それとも関東の北条を滅ぼした後か。

武田、北条は共に大国である、征伐には時間と多大な労力がかかる。


今年になって北条は信長に従属の申し出をした。

それを信長は許すだろうか。

今、従属を許して属国としての地位を持たせるより

被害があっても武田征伐の勢いのまま制圧する方が良いと考えるのではないだろうか。

北条が持つあの広大な関東の領域をそのまま許すとは思えず、

もし国替えということになれば北条はどうするだろうか。

北条攻めは武田に数年かけた後の話であり、先の話ではあるが。


家康はよく家臣の本多正信を囲碁に呼び出し、ふたりきりで打つ。

今回も相談をするため囲碁と称して正信を呼び出した。

「あの大将はどうしちゃったのかな?」

最近の信長の様子がおかしい事は安土で情報収集している家臣から伝わってきている。

「耄碌した、というわけでもなさそうですが。近頃、大身の裏切り者が多数出ています。加えて以前からの心労が積み重なって精神的に病んでいるのかもしれません。」

「やっぱり昔と比べてもおかしいんだよなあ、もう年も年だし。

おかしくなって俺らに攻め込んでこないよな。」

ため息をつきながら碁石を置く。

「なんとも。以前通り従順に従っている振りをしていくしかないでしょう。

おかしくなっているのであれば猶更です。しかしその準備をしておかなければ。」

「うーん、まあそうだよなあ。」

家康の性格は本来せっかちで怒りやすく衝動的に動くことが多かった。

以前長男信康が武田と通じて家康を殺そうとしたことがある。

そのことが判明しまずやったことは信康の幽閉と処分する許可を信長に得ることだった。それほど信長に気を使っている。


織田が徳川に侵攻して来ればあっという間に滅びるだろう。

滅びた後は世間に何とでもいえる。家康が錯乱して信長を殺そうとした、武田や北条と組んで織田に攻め込もうとした。など、死人に口なしだ。

それができるほど織田は大きく、情報操作にたけている。


「失礼致します。」

小姓がスルスルと部屋の入り口まで来た。

「織田信忠様より使者が参られております。」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そこまではしない。 内藤八雲 @yakumo-naito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ