君ヨリ出デテ君ヨリ◆シ

白江桔梗

君ヨリ出デテ君ヨリ◆シ

 一度この身から離れ落ちた髪は、爪は、私の一部は、どうしてこれほど気味の悪い物だと思ってしまうのだろう。浴室の床で不気味なまでに優雅ゆうがおどる、私だったものを眺めながらぼんやりと思う。だから私は、自分の事が気持ち悪いと思うのだろうか。でも、もうそう思うことは無いだろう。

「バイバイ、『私』」

 一度落ちてしまった勾配こうばいに逆らうことなく、下へ下へと流れていく。絡み合って、混ざりあって、誰もが手を出したがらない不浄の塊になっていく。だが、哀れなんて思わない。むしろ、お似合いの末路だろう。

 躊躇ためらうことなく、ザクザクと心地の良い音を響かせながら切り進め、塊をばさりと床へ叩きつける。排水溝から聞こえる苦しげな声は悲鳴にも似ていたが、今更気に留めることでもない。滞ることなく、鼻歌交じりに作業は進んでいく。

 好きだった音楽に混じって鳴る通知を横目に、それっぽい言葉を考えてメッセージを返信していたら、プレイリストが終わる前には髪は洗い終わっていた。首にかかる髪や目にかかる前髪がないだけでこうも涼しく、晴々とするものなのかと感激する。

「……うん、バッチリ」

 浴槽を出て、側面にある鏡に向かって、ちょいちょいと前髪を直す仕草をする。髪が短いと軽くなる分、バランスが崩れやすいのだろう。記憶の中にある映像を思い返す。これが癖になる気持ちがよく分かる。

 その場にあったドライヤーを当てて、水気を飛ばしていく。どれだけ強い温風であったとしても、私の潤った心は乾くことがない。ほんのり湿った身体で前へ前へと歩み進める。

「……じゃあ、行ってくるね」

 持ち主がもうこの世にいないクローゼットから見慣れた服を取り出し、身を包む。少しキツい靴に苦戦しながら、なんとか履く。

 外見は限りなく同じなのに、細々とした部分が違うのはこういう時に厄介だ。かかとからにじむ血は私が生きていることを証明すると同時に、

 だが、もうそんなことはどうだっていい。だって、彼女のしぼかすである私は価値などなく、とうの昔に死んでいるも同然なのだから。

 くすんだ廊下を抜けて、開けた扉の先はキラキラと輝きを放っていた。

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君ヨリ出デテ君ヨリ◆シ 白江桔梗 @Shiroe_kikyo

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