最後のエピソードトーク
「ありがとうございましたー」
自動ドアの音と、店員の声を背に受けて帰路を辿る。
とぼとぼ、と歩いていると、車が一台通り過ぎた。音はそれくらいの静かな夜。
階段を上がる。レジ袋のがさがさした音と足音が虚しく響く。
部屋の前にたどり着くと、鍵を取り出して差込み、ガチャリと回す。
ドアを開き、靴を脱ぐと、がさごそ、とレジ袋から弁当を取り出した。
電子レンジのドアを開け、弁当を入れてがちゃんと閉める。それからスイッチをピッと押すと、ぶー、と音がして回り始めた。
パソコンを立ち上げる。マウスを動かし、動画サイトまで何度かクリックした。
『ちょうど、21:30だぁ。それじゃあまたね〜、チャンネル登録よろしく〜!』
ため息をつく。
———ピンポーン。
と鳴ることはない。
代わりに、チン、と電子レンジの音が鳴る。
いつもの生活。色めいた非日常から、褪せた日常。
そう、これが日常であるべき。普通に考えて、毎日毎日、女子大生が男の家に転がり込むことはよくない。温かみのある夕食にありつけ、楽しい時を過ごせるとはいえ、良識のある大人ならやめさせるべき。
うっせーほっとけよ、バーカ。声が聞こえそうだけれど、そんな常識という無価値な概念を重んじるのが普通の人ってやつだ。
なんて馬鹿げた空想を走らせては、寂しさを紛らわせる。
寂しさを知ってるからこそ、初瀬さんの孤独を埋めようとしたのかもしれない。そして埋まったからこそ、突き放すような真似をしたのだろう。
———ピンポーン。
ならないはずのインターフォン。なってはいけないはずのインターフォンが鳴った。
俺はため息をついて玄関の扉を開けた。
「あ、こんばんは」
「こんばんは」
夕食は持っていなかったことに、少しの安堵。だけど返しの言葉で顔が引きつりそうになる。
「エピソードトーク、聞いてもらってもいいですか?」
「いや」
「お願いします」
彼女の声は真に迫っていた。緊張感が伝わってくる。
有無を言わせぬような空気に、つい頷いて、招き入れてしまう。
そして、いつもの、配置につく。
「食べながらでお願いします」
緊張しながらそんなことを言うので、笑いそうになる。
では、いきますね、と初瀬さんはエピソードトークの声で語り出した。
「最初、どうしてあなたじゃないとダメなのか、って聞かれましたよね。私は、真っ先にあなたを笑わせたかった、って答えたんですけど、それはそうなんです。でも、あなたを笑わせたいちゃんとした理由はあったんです」
「私が大学に入ってから、面白いこと言えない、って悩んで、ぼっちで孤独を抱えていた時に、あなたに出会った。友達にも言えない孤独を抱えていそうな、寂しそうなあなたに出会った」
「何だか仲間意識が芽生えたんです。や、ぼっち、に仲間意識を持たれるなんて、はためいわく、とか泣いちゃいそうなことは、思いもしないでください」
「とにかく、寂しそうな仲間を笑わせたかった。最初はそれが理由でした」
「だけど、料理を美味しく食べてくれることに、私の言うことを一つ一つ丁寧に聞いてくれて、優しく接してくれているうちに、感情が変わったんです」
「同情から、好きに。好きだから笑わせたいに変わったんです」
「自分でも恥ずかしいです。秒ですよ、秒。秒で落ちたんですよ。初恋もまだだったのに、勝手に男の家に転がり込んで、好きになって帰っていくヤバイやつなんです。自分で自分が恥ずかしくて仕方ないです」
「本当、ヤバイやつなんです! 好きな相手の前で、作ったエピソードトークがバレたり、大喜利でエロ俳句詠んだり、ペアカップで錦鯉買おうとしてみたり、すごくヤバイやつなんです!」
「挙げ句の果てには、告白の仕方がわからないから、エピソードトークで告白するヤバいやつなんです!」
「それでも、ヤバいやつですけど、それでも! それでもあなたが好きなんです! どうか私とこれからも一緒にいてくれませんか!?」
しーん、とする。だけど、くつくつ、と笑えてきた。
そして大きく笑う。
「あははは」
「な、なんで笑うんですか! ……え? 笑った?」
「エピソードトークします、で告白。そんな裏切りないよ」
「うぅ、いいじゃないですか、エピソードトーク風に告白しても。それで答えは?」
「お友達からよろしくお願いします」
「お友達からって、友達ができたのにぜんぜん嬉しくありません!!!!!!」
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ということで完結です。皆様にお願いがございます。
初瀬ちゃんの声が聞きたいので、星とフォローをお願いします。
こちら『こえけん』応募作となっていますので、皆様の応援で読者選考を突破できます! どうか、よろしくお願いいたします!!!!
隣の部屋のクール系美少女が笑わせに来る。面白くないけれど、ひたすら可愛い。 ひつじ @kitatu
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