結 君が壊したこの世界で物語を続けよう

 眼下に広がる奥深い樹海を眺めながら、ヘザーは鳥の声に耳を澄ませていた。

 脊髄山脈にのみ生息する固有種で、珍しい鳴き声のそれは、とても高く澄んだ音だったが、ひどく悲しい声にも聞こえた。

 数羽の鳥が輪唱するかの如く、声を重ね、飛び立ってゆく。

 きっと巣立ちの季節なのだろう、あちらこちらからそうした輪唱が木霊していた。


「鳥の声に耳を澄ましているんだなんて。らしくないですよ、ヘザー」


 振り返ると長く伸びた黒髪を風に靡かせ、穏やかな表情でヘザーを見つめているアイの姿がそこにあった。


「たまにはそんな気分の日もあるよ~だ」

「はいはい」


 苦笑しながら、ヘザーの隣に座り込むアイ。

 あれから一年。

 アイの傷は完全に治り、なんの後遺症も残していない。それどころか体を巡る魔力と快活さが増したようにさえ思えるほどアイは元気いっぱいに生活している。

 アイは愛おしそうに目を細めて樹海を眺め、なんとも言えない表情をしている。


「エルタニアは、戻ってこなかったね」

「仕方ありません。あの人はあそこでまだ、生きていますから」


 蒼穹に浮かぶ雲を見た。上空は風が強いのだろう、雲の流れがやけに速い。

 そういえばいつの間にか鳥の声が聞こえなくなっていた。

 ヘザーが立ち上がる。アイも倣い立ち上がって腰を叩く。


「いい子達だったね、あんたの妹弟は」

「ええ、なんといっても神様ですから」

「そうだね、忘れていたよ!」


 あははと笑い、剣を抜き放つヘザー。

 背後で殺意むき出しに迫った大きな化物と対峙した。


「波動で願いを叶えれば、その反動だってあるって解っていただろうに。ほんと、うちらの神様は揃いも揃って間抜けばっかりだわ!」


 アイも構える。あの樹海から切り出し、エルタニアと名付けた杖を。

 大気より水分を集め、小さな水球を幾つも作り出す。


「確かに。でも、そこが憎めないと思いませんか?」

「はは、すっごいわかる!」


 化物は巨大な腕を振りかぶり、攻撃の体勢に入る。

 ヘザーも呼応するように腰を深く落とし、臨戦態勢が整った。


「じゃあ行くとしますか、弟達の願いの落とし前をつけに!」

「ええ、よろしくお願いします!」


 青い空の下。アイとヘザーは高らかにそう叫び、駆けた。

 今にも彼女達の命を奪おうと迫り来る化物目掛けて、勇敢に。


 あの日。

 二柱の願いは確かに叶い、戦乱で命を落とした罪なき者達は再び生を受け、折り重なるように倒れたはずの友と、生を喜び抱き合った。

 だが、波動は当たり前のように反動を産み出し、その奇跡を食い尽くそうとした。

 人々の命を付け狙う、幾万の化け物の群れである。

 

 その中にあって魔法を使える強力な化け物も少なからず存在し、それを発見したものにより、魔法を使う化け物『魔物』と呼ぶようになるのが一般的となった。突然の魔物の誕生に最初こそ混乱をきたした人類は皮肉なことに、人類同士で争い続けることを止め、手に手をとって魔物と戦うようになった。




 かくして波動を巡る時代は終わりを告げ、人類と魔物による争いの時代が始まった。その中で数々の英傑が名を挙げ後世に語り継がれる快挙を残していくが、この二人の残した足跡には誰も叶わない。

 山のように巨大な魔物を、幾千幾万の魔物の群れを、魔物を統べし魔王を。

 

 その尽くを討ち果たした英雄の名は後の世でこう呼ばれている。


『水霊の賢者アイ・メルティナ』

『黒羽の剣神ヘザー・ラッセン』


 二人の世界救済の物語は、ここから始まる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君に世界は救えない。 稲荷玄八 @hitonami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ