第5話
「いらっしゃい」
「……どうも」
出迎えた桃香ちゃんがあまりにもいつも通りで、僕は一瞬、昨日の事が悪い夢だったんじゃないかって気がしてしまった。
勿論、そんなわけはないんだけど。
「それで小太郎君。どうだった?」
「……どうだったって、なにがですか」
部屋に着くと、桃香ちゃんが聞いてきた。
僕は桃香ちゃんとの距離を測りかねて、思わず敬語になってしまった。
「私があのクズとホテルに入って行く所、ちゃんと見てくれたんでしょう?」
あのクズ。その言葉に、僕は今まで考えもしなかった可能性に思い至る。
「もしかして桃香ちゃん、あいつに脅されてたの!?」
だとしたら、僕は大バカだ。
桃香ちゃんはきっと、僕に助けて欲しくて呼び出したのだ。
それを浮気だなんて勘違いして、ただ手をこまねいて見ているだけなんて。
僕は彼氏失格だ……。
「ううん。私の方から、エッチをしましょうって誘ったの」
「…………はぁ」
わけがわからない。
頭がどうにかなりそうだ。
「正しくは、前々からの誘いに乗ってあげたわけだけど。それで、小太郎君はどう思ったの」
「どうって……悲しいけど」
「それだけ?」
よくわからないけど、桃香ちゃんは怒っているみたいだった。
僕だってムカついてきた。
「それだけなわけないだろ! 僕は――」
僕は、なんだ?
冴えないチビの分際で、桃香ちゃんの愛を疑って、彼女にろくにお返しも出来ていないダメ彼氏の僕に、桃香ちゃんを責める権利はあるのだろうか?
ない。
だからどうした。
ふざけるな!
「――僕は怒ってるんだ! 物凄く怒ってる! こんなに怒ったのは人生で初めてだよ! 怒りすぎて、自分でもわけが分からないくらいだ! どうしてあんなことをしたの! そりゃ、僕は桃香ちゃんに釣り合うような男じゃなかったけど、それでも精一杯君の事を愛してたし、僕なりに頑張ってたつもりだよ! それなのに、よりにもよって速水のカスと浮気するなんて! いくらなんでもそれはないじゃないか!」
こんな風に怒鳴ったのだって初めてだ。
しかも、大好きだった桃香ちゃんを怒鳴るなんて。
罪悪感が込み上げるけど、知った事か!
だってこれは、桃香ちゃんが悪いんだから!
「小太郎君が悪いのよ。浮気するから」
「僕が浮気? そんな事してないよ! 僕はずっと桃香ちゃん一筋で、他の女の子なんか一ミリだって気にした事ないよ! 桃香ちゃんだって知ってるでしょ!?」
なにを言い出すんだ。
それとも、速水君に騙されてるのか?
それならつじつまが合う。
速水君に僕が浮気をしてるって騙されて、それで腹いせに彼と寝たのだ。
桃香ちゃんがそんなバカな事をするとは思えないけど、僕の事になると暴走しがちだからあり得ない話じゃない。
「そうね。小太郎君は私以外の女の子を気にした事はなかったわ。でも、男の子はどうかしら?」
……本当に、桃香ちゃんはなにを言ってるんだ?
「僕が男と浮気をしたって? そんな事、あるわけないだろ!?」
冗談じゃない。いったい何と勘違いしてるんだ?
「現にしたじゃない。速水のクズと」
空いた口が塞がらない。
「……桃香ちゃん。君、自分がなにを言ってるか分かってる?」
「私は分かってるわ。分かってないのは小太郎君の方でしょう。私、言ったわよね。速水のクズなんか気にしないでって。それなのに小太郎君、彼の事ばかり考えてたでしょう。自分とあのクズを比べて、勝手に自信を無くして、私の愛を疑って。そんなの、浮気と同じじゃない」
「同じじゃないよ!?」
「同じよ! エッチしてる時だって、あのクズと自分を比べてしょんぼりしてたじゃない! 彼女にはね、そういうの全部分かっちゃうんだから! 私の気持ちを考えたことある? 大好きな彼氏がエッチの最中、大嫌いな相手と自分を比べて萎えちゃって、それを慰めないといけない惨めさったらないわ! 小太郎君はね、精神的にあのクズに寝取られたのよ! それだけじゃない。間接的に私をあのクズにレイプさせたんだわ! こんな屈辱ったらないじゃない!」
「…………ご、ごめんなさい」
思わず謝ってしまったのは、めちゃくちゃだと思う反面、桃香ちゃんの言う事ももっともだと思ってしまったからだ。
正直に言うと、僕は物凄く速水君の事を気にしていて、桃香ちゃんを取られちゃうんじゃないかとビクビクしていた。桃香ちゃんと二人っきりの時も、その事ばかり考えて、変な感じになってしまっていたのだ。
それじゃあ桃香ちゃんが怒るのも当然だ。
だとしてもさ。
「だからって、あのクズと寝る事ないだろ!?」
「どうして? 速水のクズはこの私から小太郎君を寝取ったのよ? 小太郎君を取り戻すには、寝取り返すしかないじゃない。おかげでほら、小太郎君の気持ちは私の所に帰って来たわ」
さも当然のように桃香ちゃんは言うけれど。
「いや、僕からしたら、桃香ちゃんがあのクズに寝取られたんだけど……」
「どうして? 私はただの一回もイかなかったし、濡れもしなかったわ。あのクズの望み通り、小太郎君と比べてあげて、けちょんけちょんに貶してあげたわよ。確かにモノは大きかったけど、だから何? そんなので喜ぶのは、エロ漫画の中の女の子だけよ。大きいだけならディルドで十分じゃない。あの男のエッチには相手を喜ばせようなんて気持ちはこれっぽっちもなかったわ。ただバカみたいに突いて終りよ。小太郎君はそうじゃない。私の事を全力で考えて、気持ち良くしようって頑張ってくれるじゃない。その気持ちが嬉しいし、気持ちいいのよ。ムードだって気にしてくれるし、前戯だって丁寧じゃない。あの男は面倒臭がって前戯なんかろくにしなかったわよ。口でだってしてくれない。自分の事しか考えてないのよ。そんなに射精したかったらオナホでも買って一人でマス掻いてろって言ってやったわ!」
怒涛の勢いで桃香ちゃんがまくし立てる。
ようやく少しずつ、本当に少しずつだけど、桃香ちゃんのしようとした事が理解出来てきた。だとしてもだ。
「でも、あのクズと寝たんでしょ……」
桃香ちゃんはあのクズに僕が貶された事が許せなかったのだ。そして、その事を真に受けて自信を無くしてしまった僕にも怒っていた。だから身体を張って、そうじゃない事を証明してくれたのだ。それはすごいと思う。これ程の愛はない。それこそ献身的で、無償の、純粋な愛だと思う。
でもやっぱり、大好きな桃香ちゃんが別の男とエッチするのは嫌だ。それが大嫌いなクズ野郎なら猶更。桃香ちゃんの愛はすごいと思うけど、それはそれとして、どうしてもそういうのは嫌だって思ってしまう。
「なに? 小太郎君は、私があのクズとエッチをしたのが嫌だって言うの?」
「……そりゃそうでしょ」
「じゃあ、私の事嫌いになった?」
「なってないよ! だから余計に辛いんじゃないか!」
「私が穢されたから?」
「……そうだよ」
そうなのだ。桃香ちゃんは穢されてしまった。
そんな言い方は良くないのかもしれないけど。
でも、そうなのだ。
あのクズ野郎に抱かれて穢されてしまった!
それが僕には、どうしようもなく許せない。
それもこれも、全部僕が不甲斐ないせいなのに。
あぁ、僕はなんて自分勝手な男なんだろう!
「小太郎君は、私が好きであのクズ野郎に抱かれたと思う?」
「……思わないよ。でも――」
「じゃあ上書きして」
「え?」
「今すぐ私を抱いて、小太郎君で上書きして。この穢れた体を、小太郎君が清めるの。昨日からずっと、速水に穢された身体が気持ち悪くてたまらないのよ。それに、物凄くムラムラするわ。小太郎君に抱いて欲しくて、授業なんか全然入ってこなかった。あのクズに私が寝取られたって言うのなら、今すぐ寝取り返して。さぁ、早く!」
桃香ちゃんが裸になり、両手を広げて僕を求める。
そんな事急に言われても……。
なんて腑抜けた事を言うつもりはない。
僕の心も体も、完全にその気になっていた。
むしろ、今の僕は人生で一番雄々しくそそり立っている。
そうとも! なにが速水だ! 僕はこの三年間ずっと桃香ちゃんの事だけを考えて生きて来たんだ。その中の半分は、どうやったら桃香ちゃんを気持ちよく出来るかを考えていた。沢山勉強して、色々実践して、結果を出してきたつもりだ。
桃香ちゃんを気持ちよくすることに関して、僕の右に出る者がいるわけがない!
どうしてそんな事を今まで気づかなかったのだろう!
「分かった。僕、ヤルよ! 桃香ちゃんをイかせまくって、あのクズより僕の方が上だって事を――」
証明してやる。
その言葉は、桃香ちゃんの唇に吸い取られた。
僕らはもつれ合うようにベッドに倒れ込み、獣のようにヤリまくった。
今までで一番ヤって一番イかせた。
僕は人生で一番出しまくって、桃香ちゃんを何度も失神させた。
その結果、僕達はお互いを寝取り返し、真実の愛を取り戻した。
そしてもう一つ、とても重要な事に気が付いた。
「……ねぇ桃香ちゃん。寝取られって興奮するね。学校一の美男子に抱かれた君をめちゃくちゃに犯してるって思うと、僕、すごい奴になった気がしちゃうよ」
「私もよ。ヤリチンのクズ野郎に犯された後で小太郎君に愛して貰うと、自己嫌悪と多幸感で脳がバグるわ」
「変態だね」
「小太郎君だって」
「じゃあ僕達、変態カップルだ」
「だから相性がいいのよ。ねぇ小太郎君、もう一回出来る?」
「一度と言わず何度でもさ!」
桃香ちゃんに飛び掛かり、もう何度目かもわからない清めの儀式を再開する。
そうして僕らは、桃香ちゃんの親が帰って来るギリギリまでお互いの身体を貪り合った。
その後、速水君が僕や桃香ちゃんに絡んでくる事は二度となくなった。僕の方でも、速水君に対するコンプレックスは完全になくなって、怖がるどころか気にもならなくなっていた。
確かに速水君はイケメンだ。身長も高くてお金持であっちも大きい。それは今も変わらない。だけど、雄としては僕の方が上。速水君は全くお話にならないくらいずっとずっと下の方だ。桃香ちゃんがそれを証明して、僕には太鼓判、彼には烙印を押してくれた。
桃香ちゃんに余程酷い事を言われたのか、あれ以来速水君は女の子と裸で向き合うと萎えてしまうようになったらしい。そういう噂が、女の子ネットワークを通して学校中に広まっていた。
それでも速水君は一生懸命ヤリチンぶっていて、女子高生なんか相手をしてるようじゃガキだぜ! とか言いながら、大学生をナンパした話や、ママ活で荒稼ぎしているみたいな話をして失笑を買っている。
「へ~、面白そうだね。今度僕も混ぜて欲しいな」
この前久々に声をかけてみたら、速水君は引き攣った顔をしてどこかに行ってしまったけど。
もし本当でも、僕は全然構わなかった。
桃香ちゃんもきっと、面白そうねって喜んでくれると思うから。
実は僕達は、あれ以来すっかり寝取られにはまってしまい、お互いに浮気の真似事をしては、燃えるような清めの儀式を行うようになっていた。大きな声では言えないけど、以前よりももっと幸せで、刺激的な毎日を送っている。
「あぁ! やっぱり、小太郎君が一番だわ! 他の男なんか、比べ物にならないわよ!」
「僕もだよ桃香ちゃん! 君に比べたら、他の女なんか穴の空いた雑巾さ!」
例えばこんな感じで。
詳しい事はエッチすぎるから、これ以上は書けそうにないけれど。
END
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長編のラブコメも書いてます。興味がある方はどうぞ。
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