ことの終わりがことの始まり

鈴ノ木 鈴ノ子

ことのおわりがことのはじまり

ことの始まりはある1人の勇敢な魔女の話からだった。

 そこから全てが始まったと言っていい。

 魔女は魔王に使える下僕であったという、その魔女が王様の前で直訴した内容に貴族も役所の官僚、特に防衛を担う騎士団は恐怖しました。


「魔族が侵略を始めます。私は魔王の配下でしたが、人間に攻撃をするなどという恐ろしいことを聞かされて逃げ出し王国を頼ってまいりました」


 魔女は魔族領との国境を接する村から攫われた子供でした。目の前で両親を殺されてしまい、美しく婚姻前の娘であった魔女は、魔族たちの慰みものにされたのち、相手をしたひとりの魔族に気に入られ、そして魔女として教育されてしまいました。魔族より魔法の上達が早くそして飲み込みも早かった魔女は魔族の中で地位を築きましたが、逃げることは長いこと叶いませんでした。でも、魔女は両親を殺されて自身も辱められた記憶を忘れることなく、今日まで必死に生きてきたと涙ながらに語りました。

 その悲壮感は周囲の涙を誘い、やがて、その場にいた人々は口々に魔族を討伐すべきと口にします。王様も魔族討伐のための勅令を発して、それとともに外務大臣に魔女と共に周辺諸国を巡り、話を聞かせて援軍を募るように指示をしました。王国は比類なき国土と軍隊を抱える国でしたが、一国では魔族との戦争をやり抜くことはできないと判断したのです。

 やがて数ヶ月が経過した頃、ついに恐れていた事態が起こりました。

 城内に攻撃によってボロボロとなった鎧を身に纏った兵士が1人、馬の背に必死にしがみついて王都まで早馬を飛ばしてきたのです。


 「この手紙を早く王様へ渡してください」


 騎士団の兵士の手によって馬から下ろされたその兵士は、定まらぬ虚な視線でそう言ったのちに息を引き取りました。手紙は血で汚れておりました、そして封印も急いでいたのでしょうか、グリスの印はずれて片押しの中途半端でしたが、それは紛れもなく国境警備隊の印象でありました。


「王様へ至急お届けしなければ!」


 魂の抜けた亡骸を抱き抱えた兵士が涙ながらにそう言って、同僚に亡骸を託すと騎士団の司令部へと手紙を持って駆け込んでゆきました。騎士団の団長は直ちに王宮に出向いて手紙を上奏しました。


「恐れていたことが始まってしまったか・・・」


 王様はため息をつきながら、近くに控える魔女へと視線を向けました。

 駆け込んできた時は老婆であった魔女でしたが、今は気高く美しい姫のような姿になっています。魔女曰く、途中から慰み者にならぬために老婆になる魔術を習得し、ソレで生きながらえていたということで、王様は大変おやさしい方でしたから、彼女を王宮に住まわせて労わるように暮らさせていたのでした。


「王様、各国も協力してくれています。今こそ、軍を向かわせて魔王を殲滅すべきです」


魔女が美しい容姿でそういって王様をしっかりとした眼で見つめました。その引き込まれそうなほどに魅惑的な視線に王様はうっとりしましたが、咳払いをひとつしてから、金銀で飾り付けられた豪勢な王座を立ち上がり、王笏を高々と天に掲げて声を発しました。


「魔族との戦争を開始する!勇者を投入し、そして国土を守るのだ!」


 魔女が駆け込んできた頃の少し後に、近隣の村で光の聖剣を携えた青年が発見されました。発見されたというのは森の中を彷徨い歩いていた記憶喪失の彼を村人が保護して連れ帰り、神父様に負っていた怪我の治療を依頼したところ、彼の携えていた剣が伝説の聖剣であったのでした。

 聖剣は誰にでも抜ける者ではなく、その彼のみが剣を抜くことができました。これは聖剣の伝承の第1章に書かれた『かの者のみ引き抜くことができ、そしてその剣は神々の力を宿している』という言葉通りでしたので、疑いようもなくその人は勇者であったのです。

 勇者は記憶はなくとも文武両道の周囲も納得するほどの素晴らしい男でしたので、周囲はあっという間に勇者と崇めました。そして村の神父を通じて王宮へと紹介されたのでした。


「王様、お任せください、この勇者、名に恥じぬように魔王を討伐してまいります」


 勇者は威勢よくそう王様の前で口上を述べると、聖剣を携え、王様によって招聘された女剣士、女魔道士、女聖職者と一緒に魔王討伐の為に騎士団と出撃して行きました。友の者が全て女性であったのは魔女の口添えがありました、勇者のやる気を引き出すためにも、そして夜伽のためにも、そして後継を担う子供を孕ませるためにも必要であると王様に言って聞かせ、魔女が自ら選び抜いたのでございます。婚約者のいた女剣士を、年端のいかぬ女魔道士を、神と添い遂げる覚悟であった女聖職者を魅力の魔法にかけたのち、勇者へと引き合わせたのでした。勇者はこの数ヶ月で彼女たちの献身的な介助と指導によって見違えるほど剣の腕も、魔術の腕も上達することができました。

 各国の支援も魔女が涙ながらに語ったことが幸いして、数多くの国から支援を得ることができました。また、大陸全土に影響力を持つ教会も教皇が魔女を許したことによって協力的となり、やがて人類は魔族討伐のために一丸となることができました。


 勇者一向は、ドラゴンを倒し、魔族の要塞を攻略し、そして魔族の村々を騎士団と共に焼き払って皆殺しにしながら、歩みを進めてゆきました。魔族は必死になって魔王城に近づけさせまいと戦いを挑んできますが、勇者の敵ではありませんでした。


「魔王、死ぬがいい!」


 やがて魔王城に辿り着いた勇者はそう叫ぶと剣を振るいました。魔王は聖剣で身体を真っ二つにされたのち地面へと崩れ落ちました。

 魔王は憤怒ではなく悲壮な顔をして勇者を見ました。勇者にはその表情が気になって仕方ありませんでした。


「魔王よ、どうしてそんな悲しげなのだ」


 思わず勇者は尋ねました。その悲壮感は負けたことに対する思いではないように思えたからです。


「勇者よ、よく聞くがいい」


 そう言って魔王は渾身の力を振り絞って結界を貼りました。外から女剣士や女魔道士や女聖職者が必死に結界を破ろうとしていますが、どんな攻撃にも結界はびくともしませんでした。


「勇者よ、我々魔族は人など最初は攻める気などなかったのだ」


 魔王は真剣な声で語り、勇者にはそれが嘘偽りのないことがはっきりと分かってしまいました。その言い回しはまるで老人が幼い子供諭すような言い方であり、とてもこの場で話すべき口調ではなかったのです。


「ある時のことだ、私は人間の村から爪弾きにされた女を拾った。これは村の家族のために身売りまでして必死に働いた女であったが、病にかかり家族の手によって捨てられた女であった。魔族は本来、下等生物である人間などに見向きもしないのだが、私は興味を惹かれて女を治療し、そして私の妻として城へと上げたのだ」


「ど、どういうことだ」


 魔族が人間を下等生物として見下していることは旅をする間によく理解できましたが、ふと、思い出すことのできなかった勇者の記憶の一部が蘇りました。それは勇者が森で狩りをしていた頃にゴブリンと鉢合わせしたことがあるのですが、彼らは汚いものを見る視線を勇者に向けたのち、向かってくることなく、その場から姿を消していました。


「魔族というものは本来なら、低俗な人間など気にも留めないのだ。だが、私が大罪を犯したことによってそれは変わってしまった」


「大罪?」


「そうだ、私は妻に迎えた女を孕ませたのだ。そう、魔族では禁忌とされている魔族と人間の混血児だ。それは異端であり許されざることである。長いこと法として決まっていたのだが、それを私が破ってしまった。生まれてきた子は人間の容姿でありながら、魔族の強大な魔力を持った子供であった。私は長く妻と子を城内に匿い庇護していたが、数ヶ月前ついに魔族教会の知れる所となってしまった」


 魔族にも崇める神がおります。魔族たちはそれを心の支えにしながら生きてきたのです。魔族たちにとって神は絶対であり神の定めた経典はどんな時も破られてはならぬものでした。


「子供はとても美しく、そして知性にも溢れていた。純粋に魔術を極める優しい子であったが、私が城を留守にしている間に、教会の手先によって目の前で母親を無惨に殺されたのだ。知らせを聞いた私はすぐに城へと戻ったが、母の亡骸に縋る娘の姿にかける言葉を見つけることはできなかった。2日後、魔族教会が娘を殺すために神聖なる経典と共に娘の前に立ちはだかった時、娘は教会の者たちを皆殺しにした。そして彼らが掲げるように持ってきた経典を焼き払うと、驚き茫然としている私に封印魔法をかけ私を封じたのだ」


「お前が封じられた?」


「私はつい数週間前に封印結界から出てきたばかりのだ、その頃には戦争は歯止めの効かぬところまで進んでいた、止めようにも止める術がないところまでだ。魔族の者たちも狂っていった。人間なぞ下等生物であるからこそ接触をしないはずであったのに、今では全ての魔族が親の仇の如く憎んでいる。配下から聞いたのだが、経典を焼き払い私を封じた直後に娘は人間がやったのだと吹聴して回ったそうだ。私の子供であり魔族王族の血筋であることは城内の魔族ならば誰しもが知っている娘の言葉に対して誰も疑うことなどなかった。そして、人間の世界暮らしていながら、酷い目にあった母親の話を持ち出し、人間は敵であると言い続けて遂には軍を煽動した」


「まさか・・・」


 勇者の額から汗が流れ落ちました。話を聞いているうちに1人の顔が浮かんできたのです。


「おそらく貴様の考える通りだ。娘には魔女と名付けた。魔族と人間の女の混血、もしや橋渡しとなるやもしれぬとあの幼き姿に名付けたのだが、私は罪深き子を生み出してしまったようだ。勇者よ、頼みがある。あの愛しい我が娘を殺してくれ、あやつは魔族と人間を戦わせ魔族を滅ぼした後に、人間すらも滅ぼす気に違いない。人間として受けた母親の仕打ち、魔族の妻として受けた母親の仕打ち、復讐すべくあの娘ならやりかねん」

 

 魔王の体は徐々に溶けてゆきます。魔力が尽きてきているのと命の灯火が消えかかっている証拠でありました。


「魔族に復讐という概念はなかった。死んでしまえばそれまでという潔い考えが魔族としての根幹にあったのだが、今は無くなってしまった。魔女がそれを植え付けたのだ。これからは魔族は人間を殺めるだろう、これはもう、逆らいようのないことだ。我々が崇める経典を焼き払ったなどという噂で魔族界は支配されている。そして復讐すべきだという娘の言葉にも支配されている。どうすることもできない」


 魔王の手が勇者の手を握りました。その手にはもはや悪意も憎しみも感じることはありません。


「勇者よ、魔女を殺すのだ、魔族が滅び、人類が滅びる前に、頼んだぞ」


 魔王の体は溶けて無くなり最後の遺言は勇者へと託されました。勇者は半信半疑のままそのことを語ることなく仲間たちと旅を終え家路へとつきましたが、半信半疑であった話は遂に現実味を帯びる時がきてしまったのです。

 王国は隣国が魔族の残党と通じていると言いがかりをつけて宣戦布告をしたのでした。勇者は英雄の御旗印として担がれるところでしたが、事前に姿を隠しておりました。もちろん、女剣士も女魔道士も女聖職者も一緒にです。

 勇者は3人と共に今は王国領となっている魔族領へと落ち延びたのです。そして魔王から託された思いをまっとうすべく、話のわかる魔族たちと協議を重ねて信頼関係を作ってゆきました。もちろん、魔族領へと落ち延びてきた人間たちにも同じように協議をして互いの不理解を解き、そして互いの憎しみの連鎖を断ち切るべく、身を粉にして説得に回りました。

 やがて、老いによって寝たきりとなった勇者の枕元に3人の女性が立ちました。女剣士と勇者の子供、女魔道士と勇者の子供、女聖職者と勇者の子供でありました。勇者は彼らを枕元に呼んでこう言いました。


「良いか、3人の想いを1つにせよ、そして3人が1人であるように、1人が3人であるようにして、あの魔女と闘うのだ」


「はい、お父様」


 3人が声を揃えてそう言うと勇者は安心したようにその瞼を閉じました。女剣士と女魔道士と女聖職者が旅立った世界へと自身もまた旅立って行ったのです。魔女は富も力も魔力も強大であり、魔女のいる王国は人類史上類を見ない巨大国家となりました。一方の勇者連合軍は小規模ながらも、人間、魔族双方の方々の理解を得ながら王国に対して挑んでいます。


 憎しみの連鎖を断ち切るために、そして、悪き魔女を討伐するために。


 3人の勇者の末裔は今日もまた、長い戦いを続けています。


 

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