恋よりも恋に近しい

@chauchau

やりがいはあるミッション。でももどかしい。


 廊下に居ても聞こえるほどの声量に、クラスメートたちはまた始まったと苦笑を漏らした。彼らの視線の先には、一目をはばかることなく火花を散らす一組の男女の姿があった。

 そんな彼らを目で追いながら、私は小型のノート型パソコンを起動する。


「あんたが朝起きないのが悪いんでしょ!?」


「うるっせぇな! 起こしてくださいと一回も言ったことねえよ!」


「あたしが居ないと遅刻しかできない馬鹿が偉そうに言ってんじゃないわよ!」


「できますぅ! 一人でも遅刻しません~~!」


 彼らは、幼馴染目家が隣同士科窓から出入り属に分類されており近代社会において絶滅が危惧され保護条約で保護されるべき存在である。

 呼吸をするように自然に喧嘩を行う習性があることが確認されているが、これは彼らなりのコミュニケーション方法であることが判明しているので周囲が下手に仲裁を行うべきではない。このように彼らには特筆すべき共通点として、須らく不器用であることが挙げられる。この不器用さが絶滅を助長させているという発表内容もあるがまだ研究段階の域を出てはいない。


「まぁまぁ太一もその辺にしておきなよ」


「そうだよ、理子も朝から叫んでると喉に悪いよ」


 それほど頻繁に喧嘩が発生して種として問題がないかと問われれば、彼らには仲裁を行う特別な仲間がいることが多い。

 それが共通の知人として一人だけの場合と、それぞれに特別な一人を抱えている場合がありなぜこのように差がみられるのかまでははっきりとは分かっていない。時には仲裁を行う仲間がいない種も確認されている。地域性によるものでもないためまた別の要因が関わっていることは明確だ。


「ふんっ!」


「いいわ、今日はこの辺で勘弁しておいてあげる! あと、お弁当また忘れてたわよ」


「……さんきゅ」


 下手な介入は喧嘩の複雑化を招いてしまうが、この特別な仲間による仲裁だけはかなりの効果があるようだ。よほどのことがない限り、仲間の介入によって彼らの不器用なコミュニケーションは終わりを告げる。

 男が弁当と呼ばれる食料物資を受け取ると、女は男に隠れて喜びを表現している。どうしてそれを直接男に見せないかと疑問の声が挙がるかもしれないが、これもまた先述した通り彼らの不器用さが絡んでいる。番の相手を他に奪われないようにするのが生き物として多くが示す行動になるが、彼らはそれを相手に伝えようとしないのだ。


 例を挙げてみよう。

 先日、女がとある集団によって集落へと連れていかれる事案が発生した。その以前に集団が狩りを行っている際に、女が邪魔をしたことが事の発端とされているが、彼女を助け出したのは番の男である。

 彼は集団を相手に一人で勝負を挑んだ。結果としては勝利し女を取り戻したが、女はその際に気絶しており男の戦いを見ていない。遅れてやってきた女の特別な仲間に身柄を預けたために自身の武勲を伝えることもしなかった。

 そもそもを言えばどうして一人で戦いに挑んだのかという謎も残る。特別な仲間はもちろんとして男には友好的な関係性を結んでいる相手は複数存在している。それらを用いることで目的の達成確立を大幅に上げることが出来るにも拘らず、男はそれらの手を利用しようとはしない。


 このように、彼らの行動原理にはいまひとつ説明性に欠けるものが多々存在している。そうして、そんな彼らを周囲は仕方がないと苦笑することで見守り続けている。

 なお、余談ではあるが女を集落へと連れて行った集団もまた、近年で絶滅が危惧されているヤンキー目に属する生き物である。彼らについてもいずれレポートをまとめてみたい。


 また、彼らはコミュニティを大切にする傾向が強いようであり、私のように転校生として調査にやってきたものに対しても幾度となく向こうから接触を図ってくれるため非常によい関係性を築きやすい。そして、彼らは互いにはその好意を伝えようとはしない反面、他者には相手に対する好意を伝える習性があるようだ。

 つまりは、最近わたしは彼らの恋愛相談なるものを頻繁に受けている。特別な仲間である二人もこれに関しては仲裁を行うどころか助長させている節が見られる。だが、ここで間違えてはならないのは手っ取り早い方法を伝えてはいけないということだ。絶対に行ってはいけないのは告白の代行である。男にしろ女にしろ、相手の好意を教えてやることは簡単だが、それでは不器用な彼らは逃げていってしまう。これらの注意事項を確認したうえで、彼らの繁殖、いわゆる恋とやらが成就することを切に祈る。


 それでは、一限開始の合図が鳴ったため、本日の報告は以上とさせていただく。

 かしこ。

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