ルリの誕生日

「おはよう」

「……ん……」


「タカヤ、起きた?」

「ん……おは……

 って、へ!!?」

「だからおはようってば」


「いや、ちょ、待っ……

 ル、ルリ……!? な、なんで君、女子モード……?

 だって昨夜、君は猫に戻っちゃったんじゃ……」

「あー、なんかごめん。昨夜はパワー切れで」

「は? パワ……??」

「ほら、私かなり弱っちゃってたし、お腹も空いてたし……昨夜は女子モード維持できなくてさ。あの後、タカヤが深夜対応の動物病院連れてってくれて、傷治療して点滴打ってもらったじゃない? で、さっきまで爆睡したらパワー戻ったらしくて、起きたら女子の身体に戻ってた」


「…………」

「……な、なんか言ってよタカヤ」

「いや、ここは君がちゃんと最後まで説明してくれなきゃ……」

「だっ、だから……つまり……

 これからは私、この姿で、ここに住みますっ!」

「…………」

「なんか言ってってば! 恥ずかしいじゃん!」

「……ってことは……

 昨日の俺の謎解きは、タイムリミットに間に合った……ってことか?」

「うん」

「君は、女の子に……りんちゃんに戻れた、ってことか?」

「うん」


「……よかった……!! 

 本当に良かった、間に合って!

 許してくれ、ルリ、りんちゃん……!!」

「きゃっ……! 腕、キツすぎるよ! 苦しいってタカヤ!」





「凛だった頃ね——私、タカヤが引っ越しちゃってから、悲しくて寂しくて、本当に死にそうだったの。

 うちは、両親がずっと仲悪くてね。お母さんが家出ていく前から、両親とも私のことなんかどうでもよかったんだと思う。二人とも、私にはいつも無表情で、無関心だった。だから、タカヤの家に遊びに行くと、タカヤのお母さんが苺のショートケーキやオレンジジュースを用意して笑顔で迎えてくれるのが、本当に嬉しくて……タカヤが羨ましかったんだ。

 いつの間にか、私はタカヤが好きになってた。タカヤと一緒に過ごす時間は、夢みたいに楽しかった。

 そんな存在が、引っ越しで私の前から消えちゃって……お母さんがいなくなっても、タカヤがいたから笑っていられたのに、そのタカヤもいなくなって……お父さんと二人だけの暗くて窒息しそうな毎日の中で、私の胸の何かがふっと消えちゃったの。

 悲しさで、なんかもう全部どうでもよくて、頭がぼんやりして……信号、赤に変わったのにふらふら道に出ちゃって。よそ見運転のトラックに撥ねられちゃった。ほんと、散々だった。

 でもね、死んだ後も、身体は無くなったはずなのに、心はなぜか今までいた世界をふわふわしてるの。凛でいる間、幸せなことがなさ過ぎたせいかな……?

 自由に動けるようになった私は、どうしてもタカヤに会いたかった。タカヤのいる場所は、不思議にすぐわかったの。だから、私は9歳で死んでから6年近く、タカヤの周りをふわふわしてたんだよ。気づかなかったでしょ? 

 でも、タカヤに取り憑いたり、家に入って驚かせたりはしたくなかったから、ただ家の前ふわふわしたり、学校行くタカヤの後くっついて行ったり……ふふ、我ながら執念深い。

 そしたらね、4年前の夏の雨の日、私を見かねた神様がチャンスをくれた。タカヤの高校の通学路の草むらで弱りかけた子猫の身体に入るなら、猫としてタカヤと過ごせる時間をあげよう、って。

 もちろん即座に頷いたよ。タカヤの側で過ごせるなら、もう何でもよかった。

 その時神様は、猫になった私がもしタカヤに深く愛されるようになったら、もう一度人間として生きられるビッグチャンスを与える、と言ってくれた。週一で女子モードに変身できる時間を10分だけもらえるようになる、っていうね。女子モードになれる期限は一年。その間に、タカヤが私の秘密を全部解いてくれたら、私はずっと女子でいられる。でも、期限内に解けなければ、私は猫に戻らなきゃならなくて……しかも、私からは秘密に関わる大事な話はタカヤに絶対明かしてはいけない、っていう条件つきだった。

 神様は、『どうだ、やってみるか?』って、まるでゲームにでも誘うみたいに悪戯っぽく笑ったよ。でも、どんな難しいゲームだって、可能性があるならやらないわけないでしょ?

 タカヤは、猫の私を本当に深く愛してくれたよね。私も、毎日タカヤの側で好きなだけタカヤを愛せて、天にも昇るほど幸せな時間だった。だから、タカヤが一人暮らしの部屋に私を一緒に連れてきてくれた去年の春から、私は女子モードに変身できるようになったの」

「……ルリ……いや、凛ちゃん……そんな長い時間を、今まで……」

「諦めないもん勝ち、ってやつ? さすがの神様も根負けしたんじゃない?

 タカヤ、期限内にとうとう私の秘密まで解いてくれたんだね。さすがにそれは難しいんだろうなって、ずっと思ってたから……実は、この幸せがまだ信じられないの」

「夢でもないし、嘘でもないよ。

 今、こうして君は、綺麗な女の子の姿で俺の目の前にいる」

「ちょっ……急に改まって手とか握んないでよ! 心臓バクバクしすぎて壊れるからっ!」

「昨日、君は俺に言ってくれたよな。どんなことがあっても、これからもずっと俺を好きだ、って。

 俺にも、ちゃんと言わせてくれ。

 俺には、君が必要だ。猫だろうが女子だろうが、俺は君なしじゃいられない。

 どうかこれからもずっと、俺の側にいて」

「……」

「——返事は、聞かせてくれないの?」

「……決まってんじゃん。

 何も言われなくたって、10年以上も付き纏ってたんだからね! 私の執着心なめんじゃないよ!?」

「はは、そうだよな……こんな俺に、今まで付き纏ってくれて、ありがとう。

 これからは、恋人として、どうぞよろしくお願いします。ルリ……じゃなく、凛ちゃんか?」

「……ううん。

 私は、もう『凛』の名前は使わない。悲し過ぎた凛の過去とは、もうお別れしたいの。

 だから、私は今日から、ルリだよ。女子のルリに生まれ変わった、今日を私の誕生日にしたい。……それでもいいよね?」

「……うん、それがいい。

 今日は、4月1日。ルリの誕生日、カレンダーにマークしよう。

 これから、楽しいこと一緒にいっぱいしような、ルリ」

「うん。これからも、ずうーーっとよろしくね、タカヤ。

 ……えっと、ただしもう一つ、大事な話が」

「何?」

「あのさ……私、場合によっては時々また猫になるかも」

「はい??」

「いや、昨日みたいにめちゃくちゃパワー切れした時とか、めちゃくちゃ機嫌悪い時とか……何となく、そんな気がするんだよね」

「ってか思ったよりそこかなり境目緩いな??」

「時々猫になる女なんか、嫌?」

「……何言ってんだよ?

 嫌なわけねーだろっ!? むしろ猫のルリにも時々会えるなんて、最高じゃんか!!」

「やだっ、わざと怒らせて猫に戻したりしないでよねっ!?」

「あははっ、冗談だよ。そんなことするわけない。君が猫になったって、必ずまた今の君を取り戻すよ。

 さっきも言ったけど、猫だろうが女子だろうが、俺には君が必要なんだ。

 何があっても、もう絶対に君を離さない」

「……ああ、私死んでもいい……」

「マジその冗談やめろ!! シャレになってないから!!」

「ふふっ、いちいちテンパるタカヤ、ほんと可愛い。

 ってことで、今日からは晴れて全部解禁だからね」

「……ええっと、急に何の……」

「だから。私の心も身体も、今日から全部タカヤのもの、ってこと」

「……君の、心も身体も、全部俺のもの……」

「これだけオアズケしちゃっんだし、待ち切れないんじゃないかなあ、って。

 ね、例えば今、私と何したい?」

「……

 じ、じゃあ……まず、キ、キスしたい」

「いいよ。目を閉じて」


『…………っ、あー、柔らかい、甘い、気持ちいい……脳みそ溶ける……っ!』

「……どう?」 

「……はあっ、すごくいい……ね、もう一回」

「えっ!?

 あー、ぶっちゃけもうキスとか焦ったいじゃんっっ!! タカヤの忍耐力ってすごいわ。先に私の限界きた!! じゃ食べるねタカヤ! いただきますっ!!」

「食べ……? わっ、ま待って、押し倒さないでルリっ! だってまだ真っ昼間……!!」

「はあ? なに今さら生娘きむすめぶってんの。猫は肉食なんだから、覚悟して」

「えっ……

 な、なんかまずいぞコレ……もしかして俺、実はかなりヤバい子と同棲しちゃった……?? あっ、いきなりそこはダメお願いっ……!!」

「もうブレーキきかない!」




                 〈了〉

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君なしではいられない! aoiaoi @aoiaoi

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