最後の10分

「ルリ……。今夜は、月、綺麗だぞ。すごく寒いけどな。俺、冬の月、好きなんだ。

 君が消えたあの日から、もう半年経つよ。

 なあ、ルリ……君は、もうここには帰って来てくれないのか?

 あの夏の夜からずっと、一秒一秒、君を待ってるのに……


 当たり前だよな。帰ってなんてくる訳がない。

 バチが当たったんだ。

 俺が無理矢理、あんな乱暴なことして……秘密を解くまで、そういうことはだめなんだって、約束したのに……

 もう少し堪えて、もっと本気で謎に向き合って答えに辿り着けていれば……ルリは、今頃俺の横で……

 ……っ……


 今日で、一月も終わる。

 ルリが女の子に……りんちゃんに戻れる期限は、あと2ヶ月。

 ごめんな、ルリ。許してくれ。

 ごめん、りんちゃん——俺、つくづく駄目な男だ……」



*  



「3月31日、23時45分。

 あと15分で、タイムアウトだ。


 ああ……俺、もう一生ダメな男で生きる以外にない……。

 ルリとりんちゃん、二人の女の子を、こんなふうに不幸にして……あと15分で、女子のルリも、りんちゃんも、二度とこの世に現れることはできなくなるんだ……

 ……くそ……

 くそっ!!」


 ガラっ(勢いよく窓を開ける)

「おいっ、そこにいるかクソ神!

 もー我慢できねー! 近所迷惑だろうがなんだろうが、怒鳴らせてもらうぞ! ふざけんじゃねーっ!!

 俺だって、本気でルリを想ってたんだ。本気で彼女の秘密を解いてやりたかった。酒の勢いで好きな女に触れたくなるくらい、当たり前だろーが!? それをあれはダメこれはダメって偉そうに調子こいてんじゃねーよクソジジイっ!

 それにな、なんでりんちゃんばっかそんな辛い目に遭わせんだよ!? マジ許せねえし!!

 こうして秘密も解いて、ルリとりんちゃんにこんなに会いたいのに、謝りたいのに……

 なあ、神様……ルリに、もう一度だけ会わせてくれ……りんちゃんに、会わせてくれ。頼む!!」


 ……ガリ……ガリっ

「ん……

 何だ? 玄関の方で音が……?」


「……にゃあ……」

「……え?

 る、ルリか!? 

 待て、今ドア開けるから!」

「……にゃあん……」

「ルリ……!!?

 こ、こんなに痩せて、傷だらけで……俺の首環もなくなってる……

 待ってろ、夜間も診てくれる動物病院に……!」

「そんな時間ないよ、タカヤ」

「……え……

 ルリ!?」

「最後の日の10分だけ……神様が、タカヤと話す時間をくれるって。

 間に合ってよかった」

「そ、そんな、だってこんなに弱ってるのに……!」

「謝らせてよ、タカヤ。

 今まで帰ってこれなくて、ごめん。

 私がここに帰れなかったのは、この部屋から逃げ出した時、よくわからない場所をうろうろしてるうちに知らない奴らに捕まって、知らない家に連れて行かれてたから……

 そいつらに毎日怒鳴られて、殴られた。私が全然懐かないから。懐くわけなんかないのにね。

 怖くて悲しくて、ご飯も食べられなかった。……でも、やっとそいつらの隙をついて、逃げ出してきたの」

「……え……

 そんなことになってたなんて……

 ルリ、よく、ここまで……」

「どうして、帰ってこれたんだろ……神様が、ちょっとは手伝ってくれたのかな。よくわかんないけど」

「……」

「それとね。

 この姿で、どうしてもタカヤに言いたいことがあったの」

「え?」

「私、タカヤが好き。

 どんなことがあっても、これからもずっと、タカヤが好きだよ」

「……ルリ……

 君がいない間、死ぬほど君にそれを伝えたかったのは、俺の方だ。

 あの夏の夜、君との約束を破って、悪かった。許してくれ」

「……うん。

 タカヤの今の言葉聞けて、最高に嬉しい。

 ……あー、ヤバいな。私、限界かも……」

「ルリ……ルリ!!

 俺、君の秘密を解いたんだよ。——君は、柏木凛ちゃんだろ? そうだよな!?

 ずっと思い出せなくて、本当にごめん!」

「…………」

「ルリ……りんちゃん!!

 なあ、聴こえてるか!? 答えてくれ……!!」



「……にゃあ……」


「…………

 ルリ……

 ……君は、猫に、戻ったんだな……


 ごめん……ルリ、りんちゃん……」


 

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