第5話 人間の絆は脆い
地球に戻った。
主人は相変わらず、自分の価値観、自分のペースを変えない。
私は、戻ってから、最初の彼の欲望のお誘いを固辞した。
以後、主人も何かを悟ったのか、私達夫婦は、セックスレスになった。
二度と彼と交わることはなかった。
元々、淡泊であった主人の興味は私よりも自分の専門分野の領域の方が気分が満たされ、エクスタシーを感じるようだ。
私は、すっかり心を、月に奪われていた。
毎夜、夕暮れ時になると姿を現す月を、ソワソワと探し出す。
月を目視で確認すると、目を瞑り、意識を、地球から見える遥か彼方の月へ集中させる。
経験した体験が想像力を刺激し、月の表面が、私の脳裏に映し出される。
そのまま目を瞑ると、月へ向けて瞬間移動できると思わずにはいられない。
子供たちが心配なので、実際に行動に移す事はしなかったが、間違いなく、その気になれば行動を起こすことは可能だと確信した。
いま実際に日々を過ごす地球上に、彼らは身を置いている。
彼らは、私のすぐそばで、私を見ている。私の胎内を監視している。
私の脳をコントロールする彼らは、私の胎内を棲家とし、この地球に難なく侵入した。
日常生活のフッとした瞬間に、神のお告げのように声が舞い降りてくる。
「また、呼んでいる・・・アナタを」
その声を澄まして聞き、私は尋ねる。
「何故・・・?」
私の身体を纏い、私の思考を麻痺させる。
彼らがやって来たのだ。必要な時に。
彼らは空間移動できる。
この太陽系の惑星内で、彼らが辿り着けない星はない。
私を呼んでいる・・・私を必要としている・・・
私は、ある真夜中、古来からかぐや姫と呼ばれるお月さまの象徴に成り代わった。
私は、月へ飛んだのだ。自らの身体で。自らの思考で。
意識を持って。記憶は消し込まれたけれども。
月の裏側を浮遊していた。宇宙服は身に着ける必要はなくなった。私は彼らと同じ存在になったのだから・・・
月の表面の少し上を遊泳していた。
体を地面から浮かばせながら。
私の後方には竜宮城の万年亀のような知的生命体の子供たちが、私と同じように両手で空間を掻きながら、宇宙空間の中を自在に泳いでいた。
私は宇宙で身ごもり、地球と月のハーフの子孫をこの世に送り出した。
私の耳元で、囁く声が聞こえた。
「我々が数千万年の眠りから目覚める時が来た」
私は、ただ無言のまま、身体が身震いした。
「キミは選ばれたのだ。生命体の進化と太陽系の変革に寄与する為に」
私はその言葉を耳奥で何度も噛み締め、脳の奥深くに仕舞い込んだ。
「私は何をすれば」
彼が・・・彼らが、初めて私の前に、その生の姿を現した。
一人が二人、二人が四人、四人が八人と・・・まるでクローンが次々に生み出されるように、細胞分裂を繰り返すように。その個体の数は数え切れなかった。
「キミは選ばれた。キミは、この太陽系内で、やがて、あらゆる惑星の子孫の大いなる母となる。歴史はまだ、はじまったばかりだ」
宇宙は広大で謎が多く、神秘的だ。
宇宙空間は延々と続き、終わりがない。
私は、さらなる、快感を求めて、宇宙へ。
愛欲の旅路に一歩を踏み出した。
自らの意思で。好んで。
どんな生命体の雄が待ち受け、どんな快感をもたらしてくれるのだろう・・・
私は独り、ほくそ笑みながら、次なる惑星、火星へ向かった・・・
(了)
地球のオトコじゃ物足りない ライフ・イズ・パラダイス @Ha73
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