第4話 月の裏側

 地球上から決して観察することの出来ない場所、「月の裏側」

 私は人類史上、初めてその場所・空間に身を委ねた地球人だと確信している。


 私は目を覚ます事はなかった。

 推測するに、仮死状態あるいは似たような状態で管理され続けたと思っている。


 彼らは、あるいは彼女かもしれないが、思考と精神の中に入り込んで来た。

 テレポーテーションまがいの行為をされたように感じている。

 私は現実から姿を消した・・・多分。

 記憶を失った場所は、月の表側。

 月の裏側まで歩いて行ける距離では到底ない。

 

 第一声を脳がわずかに記憶している。


 「キミは此処で何をしているんだい?」


 私は心の中で叫んだ。


 「ここは何処?」


 「キミはここへ来るべくして来たんだ」


 私は心の中で、首を振った。


 「キミは選ばれしものだ」


 「そう、私は選ばれた。月へ向かうメンバーに」


 「そうだ。我々に逢う為にね・・・」


 「あなた達は誰?」


 「数千年前のキミ達だよ」


  私には意味が分からなかった。


 「少し、お邪魔させて貰うよ」


 私の体内、心、思考に、考える力を持った生命体が浸透してくるのを、私の脳が感じた。

 古代から現代の事象や出来事、風景が、早送りで映写機を回すように、私の思考に浮かび上がってきた。

 徐々に体が火照りはじめ、息遣いが荒くなり、心臓の鼓動音が激しくなる音声が体内の奥から耳奥に振動として伝わった。


 映像が激しく変化する度に、私の脳の感知力は敏感にかき乱され、心の感覚はジワジワと熱くなり、ドキドキした感覚が抑えようもなく高まった。

 私は徐々に心地よい感覚と、じれったいけれど、もう少し長くゆっくり、この心地良い感覚を持続させて欲しい、と抗えない思いで願った。

 私の脳の中に、何かを埋め込むように浸透させ溶かしこまれたと感じた。


 体内の血管を通り細胞が頭から徐々に上半身へとスルスルと降りていく感覚が肌の中で伝わった。幾らかの恐怖心から、その流れを食い止めたいと頭で思い描いても、思い通りに、私の体内を縦横無尽に動き回る感覚をコントロールする事が出来ない。


 やがて、私の、子を宿す場所に進んでいると直感した。

 私の下半身は痺れだし、力が抜けてゆく。

 下腹部は熱を帯び、その熱が胸部を震わし、脳内へ鋭く、何度も刺激を与え、私の脳は心地よい痛みと快感を交互に繰り返した。

 やがて、私の体内を動いていたものが、私の胎内で宿りだしている・・・戸惑いと喜びが共有した。


 目は閉じられ、自分の意思で瞼を開く事は出来ないが、瞼の先の空間で閃光が走り、周囲が明るくなるのを肌で感じた。


 明るみが徐々に遠のき、私は自然と目を開いた。

 目の前の遥か彼方に、暗黒の世界に青く澄んだ物体が煌いていた。

 私は宇宙服のヘルメットを装着していて、宇宙空間に浮かぶ地球を見ていると認識した。

 先程までに感じた体内の感覚は消え去り、何かあったと認知したが、記憶が殆ど思い出せずにいた。

 ただ、胎内に違和感を残したことは除いて・・・

 私は、気付くと、砂と岩石が散らばる月面の表面を放心状態で、あてもなく歩いていた。

 目前に気配を感じた。

 月探査の同行メンバーが私に急いで近づいてくるのが分かった。


 私の第1回目の月探査は、終わりを告げた・・・

 

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