後編

【アノ物体】へ、ひたすら罵詈雑言を吐きかける。


 その効果なのか、最初のフラフラぶりはどこへやら坂道をズンズンおりていた。そこは森ではなく山だったらしい。


 怒りにまかせて歩いていたが、ふいに「あっ?!」と声を出して立ちどまってしまった。

 気がつくと山のおわりに出ていたようで、農村らしきものが目の前に広がっていたからだ。


 ぅああっ! なんか、人が住んでる感じがする〜。

 あ、あれ田んぼっぽくない? 


 でも……。この異世界が[いまのあたし]の見た目でオッケーなのかが分からない。なにしろ転生していないのだ。たぶん。


 あたしは山のなかに少し戻り、坂の上から周りの様子を確認することにした。


 先ほどいた場所に目をやると、そこは十字路だった。視線をまっすぐ動かしていけば、向こうに大きな森が見える。

 左右の道は、茂みが山と道の境界線のようにつづいているため途中から何があるのかが見えない。どちらの方向も道を挟んだところは田んぼだ。ただ、左側には森がなく田んぼのみのようで明るかった。


 あたしはふたたび十字路へと近づいた。境界線のような茂みは、あたしの肩の高さまである。道に出て歩くよりも気づかれにくいだろうと決断する。

 山のなかと道の向こうを交互に確認しながら、左側の茂みに沿って慎重にすすむことにした。



 しばらく歩くと、遠くに何軒かの家らしきものが見えてきた。

 わらみたいな屋根色で、白い煙が立っている。


 それは、学生のころに旅行した[昔々の日本]が売りの場所に似ていて、驚きとともに思い出がよみがえるようで歩みが遅くなった。

 すると運がいいことに少し先の大きな木のしたに、人が1人通れそうな隙間のある茂みを見つける。あたしは急いで、そこに入りこんだ。


 ここからなら座って安全な村かを観察できるし、もしも山から獣が出てきた場合にはすぐに村へと逃げられそうだ。最悪ここで眠ることになったら、さっきから頭上に見えている果物っぽいものを食べよう。おなかはすいてるけど不明な植物、まだ我慢だ、あたし。


 ああ、どうにか第1村人を発見できないだろうか。


 そう願ってじっと潜んでいたけれど、だんだんと不安になってくる。

 も、もしもバケモノみたいなのが出てきたら……どうすればいいんだろう? 

 3本足が人間ですって世界とかだったら、どうすんのよ……っ。


 ──うぅっ、いかんいかん!! 

 弱ってる、弱ってきてる。自分を鼓舞しろ、あたし。

 いい? あんたは働きすぎて、なにも考えられずにいたし、しなくてもいい仕事もたくさん抱えてた。


 でも久しぶりに会った幼なじみのおかげで、ヤベーって気づけたんじゃん。

 あたしの頑張りはムダになってるって知った。

 だから。それまで頑張ってきたぶんだけ、少しのんびり生きなおそうって、決めたんだ。

 ……あ? でも死んだ、って言われなかった? 


 え? でもじゃあこれ、いったいなに? 

 生きてんの? 死んでんの? 

 あたま痛いし、おなかすいてるし……死んだ実感が湧かないんだけど。

 死んだ、とか……


 ん? それよりなんで身体があるん? あたしの。

 そこがおかしくない? 



「じゃあ、行ってくるよー、アキミー」


 突如おじいさんのような大声が、あたしの[答えが出そうもない思考のループ]に割りこんできた。


 ハッとして、隙間に身をひそませていた体勢を少しくずす。

 茂みのそばに立つ木のかげから、そっとのぞくと、一本道の向こうに確かにおじいさんが立っていた。


 田んぼらしき場所に向かって手を振っている。

 ここからは田んぼ沿いの木が邪魔をして見えないが、あけみ婆さんがいるのだろう。

 あけみ……思いがけず日本人らしい名前に安堵する。


 その白髪じーさんの見た目は、なんか、肩がバカデカイ。

 まさかの袖がない甚平のように見える服を着て、筋肉ムキムキの腕が見えている。

 ぞうりっぽいものを履く足のふくらはぎも、たくましそうだ。

 頭には小さな帽子がのっているけれど、髪型が昔の日本人みたいに結んでいる。



 なんだ、桃から産まれた系のラノベに転落したのね。

 ……いやあれラノベじゃねーしっ! 

 ハハハ、混乱を極めるあたしの脳は、だいぶ混乱中のようですね。


 ──1人ボケツッコミに、1人実況まで……やばいな、あたし。でも人がいて嬉しすぎるんだよ。日本語みたいだし。

 ん? 日本語だよね? あけみって名、日本だけよね使ってるの。

 あー分かんない。放棄。


 それは重要なことではないと判断し、すぐにもう1度、道の向こうの人物を注視した。


 じーさまは、片手に畑をたがやす感じのくわを持ち、もう片方の手には、たづなを持って、こちらに向かってゆっくりと歩きはじめた。

 そのたづなの後ろでガタガタと音を立てているのは、木でできた荷車のようだ。そしてそれを引いているのは、牛! 牛ではないかアンタ! 


 じーさまがデカくて、ちゃんと見えてなかった。

 しかも牛! おまえ木と同化してる色だよ、まぎらわしいわっ。

 でも見た目は変じゃない。うん、あたしの生きてた世界の牛だわあ。……たぶん。そう願う。


「ギーチャー、気ぃつけてなあ! それ届けたら絶対すぐ帰ってきてくんろー。村から出たら、いかんぞー」


 じーちゃー? ああ、じーちゃん、ね。

 じーちゃんが歩いてる道のずっと奥で、男の子が叫んでる。

 あれ? なんかあの男の子の髪、白か? 金か? 遠くてよく見えんな。


 まー髪なぞどうでもいいやと、じーちゃんを見ると。

 じーちゃんはニコォッと嬉しそうに笑って、男の子の方へ振りかえった。


「だあいじょぶじゃー。わしは強いかんなあ。でもターボの言うとおり、すぐ帰るけえなぁ」


 と、たあ坊に向かって叫びかえした。

 そして歩きながらも、たづなを鍬の持ち手にかるく引っかけると大きく手をふった。



 大丈夫だ、きっと! ここは日本昔ばなしだ、きっと! 


「おにぎりください」とか「お、おにぎり、欲しいんだなっ」とか言えば優しくされる世界のはず! 


 あのじーさまの笑顔が、そんな感じだった。

 あの孫の心配っぷりが、そんな感じだった。

 うん、よし。よし。勇気だそ。勇気、出してこーう! 


 あたしは、ありったけの勇気を出して茂みから出た。

 そして手で髪をなでつけ、着ているスーツのしわを伸ばして身を整えた。

 相手に警戒されないように手を前で重ね、さらに上品に見えるように立つ。

 じーさまとあたしの距離はおよそ大型トラック1台ぶん。

 そのため大きく、しかし可愛らしく思われるよう高い声を出した。


「こんにちはぁ!」


 手をふり終わったじーさまが笑顔のまま向きなおり、すぐに驚いた顔で立ちどまった。後ろをゆっくりと進んでいた牛も歩みを止める。


 ガタガタという音がやみ、お互いの存在を認識する少しの静寂のなかに、サァッと柔らかい風が横からふいた。


 あたしは髪を抑えながら無害をアピールするためニコニコと笑って、軽く腰を曲げあいさつをする。


「こんにちは。わたくし、やまかわ いつき、と申します。すみません、どうやら道に迷ってしまったようで。よろしければ、ここがどこ」「うおらあああああ!!」



 え? おたけび? 



 営業スマイルで話しかけていたので、目が状況を把握できていなかった。


 あたしが営業で培った、[笑顔で相手の顔を読む]スキル。

 近距離でもないのに目を細めつつ相手を見ても、発揮できるわけがないのだと気づいたときには、遅かった。



「黒髪の鬼めえええっ。こんな田舎まで出てきやがってェッ死ねやあっ」



 鍬を持ったガタイの良いじーさまが、異形の顔をして全力疾走で向かってくる。



 *****



「あはははははははははははははっっっ」


 不愉快な大笑いの声で、意識がもどってきた。


「あっ、いつきちゃん、いつきちゃん! 目が覚めた? あはははははっ」


 アニメに出ていた魔法使いが、お腹をかかえて笑いころげている。


「あははははは、あー! まじ即死亡。はあー、いつきちゃん、めっちゃウケたねっ。これさあ、流行ったの分かったわー。いやナメたらいかんね、流行りものっっ」


『異次元ボックス』

 あたしは小声で、そいつを呼びだす。

 

 そして。

「うおらあああああ!!」


 ドスッ! 

 神なぞとぬかしたアホウに、渾身の鍬をお見舞いしてやった。



 ──あたしをったじーさまのくわは、あたしの額に思いきり打ちつけられた。


 上空を飛ぶじーさまを見たとき、あたしは死ぬことを悟る。

 急遽あたしは思考を変え、異次元ボックスと叫んでみた。

 すると手に現れた、それ。

 ボックスじゃねー、ポケットやんけ。と思う間もなく。


 頭へと衝撃が襲った。

 死にそうだから無理かと思えども諦めず、火事場のクソヂカラよろしく、額から鍬をぬき異次元ボックスに入れた。人間の執念を見た思いだわ──



 あたしは見下ろした。なにかに変身もできず真っ白なだけの物体アホウを。よく見ると白いだけだと思っていたアホウの内側で、光の円のようなものが上へ下へとうごめいている。

 あまりのおぞましさにアホウの身体のどこかに刺さった鍬を抜き、何度も何度も耕してやった。


「オイコラ。おまえ神なんだろ? テメコラ。さっさとあたしを天国に送れやクソがっ」


 種を植えても生えないレベルの土を目指して、打ちつける。

 だが、残念なことにあたしは鍬を振って生きてはこなかったのだ。


 重い、疲れた。


 仕方なく、アホウの顔とおぼしき場所に鍬の刃を置き、アホウの身体とおぼしき場所に座るついでに鍬に足を乗せ、刃先をグイグイと、めり込ませる。


 ……そのとき。



 ベエロン。



 気持ち悪い感触が、太ももをなでた。


「あはあん、んはああっ、はああんふアハァ〜」


 気持ちわるい喘ぎ声が、耳もとで聞こえた。

 恐る恐る右耳を見ると、あたしが座っているはずのアホウの1部が伸びて、そこにある。


「ああん。どうしよーぅ。ボクはミシェルさまだけのモノなのにぃん。でもぅん、いつきちゃんのコレ。すっごいスッゴイボクの感性にクルのぉぅ。あふぅん」


 口もないのに、そうつぶやく声が聞こえる。しかも途中であたしの左耳になにかネチョネチョしたものが触れていく。

 そして座っていたはずのアホウの身体とおぼしきモノが、ゆっくりと低くなっていき、逆にあたしの身体中にサワサワとなにかが這い出した。


 我慢できずにあたしは声の限りに叫んだ。

 絶対に究極のチートに違いないものを!! 



「助けてええっミシェルさまーーーーんッ」




 そうしてあたしはミシェルさまから、天国でも、とても高い地位を与えられた。

 アホウがまったく近づけないレベルの神となり、このうえない気持ちで今日もまた、下界のアホウに辛酸の苦難を受難させている。



 ──おしまい──

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