テンプレ。

嘉那きくや

前編

 ふと目を覚ますと、真っ白な空間にいた。



 ここ、は……? 


 起きあがろうとすると、頭がズキッと痛んだ。

 思わず目をつむり、痛む頭に手をやる。


 ズキズキとつづく痛みに耐えつつ、ゆっくりと半身を起こしていく。

 すると突然、耳の横で『シュインッ』という軽い音がした気がした。


 アニメで聞く、自動ドアが開くような音だ、と意味もなく湧きあがって消えていく考えに、少し目をひらいた。


 ──そして、目の端に入った誰かの足に気づいた途端……



「どぅぉもーーぅ! いつも流行はやりに乗りおくれる。そして実は流行りになんか興味がなぁい。けれど流行りが飽和状態になると俄然がぜん、興味をいだき・だあす! そ〜んなボク、アナテュアのぉぅ、あーなたの神さまああ、『ムーちゃま』だよぉうん」


 と、異常にテンションの高い声が聞こえてきた。




 驚、愕。




 あまりの驚愕に頭痛をわすれ、目のまえに立つ物体を凝視していた。


 そのあいだにもその物体は、


「シャキーン! テュルルン! てへへべろべろ」


などと言い、そんな言葉とともにポーズを変え、そのたびに姿を変えた。

 ……私でさえも見たことがある、アニメやマンガの登場人物たちに。



「というわけで〜、山川樹くん。いやんいやん。ラノベだったら読みかた、わかんなぁい。『やまかわ いつき』くん、女性。うんさすがボク、神! ひらがなで紹介したげるとか、やることがウケる〜ウケる要素ー」



 事態がまったく飲みこめない。


「いつきくん! とぉつぜんですが、きみには異世界転生! を経験してもらいたいのだっ。なぁぜならば、神であるボクこと『ムーちゃま』の。き・ま・ぐ・れ、かな? にゃははははー」



『き・ま・ぐ・れ』のひと文字を言うたびに、姿を変える。ポーズも変える。

 しかも、ちゃんと決めポーズ。



「それでー」

 美少女キャラに変わった瞬間に、なにかを探しはじめて変身がとまった。

 ペタペタと服をさわってポケットを探しているふうだが、彼女の着ているそれは、あまりにも露出が多い。


「あ、あったあった」

 そう言ってタブレットらしきものを出す。

 その取りだした場所が、爆乳を隠すつもりもない、ちっさな下着なのか服なのか……わっかんないところからってアンタ! 


 もっとちゃんと色々突っこんで言いたくなった途端、また変身が、はじまった。


「えっとね、えー。チート? があるらしいねっ。んー[異世界先の言語理解]、あー[異次元ボックス]、でー[鑑定]。いやあ、『ムーちゃま』ったら頑張りどころだね! むふふふふ」


 くねくねと腰をゆらす姿が、渋カッコイイと認定されてた刀の人だったから倒れそうになる。


「いつきくんがぁ、社畜の会社をやめてー、これからは自分のために生きるわって決めたはずの日にぃ、車にひかれそうなワンちゃんを助けて死んだってとこが良かったよね! なんかこれってテンプレ? っぽくなあい? って思ったら居ても立ってもいられなくなっちゃって! 思わず、いつきくんの魂、ボクの事務室に飛ばしちゃった! もし上司にバレたら怒られるかなあ。にゃはははー。……はうぅ〜ん、ミシェルさまあ……ん」


 突然ハアハアと、よがり始める勇者。

 なぜ、親指をくちに……はあああ?! 股に手を伸ばすのはやめろやっ! 

 著作権の侵害だわっけがらわしい!!


「ああん……いつきくんじゃなくてぇ、あふん、ミシェルさまにこの痴態は見られたい〜ん(はあと)。っちゅことで。イッテラ〜」


 ドンッ! 

 え? 蹴られた? 

 え? 落ち、落ちて……ぎゃーーーーーー…………





 ふと目を覚ますと、青い空が見えた。


 しばらく、その青さに浸る。



 ──ゆめ、だった、か。


 どのくらい、ここに寝ころんでいたのかは分からないが、お腹のなる音がして我に返った。



 おなかすいた。


 やっと周りを見まわす。

 周りを見……まわしても、野っ原に木しか生えてないんですけど。


 ここはどこよ? 

 と思った途端。


『テスー、テスー。あーあー。聞こえますかあ、いつきくぅん』


 という信じたくない声が、頭に響いた。


『あー、応答せよー? 応答せよぅ。いつきくーん? いっつきくぅん』

「だ れ」

『あー! 聞こえたあ? にょはは良かったあ。いやー伝えそこなっちゃったんだけどー。[鑑定]はねー『ステータス!』って叫ぶと、いいらしいよ? じゃ、そ・ゆ・こと で(ほし)。バァイ!』



 ということは。

 つまり。



「あたしは! 異世界転生、してんのかよーーーーっ」



 *****



 悲しむのはやめた。

 わけが分からなさすぎて、本当のところなにを悲しんでるのか分かってないし。あー、頭がボーッとする。なんで泣いてるのかも分かんなくなってきた。


 しかもお腹がすいてるのを思い出したし。顔をあげれば、日が少し傾いた気もする。

 このまま真っ暗になっていくかもしれない森か山に、いつまでもいるのは危険かもしれない。

 日本なら、まあ……知らんけど。なにしろここは異世界だ。



 だいたいさ、異世界ってなに? 

 異なる世界なの? 異次元の世界なの? 

 そこらへんでもう、2つはまったく違う世界だと思うんだけど。



 目が覚めたときからの頭痛と空腹と、そしておそらくショックから、ふらふらとしか立ち上がれず、よろよろとしか歩き出せない。


 でも、なにか。なにかが合わないのか、妙に息苦しくて疲れる。


 あたしは切り株を見つけ、座った。

 座って、ため息をついて、気づいた。

 切り株? ……人(?)が暮らしてるってことじゃない? 


 わずかに希望がさして、でも、にわかには信じられない思いが嬉しさを押しとどめる。

 なによりもあたしは、あたしを蹴り落としたあの物体にさえ、いまだに現実感をいだけないでいるのだ……さまざまな感情が去来するのを脇にやり、まだ見ぬ異世界人に対してどうすべきかを悩む。



 よし、とりあえず。


「ステータス!」


 ブゥィンッ! 

 機械音なのか分からない音がして、目の前に文字が現れる。


 すっごい! 


 あたしは必死で、その文字を読む。

 読む。

 ……読み込む。



 なんよこれ? 


 HPとかMPって、なんなの? レベルって、なんのレベルなん? 

 ス、スキル? スキルが[無]って……。

 一応あたしは、漢検とか英検とか頑張りましたけど、それはスキルじゃないの? 


 ……え? これで、[鑑定]オワリ? うそでしょ。

 お宝の値段を教えてくれる団体から鑑定士は来ないの? せめて何かの鑑定書が出てくるとかじゃ……ないの、ね。


 あたしは頭を抱えた。

 もしやこの世界はお金が存在しないのだろうか。意味不明すぎる。

 これから生きることに必要なものとは、とてもじゃないけど思えない。


 さらに、この[鑑定]チートというやつは『この世界の人との関係』への助けにもならないのではないだろうか。

 ステータスを[地位]だとやくすならば、もしかしてセレブとか女社長とかの見た目になってるのかも、とも期待したのだ。

 

 だが、ザッと自分を確認して気づいた。

 あたし、地球に住んでた[日本人のあたし]のままだと思う。

 見覚えのある紺のパンツスーツを着ているし、髪も肩に少しかかっている黒だ。


 そういえば、なんで? 

 転生って言ってたよね? 異世界転生。

 転生って、生まれ変わるっていう意味じゃなかったっけ? 

 生まれ変わるって、新たに産まれるってことなんじゃ……


 あたし、いま大人よ? どういうこと? 


 ハッ、もしかして、異世界転移、とか、なの? 

 ほら、あの女が勝手に何度も何度も説明してきたじゃない。

 うー! なんか思い出せ、あたし。


 ────うん、なんも覚えとらんね。

 だいたい、仕事してて聞けるかって話だわ。


 ってことはなに? この状況。

 わけの分からない物体に、魂を異世界へ落とされた…………つまり転落? 


 異世界転落? 



 ────ふ、フフフフフフフ……



 フフ、そうね。

 ふふん。これは。【アノ物体】がやったこと、だからなのよ。

 そう思うと、すべてが解決した気がする。


【アノ物体】の、雑な仕事ぶりが現在のあたしの状況だろう。


 そぉう。あいつはゴミなのね? 

 あたしが会社を辞める1番の理由になってしまった、あの女と同じだわ。


 イケメンのいる会社ばっかり行きたがりやがって、本来の仕事をしやがらないアイツ。

 あたしは上司に任された手前、アイツのフォローも残業も、自分のノルマ達成をこなしながらやる毎日。


 それを、頼りにしてますぅとか笑顔で言ってくる、アイツこと、あの女。

 しかも隣に座って、あの会社のイケメンとどこどこでご飯たべただの、この会社のイケメンとどこそこの温泉いっただの、果てはハマって読んでる異世界ラノベがどーとかこーとか……



 ──あっそおおう。


 あたしはキレて、いつのまにか立ちあがっていたようだ。

 そしてすべての憎悪をぶつけるかのように罵詈雑言を、【アノ物体】へと途切れることなくつぶやきながら勢いよく歩いていた。

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