変人と呼ばれる彼女の理由

カナエ

初恋との再会

今日、俺は初恋の人と8年ぶりに再会した。


しかし、その彼女は学校中で変人と呼ばれ、もはや別人だった。


「青木晴人です。よろしくお願いします。」


高二の春、親の転勤で東京の高校に転校してきた。


「お前の席は…おい!山野!山野華やまのはな

「はいっ。」

「あいつの隣ね。」


黒縁眼鏡で、陰気な雰囲気の女生徒が立っていた。


しかし、山野華やまのはなって、変な名前。俺の華ちゃんもそういえば、晴野華はるのはなって言って、よくからかわれてたなぁ。


そんな事を考えていたら、授業が始まっていた。あ、まだ教科書ないんだ。


すると、無言で、山野 華が教科書を開き、俺からも見えるように机を寄せて来た。

「あ、ありがとう。」

返事はなかった。


しばらくすると、窓からの風に吹かれ、山野 華の長いきれいな黒髪がなびいた。彼女はそっと右手で、耳に髪をかけた。

俺は、その一連の光景をぼーっと見ていたが、その時ハッと気がついた。


「華ちゃん?」

俺は思わず声に出していた。

「なんだ…青木?質問か?」

先生が怪訝な顔で、こちらを見た。

「いえ何でもないです。すいません。」


驚いたなぁ。右耳の耳たぶに、華ちゃんと同じピアスのようなほくろ。華ちゃん?いや、まさか!

俺の華ちゃんは、本当に春の花のように、ピンクの似合う可愛らしい女の子で、俺とめちゃめちゃ仲良しだったんだ。もし、同一人物なら、華ちゃんだって、俺に声をかけないわけない。


放課後、慌てて山野 華の後を追った。なんとなく気になって仕方がない。


階段を降りた廊下で華を見つけ、慌てて身を隠した。すると突然、

「歩きスマホは危険です。やめましょう。」

AIロボットのような声で華が喋った。

「うるせーな。変人がー。」

注意を受けた男子生徒は、ばつが悪そうにブツクサ言いながら去って行った。


何事もなかったように、また歩き出した華の後を、コソコソ隠れながらつけていった。


すると、今度は歩道を走ってきた自転車の前に立ちはだかった。

え?なに?

急ブレーキで、止まった学生が、

「あぶねーなー。轢かれたいのか?」

「ここは自転車走行禁止の歩道です。左側の車道にどうぞ。」


はあ?なんだ?この華は?断じて、違う。間違いだ。晴野 華ちゃんのわけがない。耳のほくろはただの偶然だ。

後をつけているのも忘れて、うろたえていると、


「青木くん。何か用ですか?同じ方角ですか?」

山野 華が無表情で、こちらを向いていた。

「あー。そうみたいだな。まだ、この辺よく分かってなくて。」

「住所はどこですか?案内しましょうか?」

「あっ。お願いします。」


変な事になったなぁ。

でも、せっかくだから…

「あのさ。山野さんって、小学生の頃、◯◯町に住んでなかった?」

「住んでました。」

え?まじ?

「俺、覚えてない?青木晴人。◯◯小学校の…」

「はい。その小学校には通っていました。でも、そんな友達がいたかどうか、昔のことは忘れました。」

思いがけない言葉に、茫然としたが、

「じゃ、その頃は晴野 華って名前じゃなかった?」

どうしても確かめたくて核心をついた。

「はい。そうです。」


俺はしばらく固まった。


信じられない。あの華ちゃんだったなんて!なんであんなに変わっちゃったんだ?



俺はベッドの上で、突っ伏したまんま、力が抜けて動けなかった。



しばらくして、華の学校での様子がわかってきた。

基本、無表情で、誰とも喋らない。

声を聞けるのは、誰かに注意を促す時か、先生に当てられた時か、誰かに話しかけられた時だけ。

友達もいないようで、いつもひとりだ。


「山野って、最初っからあんなヤツだったのか?」

俺はため息まじりに、クラスメイトに話しかけた。

「なんだよ。青木。転校早々、変人が気になるってか?まあ、逆に目立つ存在だもんな。ホント、変わってるよな。あれだけ陰気な雰囲気なのに、人に注意してる時は、イキイキしてるもんな。」


そっかなぁ?俺は怖いくらいだけどな。そう思ったが、口には出さなかった。


ましてや、学校中から変人って呼ばれてる彼女が俺の初恋の人なんて、誰にも言えないよ。



そんなある日、交差点で数人の男子学生と対峙する華を見つけた。


「信号無視は危険です。交通ルールを守ってください。」

あちゃ〜。そんな事言っちゃう?俺は焦った。

「なんだこいつ!ふざけるな!」

男子生徒ひとりの右手が振りかぶった。


「華!」

俺は力いっぱい華の腕を掴んで、走り出した。

引きずるように、華を引っ張って、少し離れたところにある公園に逃げ込んだ。


2人とも、まともに息ができる状態じゃなかった。

しばらくして、俺は自販機で買ってきたペットボトルの水を華に向かって投げた。

受け取った華が、

「いたっ」

と言ってよろけた。

「どうした?足を挫いたのか?」

「そうみたい。」

「あんなのに首を突っ込むからだよ。」

いろいろ聞きたかったけど、怪我をした華をそれ以上問い詰める気にはなれなかった。



「懐かしいなぁ。昔もこうやって怪我した華をおぶって帰った事あったよなぁ。」

華は、相変わらず無言だった。

背中におぶった華の重さが、8年分の月日を感じさせた。

一体何があったんだろう。名字が違うって事は、親の離婚?それでこんなにも変わってしまうのか?


「ここで、大丈夫です。ありがとうございました。」

背中から降りた華は、他人行儀な挨拶をして、家へと入って行った。


それから、俺は毎日華を家まで見送る事にした。もちろん本人には内緒だ。また何かあったら大変だ。


山野 華は、本当に不思議だ。何を考えているか、さっぱりわからない。


しかし、こうして毎日後をつけていると、気づいたことがある。


最初はただの正義感から注意をしているのかと思っていたが、一貫として交通ルールに反した時だけだ。

安全が損なわれる行動には、躊躇なく注意していく。

それに、お年寄りなど助けを必要とする人には、手を貸して、一緒に横断歩道を渡ってあげたりもする。


だから、なかなか家に辿り着かない。


一体、何してんだ?お前は、見回り警察官かよ。


いや、俺も見ようによっては、不審者だよな。


「青木くん。」

あー、また見つかった。

「また、迷子ですか?」

「そう…そうなんだ。」


2人並んで、ゆっくりと歩いた。華の歩調に合わせ、ゆっくりと。

無言だったが、不思議と心は穏やかだった。それは昔からだ。無理に喋らなくても、2人で一緒にいることが好きだった。


信号が青になるのを並んで待った。


そこへ、信号無視のバイクが交差点へ真っ直ぐ進入。すると同時に反対からきた右折信号の車と衝突した弾みで、俺たちが立つ歩道に凄い勢いでバイクが転がり込んで来た。一瞬の出来事だった。


「華ーーーーー!」

咄嗟に華を突き飛ばした。


「ハル…くん。ハル…。」

薄れていく意識の中、華ちゃんが昔のように俺を呼んでいた。

「はな…ちゃ…」



気がつくと病室のベッドの上だった。

「いたたた…」

身体中に痛みが走った。


ベッドの横で、子供のように華ちゃんが泣きじゃくっていた。

「華…。」

華に手を伸ばすと、

「良かった。ホントに良かった。わたし…わたし何にもできなくて…」

「怪我は?」

「私は大丈夫。ハルくんが助けてくれたから。」 

「俺の事、思い出したんだ?」

華は、涙を手で拭いながら、頷いた。


それから、俺は華の今日までの長い長い8年間の苦悩を聞いた。


8年前、飲酒運転する車との事故で、巻き添えをくらって両親を亡くした事。

自分だけが奇跡的に一命を取り留めたものの、それまでの事故以外の小さい頃の幸せな記憶を無くしていた事。

母親の姉夫婦に引き取られた事。


そして、何より人を憎み恨んでいた事。

なぜなら、何の罪もないご両親が亡くなったのに、事故を起こした張本人は足を引きずりながら生きているから…。


だから、あんなにもムキになって注意して周っていたのか…。


それで、今日の事故。

ショックのあまり過呼吸を起こし、救急車を呼ぶ事も出来ないでいた華は、やっとのことで、周りの人に助けを求め、

通りすがりの学生が、携帯で救急車の要請をしてくれた事。

周りの男性が数人に声を掛け合い、自分たちのカバンも放り出し、倒れたバイクの下敷きになった俺を引っ張り出してくれた事。

そして、交差点のお店のおばさんは仕事の手を止め、華の過呼吸が治るよう、側で助けてくれた事を話してくれた。


「私は今まで人を憎んでた。何の罪もない両親を傷つけて…。人を傷つけるのは、人。

でも、人を救えるのも、やっぱり人だった。憎んでも仕方のない事だったんだ。」

そう言ってまたポロポロと涙をこぼした。

「私を助けてくれたハルくんに何かあったら…耐えられない。」

「もう大丈夫だよ。何の心配もいらない。大丈夫!」

そう言って、俺は華の手を強く握りしめた。


それから、数週間後、

「おはよう。ハルくん。」

少し離れたところで、華が手を振った。

「あー。おはよう。よくこんな人混みの中、見つけたなぁ。」

俺は駅のホームの人混みを掻き分け、華に近づいた。

「だって昔っからハルくん、かくれんぼ下手くそだったじゃない。いつも私が最初にハルくんを見つけたわ。」

「確かに!いつも見つかってたわ。」

後をつけてる時も…な。

思わず、思い出して笑ってしまった。


「早く華に俺を見つけて欲しかったんだ。」


そう言うと、華は真っ赤な顔をして、そして笑った。


さあ、俺はいつこの恋を、華に伝えられるのかな?

それは、まだ少し先にとっておくか。



 完結

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