第5話 第5話 物件の説明

 翌日の午前、俺は某県K駅で電車を降りて、駅近くに立っている、物件の仲介を行うT不動産を訪ねた。

 田舎の物件を扱うだけあって、地元で長く営業している不動産屋だ。


 店に入って、奥のデスクで事務仕事をしていた社員に声をかけ、こちらに気づいたので、予約していた新田ですと声をかけた。


 店員は、奥の部屋に入っていった。少し待つと初老の男性が奥から出てきて、俺の前に来た。


 「新田様ですか、ご来店ありがとうございます。本件の担当をする児玉と言う者です。よろしくお願いします」


 そう言って、児玉という男性は、営業スマイルを見せて頭を下げた。俺も頭を下げて挨拶をした。


 「児玉さん、今日はよろしくお願いします」

 

 「では、新田さん、早速出発されますか、それとも先におおまかな説明をした方がよろしいでしょうか」


 俺は、少し考えてから、返事をした。


 「そうですね、二度手間になりますが、先に大まかな説明をお願いします」


 そう言うと、営業さんは俺をカウンターの一つの席を勧め、俺が座った後、事務員にお茶を出すように指示をしてから、いったん奥の事務所に戻り、資料を抱えて戻ってきて、俺の向かい側に座って、売地の図面をカウンターに広げて、説明を始めた。


 俺は、売地の説明を聞き始めた。


 売地は、約600坪(約1980平方メートル)だそうだ。


 ネットに上げられた情報より、100坪広くね?

 まあ、田んぼの広さは1センチ単位でこだわるが、家の敷地の広さは頓着しないことが、俺の田舎では普通だったな。

 この地域も同じか?


 土地には母屋、納屋、蔵、車庫などの建物が残っているので、解体する場合は買主が経費を負担する必要があるとのことだ。


 これは、当然だな。建物を壊して更地にしてから売る奇特な売主はいないからな。

 昨日撮った写真や動画では、建物はそれ程痛んで無かったようだから、内覧を申し込もう。

 俺は、説明を続けようとする営業さんの言葉を遮って言った。


 「すいません、メールで母屋や蔵の内覧をお願いしていましたが、可能でしょうか?」


 営業の人は、にっこり笑って、答えた。


 「はい、内覧はできますのでご安心ください。売主から許可をいただき、鍵も預かっております。気に入っていただければ、リフォーム業者も紹介いたします」


 「いろいろ準備していただき、ありがとうございます、では説明の続きをお願いします」


 俺は、営業に説明の続きを話すように促した。


 営業は説明を再開した。

 

 母屋をリフォームして使用することは可能だが、便所が汲み取り式なので浄化槽の設置が必要だとのこと。

 あと、水回りは傷んでいる可能性があるので、修理した方が良いとのことだった。


 浄化槽の設置は、予想通りだったな。


 敷地の北側に生えている屋敷林は、しばらく放置されているので、購入後伐採か剪定のどちらかを行う必要があるそうだ。

 それに、道路は売地の北側に接しているだけなので、車の出入りのために、一部を伐採する必要があるそうだ。


 だが、何でだ?

 ネットの宣材写真では、売地の南側に駐車場とおぼしき場所が移っていたが、売地の外だ。

 目の前に広げられている地籍図にも、売地は蛍光ペンで囲まれているが、南側にある駐車スペースとおぼしき場所は、何も印が付いていない。

 昨日下見に行ったときに、売地の南側が家の敷地と同じ高さに埋め立てをされていて、売地南側にある門から埋め立てた場所を通って、売地東側の道路まで小型トラック一台が通れる道がつながっていることを確認した。


 あの土地もまとめて買うことはできないのだろうか?


 俺は、疑問を口にした。


 「すいません、売地の南側にある土地は、売地ではないのでしょうか」


 言うと同時に地籍図の埋立地の場所を指差した相手は、笑顔が消えて、少し困った顔になった。

 やや間を空けた後、営業は口を開いた。


 「申し訳ありません、売地南側の埋め立て部分は地目が農地なので、簡単に販売することができないのです」


 そう言って、営業マンは、おわびなのだろうか、頭を下げた。


 だが、疑問は残る。

 なぜその土地を地目変更して売らないのか。

 元々の売地にあの埋立地が加われば、ネットの通販サイトに載せなくても建設会社あたりが買うはずた。

 何か売れない理由があるのか?


 俺は質問を続けた。


 「あの土地の地目を雑集地に変えれば、販売可能ではありませんか」


 俺の質問に、営業マンは沈黙し、さらに困った顔になった。


 少しの沈黙の後、営業マンは再び口を開いた。


 「あの土地は、売主様が農地を買う意思のある方に対してのみ売る、と言う考えなのです」


 そう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。


 なぜだ?

 なぜ売らない?


 宅地は簡単に売買できても、農地は簡単に売買できない。

 農地は、買手が地元農業委員会から農地取得許可を取得する必要があるなど、手続きに手間がかかるからだ。


 農地の一部を雑集地に地目変更すれば、あれだけの広さの土地だ、宅地と合わせればネットに出さなくても買い手は付くはずだ。


 それに1ヘクタール以上の農地は、近隣の農家に貸し出せば、地域の環境維持のために借りてくれる農家はいるはずだ。


 それに、農地自体を売りに出している事そのものが珍しい。


 売主は、事情があって宅地だけでなく農地まで処分してしまいたいのかも知れない。


 怪しさ満点の俺が「農地を買いたい」と言えば、不動産屋はこちらを反社の一員ではないかと、不審の目で見るだろう。


 だが・・・。


 俺は、思い切って言う事にした。


 「農地ですか・・・、購入を考えても良いですね。でもかなり広いし、宅地からどのくらい離れているか知りたいですね、農地の地籍図か今回の売地と農地の位置が分かる地図があれば、おおよその距離がわかるのですが・・・」


 俺の言葉を聞いた、営業は一瞬目が点になったが、すぐに笑顔になって、返事をした。


 「承知いたしました、地籍図は購入希望者にしかお見せできませんが、近隣の地図は用意しておりますので、今こちらに持ってきます。しばらくお待ちください」


 営業マンはそう言って立ち上がり、事務室の奥へ消えていった。


 俺は、営業マンが消えていった事務室の扉を見つめていた。


 あの営業、しばらく戻ってこないだろうな。

 地籍図の準備と称して、怪しい男がやってきて農地を買うと言い出したと、関係者に連絡しまくるだろうな。


 営業マンが奥に引っ込むとすぐに、女性事務員がお茶のおかわりを持ってきた。


 まっ、疑われるのは予想通りだ。商談のテーブルに着ける事を祈るしかないな。

 

 俺は茶を少し飲んだ後、ゆっくりと店の中を見回した。

 店は、どこにでもある不動産屋の店内で、賃貸アパートや中古一軒家間取り図と賃料や価格が書かれた物件情報がたくさん貼られていた。


 今の俺は、あそこに貼ってある写真の豪邸(?)を、現金一括払いで買う事できるんだよな~


 などと、つまらない事を考えていると、奥の部屋から営業マンが出てきた。


 予想よりかなり早くでてきたな、手に何か持っている。


 営業マンは、また俺の向かい側に座って、手に持っていた用紙を広げた。

 俺が用紙を見ると、売地とその周辺の地図だった。

 これって、地籍図か?

 いや、タダの地図だ。だが、地図にマーカーで囲んでいる場所がある。

 営業マンは、話し始めた。


 「新田様、これが販売中の宅地に付随した農地の所在地が記入された地図です。黄色のマーカーで囲んだ部分が宅地で、青が農地です」


 俺は、びっくりしてしばらく固まってしまった。


 本当に農地の場所を書いた地図を持ってくるとは、予想していなかった。

 まさか、素性も知れない新規客に農地の場所を見せるのは、売主側に何か特別の事情があるのか?


 まあ、つまらない推測するのは後にして、地図で宅地と農地の大まかな距離を確かめよう。


 俺は、机に広げてもらった地図で、宅地と農地の位置を確かめた。


 農地の多くが宅地に隣接していた。その上一番遠い農地でも売地から車で10分以内と思われる場所にまとまっていた。


 一件の農家が、一カ所にまとまった農地を持っているのは珍しい。

 昔からの権利関係で、農地がモザイク状に散らばっているのが普通のはずだが。

 この農地、借りる気すらしない痩せ土か?それとも、胸のあたりまで沈むドロドロの湿田か?

 21世紀に胸まで泥に沈む湿田はさすがにないだろう。戦前じゃあるまいし。

 

 まあいい、宅地からの距離が近い上にまとまっているから、田畑への行き来は比較的楽にできそうだ、これなら田畑の管理も効率よく済ませる事ができる。

 本気で農業をやりたい者にとって、かなり良い条件だ。

 だが、何でこの土地を貸し出さないんだ?

 よく地図を俺みたいな怪しい奴に見せたな、これは見せ餌かもしれないな。

 契約後、やっぱり農地は売れません~、なんてね。


 でも、かまわない。

 とりあえず農地を買える可能性が出てきたわけだ。


 俺は、営業に尋ねた。


 「この地図、写真に撮っていいですか?」


 営業は、困った顔のまま言った。


 「すいません、売主様が新田様に農地売却の意向を示さないと、撮影とかはできないのです」


 まあ、仕方ないか。怪しい客のために、機密事項が書かれた地図を渡すわけには行かないか。

 俺は少し渋い顔をして、営業マンに言った。


 「そうですか・・・、わかりました。この地図を持って内覧に行く事は可能ですか」

 

 営業は、困った顔が少し笑顔になって、言った。


 「できますよ、地図を見ながら農地のご説明をいたしましょう」


 俺は、笑顔を作って営業マンに礼を言った。

 そして、内覧に行きましょうと言って、二人とも席から立ち上がった。


 この後、俺は営業マンの車に乗って、売地にある建物の内覧をするのだ。

 カメラ、ビデオ、メジャーなど、内覧七つ道具はそろえている。


 物件の「古家」の中はどうなっているのだろう。

 俺は、営業マンが運転する車の中で、いかにも「古民家」といった建物の中が、どうなっているか想像していた。

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宝くじで100億円当選したから、田舎で農業を始める。 静 弦太郎 @katidokimaru123

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