第4話 ネットで良さそうな物件を見つけた
俺は、田舎暮らしのための物件を探していた。
パソコンの画面に表示された、某県K市の物件の詳細を開いた。
場所は、K市の駅や中心街からかなり離れた、農村地帯だ。
土地の広さは約五百坪(1650平方メートル)あるから、ちょっとした菜園はできるな。
ゲッ、掲載されてる写真が拡大できない。
関心があるなら、現地に行ってくださいということか?
建物の写真を見る限り、外観はあまり痛んでいないようだか、
でも、この家、母屋に蔵に納屋と、農家の建物一式が残っているぞ。
しかも、写真で見る限り、建物が痛んでいる所が見えないから、柱や梁がしっかりしてるようだ。
俺一人で住んで、DIYで修繕すればいいか。
建物に関しては、現地で内覧させてもらってからの話だな。
俺的には、屋敷林があるのが高ポイントだ。
群馬、栃木、埼玉は冬の空っ風がキツいし、千葉は春の風がキツい。成田空港に着陸する飛行機が、横風にあおられるのは春の風物詩だ。
茨城は空っ風はそれ程強くないが、南部は山が無いから千葉同様、風が強い。
風で屋根を飛ばされると、困るからな。
トイレはポットン便所の可能性があるから、浄化槽の設置工事が必要かも知れない。
建物に関することは、実際に商談に入ってから順番に確認すればいいか。
備考欄に目を移すと、「畑と田んぼ合わせて1ヘクタール以上の農地も付けて販売可能です(農地購入費は別料金)。農業をされたい方はご相談ください」
・・・。
ネットをちょっと検索しただけで、いきなり農地付き物件にあたるとは・・・。
しかも、K市は大手ケーブルテレビ会社の対応エリアだ。
早速、購入に動きたいが、一番の難題があるんだよな。
それは、俺が年食った独身底辺だと言うことだ。
もし、30前後の若い夫婦がこの物件を見つけて、「農業をやりたい」と不動産屋を訪ねれば、地元が大歓迎してくれる事を分かっているから、不動産屋や売主はすぐ商談に入って売ってくれるだろう。
元の職業が、外資系証券会社や大手コンサルタント会社勤務で、土いじりすらしたことが無くても問題ないし、夫婦二人で小さな焼き鳥屋やキッチンカーで露天商していてもOKだ。
仲の良さそうな夫婦というのが、不動産屋や売主にとって重要なポイントだ。
奥さんが目をキラキラさせて「農業をやってみたい」と言えば、すぐ売買契約書を出してくれるだろう。
小さな子を一緒に連れて行ったなら、契約確実だ。
それに、若夫婦なら購入資金や就農支援資金は農協がかなり緩い条件で貸してくれるだろうし、某県やK市の補助金もがっつりもらえるから、手続きをとれば簡単にこの物件を購入できる。
しかし、俺は底辺の独身オヤジだ。
現金を用意してもというか、現金で購入するといった瞬間に、組織的窃盗団の一員か違法産業廃棄物処理業組織の一員と、絶対に疑われる。
良くて半グレ、悪けりゃ不良外国人とつるんだ暴力団のフロントと思われるな。
ローンを組むことでごまかそうとしても、今度は金融機関から怪しまれる。
現金100億円を担保に融資してもらうことは理論的には可能だが、そんな変なことをする奴は怪しいとなってしまう。
農協も金融部門持っているから、俺が組んだローンの担保が現金という謎事情はすぐバレる。
村人の“怪しい”よそ者を排除する習性は、日本全国どこに行っても変わらない。
東京の下町はいかにも都会だと想像するが、田畑が商店街に変わるだけだ。
当たり前の事だ、店を開いたものの数ヶ月で夜逃げされたら、大家や周囲も迷惑なだけだからな。
どこに行っても、新参者が溶け込むには時間がかかる。
俺みたいな怪しそうなオヤジは、むしろ東京都区部の投資用不動産の方が、購入をしやすいだろう。
都会の投資用不動産は、知識がある人にとって、株式と大して変わらない投資案件の扱いだからな。
管理会社を間に挟めば、物件を振り込め詐欺の拠点にされたとしても、善意の第三者で済むからな。
ふぅ・・・。
だが、俺が組織的窃盗団の一員と疑われる可能性が極めて高いと分かっていても、交渉を始めないと事には、絶対に家の購入はできない。
当たり前だ、無断で空き家に入って暮らし始めたらタダの犯罪者だ。
・・・、だったら、ダメ元で交渉を始めてみるか。
うまく入り込めたなら、ぽつんと一軒家よりずっと安全だ。
山の購入は、家を買ってからゆっくり考えればいい。
しばらく考えていた俺は、「物件詳細」の下に表示された【資料請求、現地案内、お問い合わせ】欄をクリックして、必要事項の入力を始めた。
物件内覧の日程まで、入力可能なんだ。
ホント、ネットって便利だな~
*********
1か月程たった。
俺は、朝の某県K市のK駅駅前にいた。
不動産屋に会うのは明日にしているが、不動産を買うなら地域の雰囲気などの風土を知っていた方がいい。
特に、農業など天候に左右される仕事をする場合、気候や天候は重要な要素だ。
排他的な土地柄かどうかは、明日の不動産屋の案内で態度がどれくらい変わるか、見ることができるからだ。
村をうろつく見かけない人物だから、すぐ村人にマークされて、空き巣の下見と疑われるだろうが。
俺は、レンタカー屋の店舗がある方向へ歩き始めた。
目的地は駅から離れた農村地帯だから、徒歩で行くのは無謀に近い。路線バスが通っていればいいが、農村地帯は一日数本通っているくらいだろう。
田舎は狭い道もあるから、天気が良ければオートバイの方が行動しやすいが、オートバイを借りて観光地で無い場所を走り回っていれば、村人から怪しい奴認定だ。そして、パトカーに乗った警察官様から、職務質問されるおまけまで付いてくる。
一番疑われにくいのは、天気の良い休日にサイクルウェアを着てロードバイクでツーリング中という雰囲気を演出するスタイルだ。
自転車こいで疲れたという設定なら、民家そばの木陰で休んでいても不自然では無い。
ただ、やたらとキョロキョロ周囲を伺っていれば、やっぱり警戒対象認定はされる。
つまり、よそ者が紹介者なしで村を訪れれば怪しい者と疑われる、と言うことだ。
だから、疑われる事が最初から分かっているのなら、レンタカー借りて目的の村へ堂々と乗り込んでいって、ビデオカメラで動画を撮りながら、周囲を確認すればいい。
道に迷ったら、スマホやカーナビで位置確認しながら、走ればいい。
そのような大まかなプランを立てて、レンタカー屋で車を借りる手続きをした。
レンタカー屋のK市支店は、営業時間が異常なほど長い。
ここを拠点に、山の方に観光に出かけると言うことなんだろうか?
それとも車を持たない○○都民か東京都民様が、ドライブ等で車を借りるから、営業時間が長いのか?
まあ、考えてもしょうがないし、俺の今日の行動に関係ないことだ。
唯一の問題が、職場の同僚がこの地域に来ているケースだが、見つかったときは転職活動をしていると言ってごまかそう。
大事なのは、俺が大金を持っていると悟られないことだからな。
手続きが終わったので、店を出て、店舗前に停めてある軽自動車のそばへ行き、店員から車の傷跡等の説明を受けた。
軽自動車を借りたのは、田舎の狭い道を走ることに一番適した車だからだ。
田舎の路地は、小型車(幅1.70メートル以下)でも通り抜けるのが厳しい道が結構あるからだ。
軽トラも考えたが、貸出車種に無かったので諦めた。
店員の説明が終わったので、借りますと店員に挨拶をして、ドアを開け助手席に鞄を置き、運転席に乗り込んだ。
車を動かして、最初に行くのはレンタカー屋近くのコンビニだ。駐車場に車を止めて、目的地の売家と思われる住所をカーナビに入力して、案内開始のボタンを押す。
その後、車を降りて店に入り、スポーツドリンクを購入する。
日が差してくれば、車の中は以外に暑くなる。汗をかくので塩分も補給できるスポーツドリンクが一番いい。塩分が入っていないと、トイレが近くなると言う問題が起きるからだ。
これから行くところは、普通の農村だ。
公衆トイレなど無いと思った方が良い。大きな川が比較的近くを流れているので、その河川敷にトイレがあるくらいだろう。
俺は、車に乗ってエンジンをかけた。カーナビの目的地案内が動作していることを確認してから、
K市の市街地を抜けて、幅の広い国道を横切ると、農村地帯に車を走らせる。
ナビの案内にしたがっいて、右や左へハンドルを切って交差点を曲がり、目的の売り家近くまでたどり着いた。
田んぼ越しに見える、売家と予想した家の周囲を車で回りながら、ネットに掲載された写真と同じアングルを探していく。
売家の南側を走っていると、写真とほぼ同じに見える場所があった。
その場所に車を止めて、鞄からデジタルカメラを取り出し、可能な限りの望遠にして、写真を何枚か撮った。
そして、今度は4Kビデオカメラで売家をしっかりとレンズに捉える角度に固定してから録画ボタンを押し録画を始めた。
それからゆっくりと車を発進させた。
ある程度車が動いて、隣の家に隠れてしまった時点で、車を止めてから録画を停止して、ビデオカメラを助手席に置いた。
そう言った行動を何度も繰り返し、売家を東西南北すべての方向から撮影をした。
屋敷林は手入れが必要なようだか、それは購入してからの話だ。
俺は、物件の撮影を終わらせ機材を鞄に入れた後、車を走らせ始めた。
村内の細かな道を、あちこち走り回った後、一旦国道に出てから、また村内に入る道に入った。
そこで車を止めて、カーナビに売家から一番近いコンビニを目的地としてセットして経由地に売家をセットすれば、売家からコンビニまでのルートと距離がある程度推定できる。
カーナビのセットが終わったので、車でまた走り出した。
俺は、車をゆっくり走らせながら、売家のそばを一回通って、それから目的地のコンビニに向かった。
コンビニに着いたので、駐車場に車を止めた。車内から周囲をぐるりと見回して、こちらをうかがっている人物がいないか確かめた。
今のところ人影は見えない。
俺は、車を降りて周囲を気にしながら、コンビニの店内に入った。
店員にトイレを借りたいと一声かけてから、トイレに入った。
声をかけたのは、農村にあるコンビニだからだ。
おそらくこのコンビニは、大きな川の向こうにある工場やJR沿線に立っている工場の通勤経路にあるのだろう。
地元民だけで経営が成り立つほど、コンビニ周辺に人家は多くない。
俺はトイレを済ませ、レジの前に歩いて行き、ホットコーヒーのSを頼んだ。
俺は若い男性の店員に、気になっている事を尋ねた。
「このあたりで風が強いのは、いつの季節なの?」
「そうっすね~、やっぱり冬ですね」
「教えてくれて、ありがとう」
俺は、コーヒーカップを受け取り、コーヒーサーバーに入れて、ボタンを押した。
コーヒーが抽出されるのを待っていると、地元の農家と思われる男性が一人店内に入ってきた。
俺は、サーバーからコーヒーカップを取り出し、イートインスペースの椅子に座って、スマホをいじり始めた。
その間に、いかにも午前の農作業を終わったという感じで、一人また一人と店内に入ってきた。
一人は、ラックの本を立ち読みしている風にして、俺の様子をうかがっている。
わかりやすい人たちだ。
明日、顔を会わせた時にどんな顔をするか、楽しみだ。
俺は、コーヒーを飲み終わって、店を出た。
車に乗って、コンビニの店内に視線をやると、複数の客と店長らしき人物が話をしているのが見えた。
おそらく、俺の情報の共有だろう。コンビニも地域から嫌われれば、経営続行は困難だからな、地元民にこびを売るのは当たり前だ。
さて、物件と村の雰囲気は分かったから、今夜は家に帰って、動画で物件とその周辺の確認だ。
俺は、K駅前のレンタカー屋に車を返却するために、車を発進させた。
午後は、別の要件がある。
急がないと。
俺は次のことを考えながら、K駅へと車を走らせた。
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