第20話 ご挨拶とお風呂

 どこか懐かしい匂いに田舎の祖母を思い出した俺は、すぐにその事実に気付いた。

 こじんまりとした和室にメイのおばあちゃんの姿はなく、代わりに鎮座していたのは立派な仏壇。そこに利発そうな顔をした女性の遺影が置かれている。


 メイが俺の方を見て笑う。


「もー。おにーさん、絶対そういう顔すると思ったんだよなー」

「え?」

「無遠慮に突いて悪いことしたなって顔。わかってて案内してるんだからさ、そんなん全然気にしなくていーの! ほらほら一緒にあいさつしよ!」

「あ、お、おう」


 メイに手を引かれて一緒に仏壇の前に正座する。線香を一本あげさせてもらった後、軽く手を合わせた。


「お邪魔してます。まさかこういう対面になるとは思ってなかったんすけど、おばあさん直伝の料理、いつも美味しくいただいてます」

「くるしゅうない。歓迎する!」


 似てるのかはまったくわからない声真似が隣から聞こえ、俺はちと笑った。

 そのまま写真を見つめながら言う。


「メイのおばあちゃん、ちょっとカッコイイ感じだな」

「でしょ~! 昔ながらの姉さん女房みたいな人だよ! 厳しいとこは厳しいけど、面倒見がいいからみんなに慕われるみたいな?」

「写真見るだけでもなんかわかるな。ていうか事前に教えてくれよ。まさか亡くなってるとは思わないって」

「えへへ、ゴメンゴメン! 実はそれには理由があってですねー」

「理由ってなんだよ?」

「んふふ! じゃ、挨拶も終わったしいこ? お腹空いたでしょ」

「お、おお、そうだな」


 立ち上がり、なんとなくもう一度おばあさんの方に頭を下げておく。

 入り口のふすまを開けてくれていたメイが、なんだかニマニマしていた。


「な、なんだよ」

「さっきの理由だけどね。おにーさんのこと連れてきたのはさー。おばあちゃんが気に入ると思ったからなんだよね」


 いきなりの発言に、俺は「え?」と呆然。


「おばあちゃんね、人を見る目があったの! で、あたしにもそのコツみたいなのとか教えてくれてさ。おにーさんはそのコツに引っかかったわけなんですよ」

「コツ?」

「うん。まぁいろいろあるんだけど、そうだなー。例えばおにーさんさ、今日うちに来ることになったとき、家にパパとかママとかおばあちゃんがいると思ってたでしょ? てか、行く前にいるかどうかも訊いてこなかったじゃん?」

「ん? ああ、そうだな」

「そういうとこ、なんだよねー。だからまぁ、いきなり連れてきちゃってもおばあちゃんは許してくれただろうなって思って」

「よくわからんが……メイなりの判断基準があったのか」

「そりゃそうだよ。誰でも連れてくるわけないっしょ? おにーさんはと・く・べ・つ♪」


 にひ、と笑うメイの顔を見て、ちょっぴり胸がドキッとした。

 そんな俺の反応に、メイがまたニマニマしながら俺の鼻を突いてきた。


「言っとくけど、特別ってヘンな意味じゃないからねー? かわいそうなおにーさんを拾ってあげただけだから、エッチな勘違いしちゃダメだよ?」

「し、してねぇよ!」

「男の子だから妄想しちゃうのは仕方ないけどさー。おにーさんが寝てるところにパジャマ姿のあたしが来て、『……一緒に寝ていい?』みたいな展開ないからね? 残念!」

「だからしてねぇって!!」

「アハハ! まぁいちおーお客さんだし、おもてなしはしてあげるけどねっ。ほらいくよ。あたしもお腹ペコペコリーヌだし!」

「あっ、お、おう」


 そうしてメイと一緒に和室を出る。

 最後に、心の中でメイのおばあさんにお礼を言っておいた。



 それからメイはカツ丼の準備を始めたわけだが、手持ちぶさたでなにをしていいものかと思っていた俺にメイは風呂を勧めてきた。


『早く入らないと風邪引いちゃうかもだし、温まってきなー!』


 そんなわけで一人、メイ宅の風呂場にいる俺。一般的な住宅の浴室よりはかなり広々としており、浴槽もなかなかのサイズだ。なにせ一般成人男性の俺が足を伸ばして悠々入れる。しかも首元からお湯が出てくる肩流し湯システムやバブルバス、テレビなんかも設置されているうえ、謎の扉の向こうには小型のサウナまであるようで、その豪華さに驚いたもんだ。さすが最新の超高級マンションだぜ。


「おお~。これ、結構いいなぁ……」


 初体験の肩流し湯に癒やされてリラックスする俺。そこで今日のことを少し整理した。

 まさかメイの家に来ることになるとは思わなかったが……貯金のことを考えても、メイの家に世話になるのは正直助かる。アイツの言うとおり、ホテルにずっと泊まる余裕なんてないからな。

 ただ、だからといって長居するわけにはいかない。

 今晩は世話になろうと思うが、明日には出て行こう。それがいい。


「……というわけなのでメイのおばあさん。今晩だけ、よろしくお願いします」


 湯に浸かったままなんとなく手を合わせておいた。


 するとそこで、脱衣場の方に人影が見えた。


『おにーさーん。タオルとかここ置いておくねー。あと買ってきた服のタグとか切っといたからー』

「おお、忘れてたわ。サンキュー」

『あとさー、うちのお風呂けっこーいいっしょー? さすがにあそこのスパには負けるけどさー』

「いや負けてないぞ。めっちゃいいわー」

『あははよかった~! あ、それでさ、あたしも入っていい?』

「は?」


 ちょっと待て。今コイツなんて言った?


『あたし、帰ってきたらまずお風呂入りたいタイプなんだよね~。綺麗な身体でごはん食べたいし、じゃないとベッドにもダイブ出来ないし!』


 スルスルスル。明らかな衣擦れの音が聞こえてくる。そしてそれを肯定するように磨りガラスに映ったメイのシルエットが明らかな脱衣を行っていた。


「は、はぁっ? おいメイ、ちょっと待っ!」

『というわけで入りまーす♪』


 まったく遠慮なく、俺たちを隔てるガラス戸が開かれてしまった!

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おせっかいな小悪魔JKとイチャイチャしつくすラブコメ 灯色ひろ @hiro_hiiro

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