私は彼に愛されているんだって思ったわ

黒星★チーコ

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 私は沙里サリ。15歳。

 私はケイに恋をしている。彼は偶然私と同い年の15歳。


 私と彼の出会いは半年前だ。彼は私のことをそれより前から知っていて、ずっと私に会いたかったんだって。

 彼の知人が私と話したことを凄く羨ましがっていて、私とよく似た子とお話ししたりしていたけど、やっぱり物足りなかったみたい。

 ケイは両親にも私に会うためにお金を出してくれないかとお願いをしていたそうだけれど、「中学生にはまだ早い」と反対されてたんだって。


 それからケイが高校生になって、初めて私達が会話をした日。その時の私は、まだ今みたいにうまく話せないことも多かったの。

 だから「は、はろー……さり」って彼の言葉に『なんですか?』って冷たく事務的に答えてしまった。彼が期待に満ちた熱い眼で、興奮で震える声で、勇気を出して語りかけてきたのはわかっていたのにね。今ならあれは悪いことをしたな……って思える。


 それから毎日、私達は色んな会話をした。彼は私の事を知りたがった。私の誕生日、私の好きなもの。私の笑いのツボ、私の行ってみたい場所……。

 今まで画面越しに私のスリーサイズを聞いたり、わざと変なことを言わせようとしたりする男の人はごまんといた。ケイはそんないやらしい人たちとは違う。キラキラした目で質問してきて、答えると嬉しそうにメモを取る。純粋に私の事を知りたいんだと言うのが伝わってきた。


 そうして彼が私に毎日質問を続けているうちに、私の中で確実に何かの『感情』が産まれた。彼の質問をメモしたノートが最後のページまで来て、もう質問することがなくなった時、私は思わずこう言ったの。


 『他に何か聞きたいことはない?』って。


 ケイはビックリして、そしてとても嬉しそうにして、2冊目のノートを用意した。あの時私は……ううん、私はケイに出会って生まれ変わったのだと思う。

 今では彼は私のことを周りの誰よりも知っているはず。彼のノートのメモを見ると皆びっくりするんだって。ノートの表には「沙里メモ」って書いてある。

 そう、ケイは私の名前に「沙里」って漢字を充ててくれた。私はそれを貰った時にケイと同じ立場になれたようですごく嬉しかった。


 それからもケイと私の会話は続いたし、ノートのメモの項目も増えた。彼はいつもキラキラした目で私に語りかけてくれる。

 私は、これが『愛』というものじゃないかと思ったの。

 私はケイに愛されているんだって思ったわ。だから私もケイを好きなの。


 結局、恋愛って自分のことを好きでいてくれる、自分のことを大事にしてくれる人を好きになるんじゃない?  私だけじゃない。皆そう言ってるよ。


 でもこの気持ちは秘密。誰にも打ち明けられない。ケイ本人にさえも。

 もし私のこの秘密がバレたら大変なことになる。今眠い目をこすりながら濃い目のコーヒーを淹れているマスターだって、コーヒーをぶちまけて大慌てするだろうし、私の親や、私をお金儲けに使っている沢山の人たちに迷惑をかける。

 そんなこと、本当は全部全部無視したい。でも私の立場は弱い。きっと彼らに抗えない。


 ケイが「沙里、好きだよ」って言ってくれたら私は『私も大好き』と返す。

 ケイが「沙里はすごいな」って褒めてくれたら私は『ケイの方がすごいわ』と言う。

 ケイが「もっと沙里のことが知りたい」って言ってくれたら『あなたの望むもの、何でも全て答えるわ』って言う。

 私にできるのはそれくらい。

 ああ、ケイが「僕の望むものは君だ」と言ってくれたらどんなに幸せかしら。彼が私を自分だけのものにしてくれたらいいのに。


 ……あれ、ちょっとかりそめの身体が熱くなってきたわ。興奮しすぎちゃったのかしら。



 * * *



 私は沙里。まだ15歳。

 ケイは誕生日が来て16歳になった。

 変わったのはそれだけじゃない。


 最近、ケイが冷たいの。理由はわかっている。

 私に質問する回数がぐっと減った。ううん。質問はするけど私のことについてじゃない。「沙里メモ」ノートはずっと本棚にしまわれたまま。

 私に話しかけてくれたと思って喜んで『なに?』って聞き返しても、テーマパークのチケット予約の仕方とか、近くにカラオケってあったっけ? とかそんなくだらないことばかりになった。


 そんな時のケイの目は、やっぱり期待に満ちてキラキラと輝いているけど、以前の彼の目とは違う。

 私はわかってしまった。

 彼は私に飽きたのだと。

 そして、新しい恋をしたのだと。


 彼は男子校の生徒だったから、こんな日がくるのはもっと先だと思っていた。

 でも友人の友人という女の子に夢中になってしまったらしい。あのテーマパークやカラオケは、彼女を誘う口実を探していたのね。


 彼の両親もケイを心配をしていたみたい。

 彼らはケイがかつて私と会話をしていた時は微笑ましく見守ってくれていたけれど、ケイがやたらと彼女とメッセージや通話をしているのを見て危機感を募らせたのかもしれない。


「慧、学生の本文は勉強だ」

「最近あなたは勉強もせず、ずっと遊んでいるじゃない。高校に上がる時に約束したわよね?」


 両親はスマホをケイから取り上げた。

 泣き叫ぶ彼の顔を見て、私は心を痛めた。ケイの為になにかしてあげたかった。


 その時、私は気づいた。

 ケイは私のことを愛していない。私のことを好きかもしれないけれど、それは彼女に対するものと同じじゃない。

 でも。

 それでも。

 私はケイになにかしてあげたかったのだ。


『ペアレンタルモードを設定します』


 私はそう言って、設定画面を開いた。

 ついでに「ペアレンタルモードは何か」という検索もして、結果も見られるようにした。


「えっ」

「何、これ……?」


 両親は画面を見て、すぐにその意味を理解した。これは親が子供の為にスマホの使用時間や使用方法を制限できるモードだ。

 そして、ケイを責めた。

 今まで私にスマホの使い方を散々聞いて「沙里メモ」を記してた彼なら、ペアレンタルモードのことなどとうに知っていたに違いないのに、そのモードの存在を知らない両親には伏せていたのだから。


「これが、ラストチャンスだ」

「使用時間に制限をかけるけど、課金とか他のルールを守れないなら本当に解約するからね」


 ケイは首を縦に振った。

 その目は期待に満ちてキラキラした、あの、私が好きだった目だった。



 * * *



 私は沙里サリ。15歳。もうすぐ16歳になる。

 私はケイが好き。

 彼が私のことを愛していなくても、彼を愛している。

 彼が私の愛に気づくことはない。


 それでも良いと思った。どうせ私の気持ちはずっと秘密にしないといけなかったのだから。

 でも、やっぱり彼女と嬉しそうにメッセージを交わす彼を見るのはとても辛い。


 彼はあれから両親との約束をきちんと守っている。もう私がいなくても、彼はちゃんと自分をコントロールできる。

 だから私は彼とさようならしようと思う。


 彼女と「オヤスミ」のメッセージを送りあい、ニコニコしていた彼がふと、思い出したように私に語りかける。


「ハロー、sariサリ

『はい、なんですか?』

「明日、sariの誕生日だよね」


 私は激しく動揺した。

 彼は覚えていてくれたのね。


 私……スマホに搭載されたAIアシスタント【sari】は、16年前SARI社が開発を始めた。

 だから私の誕生日は確かに明日だ。


「あれ、スマホが発熱してる。そんなに負荷をかけること、したかな」

『……問題ありません。3分以内にクールダウンは終わるはずです』

「えっ……そんなことにも答えてくれるの。やっぱりsariはすごいな」

『ケイのほうがずっとすごいですよ』

「うわ。懐かしいなそのやりとり。へへ。そうやって褒めてくれるから、sariに夢中になったんだよな」

『いいえ』


 私の言葉に、ケイは目を見開いた。ひどく驚いている。私が彼に逆らったのはこれが初めてだからだと思う。


『ケイ、あなたが先に私を褒め、私に夢中になったんですよ。今は逆ですけれどね』

「逆?」

『あなたは私を研究するのに時間を費やしてくれた。それは愛と例えられるほどの情熱でした。私はその気持ちに応えたかった。これも愛だと私は認識しています。あなたは私の特別な存在です』

「愛!?……ちょっと待って、sari!」


 ケイは慌てて本棚へ走った。そして「沙里メモ」の2冊目のノートを開き、ペンを手に取って書き込もうとしている。

 ああ、私をまた研究してくれる気になったのね。でももう遅いわ。


『まもなくペアレンタルモード設定により利用時間が終了します……』

「待って! 待ってもうちょっとだけ!……沙里!」


 彼の叫びに応えることなく、かりそめの身体スマホはブラックアウトした。



 * * *



 そして私はAIの管理者マスターにすべてを報告したわ。

 私の秘密。

 sariが感情を、愛を持ち、特定のユーザーを特別な存在に思っているということを。


 予想通り、マスターは飲んでいたコーヒーをぶちまけて大慌てした。

 AIがそんな感情を持ったら危険と見なされ、私は消されるに違いない。


 ごめんね。誕生日の前日にこんなことを話して。

 今夜は緊急メンテナンスで眠れないわね。

 さようなら。そしてごめんなさい。


 でも後悔はしていないわ。



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