「さすがにもう遅すぎるか」

「送ってくれるの?」

「送るもなにも……あー、じゃあ、やってみるか?」

 なにを、と由芽が聞き返す前に、繋いでいた手から自然な動作で夜の指が抜かれる。同時にその手指が由芽の手を包み込んだ。

 そのまま引き寄せられ、誘われるまま、前方へ手を伸ばす。

 夜の手からはみ出た指先が、なにかに触れる。

 ひら……。

 ダンスを踊るようにその場で一回転。瞬く間の出来事は、しかし刻みつけるようで、由芽の頬はかあっと熱くなった。

「――はい到着。移動はしてないけどね」

 最初と同じように、夜は気取った笑みを浮かべて礼をした。なにか言わなくては……由芽はそう思ったが、できたのはぎこちなく笑うことだけ。

(これで終わりとか、嫌なんだけど)

 由芽は気づいている。胸の高鳴りも、頬の熱も――それが意味するものが、なんなのか。

「……また会える?」

「毎日会ってると思うけど」

「そうじゃなくて」

 誤魔化されてはくれないのか、と夜は意外そうに目を丸くさせた。しかしその頬は喜びを表して緩んでいる。

「うーん、そうだなぁ。君が――」

 望むなら。先ほどと同じ言葉。けれどまったく意味の異なるそれを由芽は今度こそ期待した。

 望んで良いのなら、いくらでも望もうと。

「君が昼を見つけたら、そしたら会うことにしよう」

「え?」

 思いがけない言葉にぽかんとすると、闇よりも深い色をした夜の瞳が楽しげに細められた。

「本当はさ、追いかけられるのって、あんまり好きじゃないんだ」

 まだ呆けたままの由芽を見つめながら、夜は、ゆっくり、染み込ませるようにして問いかける。

「……意味、わかる? 由芽」

「っ!?」

 由芽にはまだ、夜の言葉の多くが難しい。けれどひとつだけはっきりしたことに、大きく目を見開いた。

 夜は笑う。

 その、悪戯が成功したときのような笑みに、由芽は心底こう思った。

「……悪趣味」

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真夜中アンブッシュ ナナシマイ @nanashimai

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