後編

 最初のヒントさえ解けてしまえばあとは単純な宝探しの要領であり、そう難しい謎解きは必要とされなかった。

 主催者側も、【漆黒を染める熱源】とやらは是非見つけて欲しいに違いない。ダイニングで抱擁大会が催された時はさぞヒヤヒヤしたことだろう。

 私はひたすらにシャッターを切る。

 初々しい距離感の彼女たちを。長年寄り添った夫婦のような距離感のような彼女たちを。はしゃぐ大切な人を優しく見守るその瞳を。言葉で伝わらない大好きを懸命に届けようとするその視線を。

 ダイニング、キッチン、劇場、仮眠室、通路……あらゆる場所に散らばった謎を拾い上げ、協力して解いていく彼女たちの姿を、その青春を。

 やがて全ての答えが出揃い、参加者全員は甲板デッキに出た。船上を冷たい冬の風が吹き流れていく。

「……キレイですね、媛崎先輩」

「だねぇ。うきちゃん」

 巨大な観覧車や華美なイルミネーションが施されたビル群がある岸――とは向かい側。比較的落ち着きのあるそちらの方面では、暗く蠢く海上に大小さまざま星々がきらめいていた。

【漆黒を染める熱源】……。確かに星が燃ゆる過程で生み出された輝きではあるだろうけど、はたして『染める』という表現は適当だろうか、なんて、運営に心の中で毒づいたとき――

「あっ」

 ひゅるりと細い光が鳴いて、次の瞬間、暗闇の中で大きく爆ぜた。

 海面に映るそれと合わせて同時に咲いた二輪の花火。

 とっさにカメラへ手を伸ばしてシャッターを切った先は――彼女たちの、横顔。

 瞳は夜空を見上げていても、心の中は愛おしい人のことでいっぱいなのが、レンズを通して痛いくらいに伝わってくる。

 いつか、この花火の彩りを忘れる日が、彼女たちにもきっと訪れる。その日の為に、今あなた達の瞳に映る世界を、代わりに私が切り撮って保存しよう。

 けれど。

 たとえカタチには何も残らなかったとしても。

 今、隣にいる人のことを――あなたの隣に大切な人がいた世界を――彼女たちは、決して忘れないだろう。

(できることなら、思い出す必要もないくらい、ずっと一緒にいてね)

 自分の仕事の素晴らしさを思い出させてくれた彼女たちへ感謝すると同時に、未来の幸せを祈った。

 帰ったらあの一眼レフを押し入れから引っ張り出そう。私の好きが詰まった宝物に、もう一度ちゃんと、向き合おう。

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【百合の日記念】ナイトクルーズのイベントに参加したら私以外全員百合ップルでした。 燈外町 猶 @Toutoma

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