中編
少し不思議だったのは、まだ高校生に見える二人組だった。彼女たちは他のみんなのように大きくはしゃぐことはなく、見つめ合ったり、ヒントを眺めたり、水を飲んだりしているだけ。
「……いいんだよ
「するわけないでしょ。
「素直じゃないなぁ」
「人のことわかったように言わないで」
「わかるよ。美晴のことは全部」
どちらかが飼い主でどちらかが飼い犬のような気がするけど、その主従関係がコロコロと変わっているような気もする。二人だけの不思議な世界が既にできあがっているようだ。
「ごめんね、
「ど、どうして
さらに別のテーブルでは、この中では最も大人な二人が少し頬を染めてテンパっている。
「まさか、なんか……こういう感じのイベントがあるだなんて思ってもみなくて……」
「だ、誰だってわかりませんよ! というか、謝られることなんて……一ミリもない、です」
「じゃ、じゃあ……私達も伝え合う? 熱」
「も、もしかしたら……本当に……必要なことかも、しれませんし……真嶺さんが……良ければ……」
「そんなの……良いに、決まってるけど……」
どちらからともなく席から立ち、おずおずと両手を伸ばし合い、触れるか触れないかの距離で、ぎこちないダンスでも踊るように照れた顔を向け合う二人。最も年長者に見えて最も初々しく、いつの間にか私の口元も緩んでいた。
「あの、すみません」
「はい」
職務放棄して眼福に浸っていた私へ、突然声を掛けられて体が跳ねた。
振り向くと高校生らしい美少女が営業用感たっぷりのスマイルでこちらを見ている。
「今から私達もみなさんと同じようにあつ~い抱擁で熱を伝え合おうと思うので、写真、撮ってもらっていいですか?」
「もちろんです」
恥ずかしがるでもなく撮影を要求してくるとは。末恐ろしい子だ……!
「も~恥ずかしいからやめてよ
「恥ずかしいことなんてないよ? この人だって仕事で来てるんだから。あの、すみません。私とせんちゃん、お付き合いをしているんですけれど、実はまだツーショットの写真って撮ったことがないんです。なのでこれが初めてのツーショットで。とっても大切な一枚なんです。わかりますよね、初めての重要性が。お願いしますね、せんちゃんを最高に引き立てる一枚を……「もう! やめて! すみません! 本当にすみません、変な子なんです! 良い子なんですけど、たまに周りが見えなくなるんです~!」
せんちゃんと呼ばれた子は、いかにもインスタの好きそうなギャル! といった雰囲気だが、常識が合って面倒見も相当良いらしい。ヒートアップしていた明路さんの頭をかいぐりかいぐり撫で回してなだめている。
「……良い子って……言われちゃった……」
明路さんは気持ちよさそうに目を細めてそれを享受しており、私の出る幕はなくなったらしい。
「
「
「仰っしゃりたいことはわかります! ですが一人はみんなのため、みんなは一人のため、私達も団結してむぎゅっとハグを……!」
最後の一組も女の子同士で、この中では最もフォーマルな格好をしている。特に氷浦と呼ばれた子は艶のあるドレスを完璧に着こなしており、『いかにも令嬢』といったオーラを放っていた。
「違うの氷浦、これ、みなさんがやってるのとは全然関係なくて」
「へ?」
「ほら、見てて」
二人は同い年なのだろうか? 頭一つ抜けて大人びて見える凛菜さんは、紙を両手で挟んで拝むように擦り始めた。しばらくそうした後にピラリと披露されたそれには、余白だった部分に無数の文字や記号が浮かび上がっている。
「【まずはあなたの熱を伝えてください】っていうのは……その、こういうことで……」
気まずそうに彼女が告げると、落胆しながらも「……流石は私の許嫁です」と小さく拍手をした氷浦さん。……許嫁?
そんな二人の様子を見て、周りの空気も変わっていった。
「……ツーショットはまた今度だね」
「いつでも良いけど人目のつかないところでね」
拗ねたような顔を浮かべながらも絡ませた腕を決して解除しない明路さんと、それを引き剥がそうと試みるせんちゃんさん。
「す、すみません」
「いや……私の方こそ……」
先程よりも顔を真赤にして離れた鹿子さんと、彼女の肩に優しく手を回して励ます真嶺さん。
「なんで教えてあげなかったの」
「だって。面白かったんだもん」
定位置にとどまったまま、相変わらず独特の雰囲気で話している美晴さんと恙さん。
「ほれみたことか」
「あんっ、もうちょっとしてくれてもいいでしょう!?」
ペイっとお姫様抱っこを終了し、抗議している真綿さんとされている灯里さん。
「あっ、違ったみたい。……大丈夫? 琉花ちゃん」
「…………酸素……」
まさかずっとあの体勢のままだったのか、どこか満足気な宮部さんと息も絶え絶えな琉花さん。
「あはは、そういうことかー」
「間違えちゃいましたね、媛崎先輩」
互いの鼻先が触れそうな距離感のまま微笑み合って互いを離さないうきちゃんさんと媛崎先輩。
「すねないでよ、家に帰ったら、ね?」
「凛菜さん、家に帰ってもまたそのドレス着てくれるんですか!?」
「それは……う~ん……」
「着てください! 絶対!!」
新たな攻防を繰り広げている氷浦さんと凛菜さん。
実に個性豊かな14人は浮かび上がったヒントを基に、ようやく【漆黒を染める熱源】を探すためにダイニングを出て散り散りとなった。
それぞれ、二人組は保ったまま。
はぁ……なんということだ。このイベントの参加者……百合ップルしかいない……。これは……忙しい仕事になりそうだ……!!
こうして私は久しぶりに熱くなったカメラ魂に身を任せ、ベストショットを逃すまいとして船内を駆け回ることになった。
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