【百合の日記念】ナイトクルーズのイベントに参加したら私以外全員百合ップルでした。
燈外町 猶
前編
初めて父の一眼レフに触れた時、幼稚園児だった私はこう言ったらしい。「これ、ちょーだい」
ファミレスでポテト一本もらうかのような言い振りに父も母も祖父母も爆笑したそうだが、結局その一眼レフは高校生の頃に父から譲り受けた。つまり私の根本は、写真というよりもカメラが好きなのだ。故にカメラに触れながら賃金が発生する写真家という職に就いたに過ぎない。まぁそんなテンションで職を決めてしまったので、日々に彩りがないと言えばないのだが。
「ディナーはお楽しみいただけましたでしょうか。これより、メインイベントを開始いたします」
今日の仕事もその一環。どこかの企業が宣伝目的で開催したナイトクルーズイベント。真冬だと言うのに……よくやるもんだ。対象の商品をいくつか買うと応募でき、抽選で参加者が決まる……まぁよくあるイベントで、それを楽しむ乗客の写真や動画を撮り、下船時ににそれらを何枚セットで何千円とかで売りつける。非日常感で金銭感覚も麻痺しているだろうから、悪どくてちょろい仕事だ。
私達が乗っている船は豪華客船とは言えない中規模客船であり、先程まで乗客がディナーと歓談を楽しんでいたこのダイニングも、一般的な体育館の3/4程度の広さしかないように感じる。
「今から一枚の紙をお配りいたします。ここに書かれている謎を解き明かした方は、【漆黒を染める熱源】に出会うことができるでしょう」
マイクを握る燕尾服が、それっぽい雰囲気をふんだんに醸し出しながら恥ずかしげもなく声を張って言った。
「この会場にいる皆様で協力されることが、攻略への鍵かもしれません」
いわゆる、宝探しだろう。『せっかくこんな船乗ったんですから、自由に探検してみてくださいね~』といった趣旨の。協力を促すということは、毛色としては脱出ゲームに近いんだろうか。
しかし私の仕事は変わらない。イベントに熱中する客をパシャパシャ撮影していればいい。
「どうぞ」
「どうも」
乗船している別の運営スタッフから、私にもイベントで使われるであろう紙が配られた。
それは若干の厚みがあるA4用紙で、独特の感触がする。ザラザラするわけではないけれど、どことなく摩擦係数が高いような感じ。
中心に小さな文字で【まずはあなたの熱を伝えてください】とだけ書かれており、その上下左右は不自然な程余白が残っている。
すぐに『あぁ、なるほど』と私が気づき、「それでは、スタートです!」と燕尾服が告げ、会場の照明が明るくなったと同時に一人の少女が叫んだ。
「わかったよ、うきちゃん!」
「えっ! はや!」
背格好や服装を見るに女子大生だろうか。一緒に来ていたであろう少女に勝ち誇った笑みを浮かべる。
「すごいです
「『まずはあなたの熱を伝えてください』……つまり、こういうことだよ!」
「「「「「っ!」」」」」
会場にいるほぼ全員が、最初にアクションを起こした媛崎さん、そしてうきちゃんと呼ばれた少女に視線を集めている中、彼女たちは突然、抱擁をしてみせた。軽いハグなどではなく、それこそ遭難した者同士が体温を分け合うように、強く。
「…………何も、起きませんね」
拒絶するわけでも困惑するでもなく当たり前の受け入れていたうきちゃんさんの声が、静まり返った会場に小さく響いた。
「ん~……でもこれ以外に何かある?」
「ん~……私としては先輩とこうしていられるだけで幸せというか、【漆黒を染める熱源】とか媛崎先輩そのものじゃん! といった感じなので……」
「「ん~」」とハモりながら疑問符を浮かべ続ける二人を横目に、他のグループは紙を透かしたり、アナグラムを試みたりしている。
「足りないのかも、しれないね」
「えっ、えっ、
これまたキレイな女子大生が、気だるげに椅子へ腰掛けていた少女へと近づき……
「
「いや、私はもう、美味しいもの食べたからこんなイベントどうでもいい……」
「わがまま言わないの。みんなで協力しないと!」
「むぐ。むぅぅぅぅ~~~~!」
座ったままの琉花ちゃんさんが、立ち上がった宮部さんに抱きしめられ、その豊満な胸部に溺れ苦しげな声を上げた。
琉花さんの手はやがて宮部さんの背に回ったものの、それは抱き返すとかではなく明らかに『ギブッギブッ!』と伝えるための仕草に見える。
「
「私はやらないぞ」
まだ燕尾服は何も告げず運営スタッフや会場に動きはない。こうなると他の参加者も触発されたように動き始めた。
「なんでよ灯里ちゃん! 私もあの人達みたいにイチャイチャ……じゃなくて、熱を伝えたいの!」
「ほぼ全部言ってんじゃん。絶対不正解だし。いいか
「そんなことって何全然そんなことじゃないもんみんなやってるもん私達だけ仲悪いみたいになっちゃうじゃん灯里ちゃんのバカ同じ学校の人いないんだからいいじゃん灯里ちゃんのバカぎゅってして! とにかくぎゅってして!!」
プクっと。散々早口で何かを吠えてすぐプクっと頬を膨らませて、抱っこをせがむ子供のようにお手々を伸ばして停止した真綿ちゃんと、深くため息をつきながらも、どこか嬉しげに口角が上がっている灯里さん。
「……じゃあこれでいいか?」
「ひゃっ……も~……でも……ふふ……これはこれで……えへへ……」
不承不承といったように、けれども慣れた動きでひょいと真綿ちゃんをお姫様だっこしてみせた灯里さんは、少し意地悪な笑みを浮かべながら「ほら、なんも起きない」と呟いた。
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