第16話 リーダーと呼ばれる男

 警察が規制線を張り、南西の一角を封鎖している。


 葉室は複数の警察官から話を聞かれたものの、身分が保証されていること、また、終始今野が同行していたことから、しばらくすると解放された。


 黄色い規制線をくぐって外に出ると、野次馬の間を縫って群衆を離れる。仕事に戻るかと建物の方へ歩いていこうとした葉室の目に、不安そうな顔で現場を見つめる遠藤が映った。


「遠藤さん」


 もう会えないのかと思っていた人を見て、葉室は思わず声をかけ、それからしまったと思った。遠藤がマ学技士を嫌っているのなら、声をかけられれば不愉快ではないかと考えたのだ。


 だが遠藤は葉室に気づくと、ペコリと頭を下げて「こんにちは」と応えた。


「あ、あの、先日は失礼しました。私、ろくにお礼も言わず……」

「いえ、いいんです。突然あんな目にあって驚きましたよね。僕もびっくりでしたよ」


 ほっと胸を撫で下ろし、遠藤に近づいた。遠藤は葉室の肩越しに、まだ現場を見つめている。


「あの、さっきの人たちは……」

「あ、ああ、犯人たちでしたら、川に飛び降りて、水上バイクで逃げました。仲間が迎えに来ていたようです」

「そうですか」


 好奇心か、それとも不安感からかはわからないが、遠藤は逃亡した2人が気になってここまで見に来たらしい。


 葉室は建物へ戻ろうと遠藤を促し、並んで歩き出した。


 沈黙が続く。先日のこともあるが、葉室に女性と和気あいあいとお喋りするようなスキルはない。

 何か話さなければと思い、葉室は「そういえば」と話しかけた。


「遠藤さんは、どうして魔法があまり好きではないのですか?」


 言ってから、まあまあの地雷を踏んだなと気づいた。ほんの数回会っただけの人にいきなりプライベートなことを聞いてしまった。


「いや、答えたくないなら全然……!!」

「いえ、お話しします」


 遠藤はきゅっと唇を結び、何から話したものかと思案した。しばらくして、そっと話しだす。


「私には弟がいました。弟も魔力持ちで、魔法専門の小学校に通っていました。姉の私が言うのもなんですが、幼い頃から優しい子で」



 弟の姿が胸に浮かぶ。

 屈託なく笑う小学生のぽっちゃりとした頬。細められた右目の外側にある泣きぼくろ。


 中学生になって大人びた顔、にこりともしない鉄仮面のような表情。



 冷めきった、鋭利な刃物のような視線。




「だけど……ある日、母と弟が買い物から帰宅したとき、強盗と鉢合わせたんです。強盗は迷いなく、弟めがけてナイフを振り下ろしたのだそうです。恐怖が振り切れた弟は、魔力が暴発して……強盗と母を吹っ飛ばしました」

 そこまで言って、遠藤は言葉を止めた。


「ひょっとしてその時お母様は……」


遠慮がちに投げかけた葉室の問いかけに、遠藤は無言でうなずいた。そしてまた話し出す。


「母が死んだ後から、弟は暗く沈みこんで家族ともろくに話をしなくなり、別人のようになりました。やがて高校を卒業したあとは進学のため上京し、家にも帰ってこなくなり、大学を卒業してからは音信不通です」


 葉室は何も言えず沈黙を守った。


「頭ではわかっているんです。魔力が悪いんじゃない、魔法が悪いんじゃないって。だけど、魔力があったせいで弟の人生が狂ったんじゃないかって思いが消えなくて……」


「魔力がなかったら、弟さんは強盗に殺されていたとしても?」


 葉室の遠慮がちな問いに、遠藤は存外強い声で言った。


「あの子は……母を殺すくらいなら自分が死んでいた方がましだったと泣きました」













 魔術の灯のアジトに戻ると、神林はへなへなと椅子に座り込んだ。


 自分がやったことを思い出すと、正直生きた心地がしなかった。僕みたいな小心者がテロリストなんて、やっぱり無理なのかな……と肩を落とす。


 近くの椅子に座っている山本を見る。パーカーのフードを取っているので、端正な顔があらわになっている。右目の外側にある泣きぼくろが、いいアクセントになっていた。


「あの、ありがとう、山本くん。おかげで助かったよ」

 つっかえながら礼を言う神林に、山本はにこりともしないが、小さくうなずいて感謝を受け取ったことを示した。


「おつかれ様、2人とも。神林さん、無事で良かったですねぇ」


 窓際に立っている若い男がそう言って微笑んだ。神林はぎこちなく言葉を返す。

「う、うん……ありがとう、リーダー」


 リーダーと呼ばれるその男は、物腰は柔らかで話し方も穏やかだ。だがどことなく不気味な雰囲気がまとわりついており、今も笑ってはいるものの、逆光も手伝って影になった顔は空恐ろしさを感じさせた。


「もう少し頑張りましょうね。きっともうすぐ、世間は知ることになるでしょう。魔法の万能さを。魔術師の奇跡を」


 仮面のような笑顔をはりつけて語るリーダーの言葉を聞いて、神林は自らの目的を思い出し、その思いの発端となっている田舎での日々を脳裏に浮かべた。




 母の郷里は九州にある小さな農村だった。市町村合併によりかろうじて市の一部に含まれているが、元々は村と呼ばれていた、遺物のように古びた集落だった。


 実家に帰った母は生家の農業を手伝って神林を育てた。実の両親、神林にとっては祖父母であるが、彼らは出戻った娘と孫に何を言うこともしなかったが、近隣住民や親族は、陰でコソコソと、時には聞こえよがしに悪口を言った。



 あの子は狐憑きだよ 近づいたら何をされるかわかったもんじゃない

 

 前世で何か悪いことでもしたんだろうさ だからあんな子を産むんだ


 狐憑きなんか産んだから離縁されたんじゃないのかね 母親が悪いよ



 

 


 神林は首を振って頭に浮かんだ苦しい日々を振り払う。

 母親も自分も、何も悪いことなどしていないと、当たり前のことを自分自身に何度も言い聞かせた。

 そして呟く。


「僕は……認めてほしい。魔力を持って生まれたのは、僕が悪いんじゃないって。僕の親が悪いんじゃないって。僕は僕のままで生きてもいいんだって」




────

第一部完。仕事が落ち着くまで、しばらく空くと思います。再開しましたらよろしくお願いします。



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現代において魔法使いは国家資格です eima @eima0605

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