第15話 魔術の灯 神林
防災フェスタの屋外展示の間を縫うように、2人の逃亡者は駆け抜けた。
身体強化は一時的に身体能力を増幅させるが、体を酷使したダメージは蓄積される。よって、あまりに長時間の使用には向いていない。
それもあってのことだろう、被疑者2人は身体強化を解き、今は己の脚で走っていた。
「待て!! 逃げられやしねえぞ、カン!!」
追いかけながら今野が叫ぶ。当然ながら神林が止まることはなかった。
市民の交流を目的として建てられている多目的ホールは、その敷地内に建物と広大な公園を備えている。敷地の西側は幅30メートルほどの川に沿っており、海が近く、満ち潮の時は海水と淡水が混ざり合う。川沿いに整備されている遊歩道を散歩している時に風が吹くと、かすかに潮の匂いがする。
2人は遊歩道を南に駆けていく。しめた、と今野は思った。
敷地の南側は、こちらもまた川に面しており、ちょうど敷地南西の角の外で、支流と本流が一つになるのだ。
つまり、敷地の南西に追い詰められれば、逃げ場がない。
南端まで逃げた2人は、東に折れようとした。だが、100メートル以上はるか先からパトカーが向かってきている姿を見つけて立ち止まる。通常なら遊歩道を車両が走行することはできないが、今野が走りながら送った応援要請に応えて、特例的に進入が許されていた。
角に追い込まれた2人は、肩で息をしながら、葉室と今野を睨んでいた。今野も不用意に近づくことはしない。パニックにでもなれば、2人が木の柵を乗り越え、川面まで8メートルの高さを飛び降りないとも限らない。そうなったら、船を出して救出するのは骨が折れるし、まかり間違って死亡でもすれば事だ。
「カ、カンちゃん」
ひいひいと肩で息をしながら、葉室がよろよろと追いついてきた。
神林が葉室の名を呟く。
「ムロちゃん……」
久しぶりの再会がこんなことになって、申し訳ないという思いはある。
だが、もはや引き返せないのだ。
「カンちゃん、どうして……悪いこと、してるの?」
葉室の問いに、神林は、はっきりと首を横に振った。
「僕はただ、守りたいだけだ。魔術師は駆逐されようとしている。生まれた時から自然に持っている個性を、無理やり潰され魔法を使う自由を奪われようとしている」
「それは……俺だって手術受けるの怖いし、魔法使うのだって嫌いじゃないから正直規制されるのはいやだけど……でも、規制法が国会で通るのなら、もう仕方ないっていうか……」
葉室の控えめな言い分に、神林は珍しくふんっと鼻など鳴らした。
「仕方ない、か。まるで他人事だね。これは君のことでもあるのに」
「いや、でも……国がこうすると決めたら、俺にできることなんて何もないし……」
「僕は絶対に嫌だ。魔力は在ってはならないなんて……そんなの、かわいそうじゃないか。魔力もって生まれてきた子を全否定して、生まれた時点から間違ってるなんて、誰にもそんなこと言う権利なんて、ないじゃないか!」
神林が慟哭した。
葉室は、神林のこれまでの人生にほんの一瞬触れた気がして、息を飲んだ。
パトカーが滑りこんできて、車内から刑事が2人飛び出し、今野の加勢についた。
「話は署で聞く。カン、俺と話をしよう」
今野も精一杯優しい声で語りかける。
だが、神林を守るように山本が一歩前に出る。今野たちは一層身構えた。
山本が、そして神林が、一際強く集中し、片手を薙ぎ払うように大きく振った。
その手の先から、赤い炎が今野たちを目掛けてほとばしった。
「な……!!!」
間一髪後ずさって避けた今野が絶句する。
炎の勢いはそう大したことはないが、周囲の植木に燃え移り熱を発している。それどころか、パトカーのタイヤも燃えていた。
「うわ、エンジン切れ! エンジン!!」
刑事たちは大慌てだ、何しろ消火する道具がない。
「消防に通報!!」
その混乱の隙をつき、神林と山本は柵を乗り越え、8メートル下の川へとダイブした。
「待て!!」今野が柵に手をついて下をのぞき込む。
2人を乗せた水上バイクが2台、白波をたてながら海に向かって走っていく。
「クソ!!!」
今野が拳で柵を叩いた。
先輩刑事が足で燃える草を踏み付けながら、今野に叫ぶ。
「おい、炎なんて自然物は生成できないんじゃないのか!!」
魔法について、事前にある程度今野からレクチャーを受けていたのだろう、聞いていた話と違うと、今野を問いただす。
「できません! 自然物生成の魔法は、まだ発明されていないんです! っていうか、発見されていないんです!」
「だけどお前、今出しただろうがよ!」
「知りませんよ!!」
「逆切れかよ!」
「正当切れですよ!」
今野が葉室を見て聞いた。
「だよな!? ムロ、無から有は作れないよな!?」
「う、うん、そう習ったね」
葉室は相槌を返した。
カンちゃんはどうしたら、どこまで行ったら満足するんだろうと考えながら。
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