第14話 親友

 脆く乾いた破裂音をたてて、ライトと昇降機の接続部分が弾けた。上を見上げた平野議員を正確に捉えるかのように、真下に落下する。

 

 駄目だ!!


 とっさに、葉室は両手を広げて突き出した。人為的特異事象、物体浮遊を発動し、ライトを空中に浮かせる。ライトは平野の頭上50センチメートルでぴたりと静止した。


 反対側の袖から、係長とホールのスタッフが飛び出してきて、舞台上の避難誘導にかかる。客席のざわめきがさざなみのように広がる。


 その間、葉室はライトを浮かせていたが、違和感があった。

 物体浮遊は、対象の重量が重ければ重いほど身体にかかる重圧は大きい。

 だが、舞台用の大型ライトを持ち上げているわりに、身体への負担が軽いように感じた。


(これ、俺1人で持ち上げてるんじゃないぞ)


 どこからか、誰かが、葉室と同じく物体浮遊を使っているのだ。


 たまたま会場内に居合わせた親切なマ学技士だろう、どなたか確認して、場合によっては市長名で礼を言わねば……そう思い、横目で客席を眺めた。


 そこに見知った男を見つけた。短い天パ、今野が立ち上がって力を行使している様が見えた。


(コンちゃん? 今日仕事はどうしたんだろ……あ、仕事で来てるのか)


 今野が座っていた席は出口側の後方。葉室は視線を中段に移した。そこに居た青年を見た時、はた、と視線が止まった。



 伸びた前髪が目を覆い隠し、表情もよくわからない。だが、微動だにせず舞台上のライトを凝視しているように見える。同じ魔法使いだからわかる、異様な雰囲気。

 だが、それよりも。



 学生時代の記憶がよみがえる。インドア派の葉室と、彼はよく気が合った。


 神林。


 気が弱く、物静かで言葉少ない少年。あの頃も、清潔だが少し長めの前髪が彼の印象をどこか暗く見せていた。


「カンちゃん!!!」


 葉室は何も考えず叫んでいた。神林がびくりと震え、舞台の上の葉室を見る。おそらく葉室の存在に今気がついたのだろう。


 隣に座っていたパーカーの男が神林に何か告げた。2人は立ち上がり、通路へ出ようとする。

 途端、ライトの重さが葉室と今野の身体にのしかかる。脳を圧迫されるような締め付け感、全身に倦怠感がまとわりつく。

 神林と山本が人為的特異事象の行使をやめたからだろう、葉室は「んにゃあ」と気の抜けた声を出しながらライトに集中した。

 



神林たちが客席中段と後段の間にある、幅1.5メートルほどの通路に達した時だった。出口のドアが勢いよく開き、スーツの男が数人なだれ込んできた。


「動くな! お前たちには許可なく人特を行使した容疑がかかっている!」


 2人の動きが止まる。容疑がかかる2人と警察官たちは寸の間睨み合った。


 客席に座る誰もが、意味もわからず突然の捕物劇を見つめている。遠藤もまたその1人だった。

 遠藤のほんの3列先が通路であり、パーカーの男の横顔が、目元は隠れているものの、顎のラインがわかる程度には見える。


 神林は動揺し忙しなく頭を動かしたが、山本は冷静だった。

 神林に指示し、逆方向に走り出す。だが、奥に逃げても出口はなく、壁に突き当たるだけだ。ホールの壁には、高さ15メートルの辺りに、幅1メートル高さ2メートルほどの大きさの、分厚いすりガラスが、2箇所はめこまれている。破壊用の器具があったとしても、到底、人が即座に破壊できるものではない。

 

 だが、山本は走りながらぐっと拳を握ると、殴りつけるように窓に向かって拳を突き出した。


 ガラスを割る、というよりは、壁にドリルで穴を開けるかのように、すりガラスが断末魔のような破裂音をたてて砕け散る。大量のガラス片が辺りに飛び散り、客席から叫び声があがった。


 だが不幸中の幸いは、ガラス片はその多くが外に放出されたことだ。


 神林たちは走りながら大きく2度跳躍し、3度目にさらに強く跳んだ。15メートルの高さにその身ひとつで到達する。普通の人間にはありえない。人為的特異事象、“身体強化”を使ったことは明らかだった。


 追いかけていた刑事たちには何もできない。


「葉室くん! ライトもういいよ!!」


 係長から声をかけられ、葉室は舞台に目を戻した。そこにはもう誰もいなかった。

 物体浮遊の魔法を解くと、ライトはガシャリと盛大な音を立てて舞台上に落ちる。


 葉室と今野は同時に走り出していた。身体強化を発動し、神林らと同様に高さ15メートルの窓に飛びつき、外に飛び出した。


「なんでお前まで来てんの!?」

 空に向かって跳躍しながら、今野が叫んだ。

 

「だってカンちゃんだよあれ!!」葉室も負けじと叫ぶ。


「だからなんだよ、民間人が首突っ込むな!!」


「これは俺の防災フェスタだよ!!」自分で叫んでおきながら、意味わかんないなと葉室は思った。

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