第13話 防災フェスタ
防災フェスタは、毎年9月1日の防災の日に合わせて行われる、その名のとおり防災について学ぶことを目的としたイベントだ。
市の多目的ホール及び、その敷地内にある大型公園を使って、各団体の展示や防災に関する講演会などが催される。
屋外では、電気会社やガス会社、通信事業大手などのインフラ企業の災害時対応の実践手順の展示、警察や消防の車両乗車体験、ちょっとした出店などもあり、夏休み中の親子連れなどが意外に集まる。
そして屋内の多目的ホールでは、防災に関する講演や演劇が行われるのだが、本年は大学教授やテレビで少し顔が売れているコメンテーター、地元選出議員の平野らが、舞台の上で防災や災害時の避難のあり方について意見を出し合い、討論するシンポジウムが実施される。
客席は8割方埋まっていた。討論ではなくにわかに時の人となっている平野議員が目当てのミーハーも多いだろうが、空席が目立つよりは埋まっている方が良いに決まっている。
舞台袖から客席を眺めて、これだけ集客すれば市長にも格好がつくと、葉室はほっと胸をなでおろした。
舞台ではすでにシンポジウムが始まっている。大学教授の新しい地域コミュニティのあり方に関する講義に、他の出演者がうんうんと頷きながら耳を傾けていた。
ぎし、と、何かきしむ音がした。
葉室はきょろっと周囲を見る。だが袖には葉室以外誰もいない。首を傾げながら、葉室は反対側の袖にいる係長を舞台越しに見たが、特に何かを気にしているそぶりもなかった。
気のせいだったかと納得し、再び舞台に目を戻した時だった。ギシギシギシと気味の悪いきしみ音のあと、ライトの明かりがゆらゆらと揺れた。
葉室は舞台の上方に目を向けた。大型のライトが一直線に8個、昇降機にぶら下がって、舞台全体を照らしている。そのうちの1個、ちょうど平野議員の真上にあるライトが、嫌々と首を振るように、小刻みに揺れていた。
遠藤は、舞台から離れた、客席後方の中央部辺りに座って、シンポジウムを聞いていた。
地元出身の平野議員が出席するシンポジウムがガラガラでは格好がつかないからと、連合自治会長から各自治会に動員がかかったのだが、遠藤の父親はちょうど通院の日であったため、娘が代わりに出席することになったのだった。
でもこんなに人が入っているのなら、私はいらなかったんじゃないかな……と思い、小さくため息をつく。
ここしばらく、遠藤の胸を占めているのは、市役所防災対策課の青年だ。
遠藤は訳あって魔法に抵抗があった。そのせいで逃げるようにあの場を去ってしまったのだが、葉室自身を嫌ったのではなかった。だが、葉室はそうは思わないだろう。助けてもらっておきながら、なんと無礼な女だと思われただろうか。
彼とどうなりたいというわけではない。だが、このままではあまりにも……
ぼうっと舞台を眺めながら、何度目かわからないため息をつく。ため息が四散して消えた直後、舞台上の光が小刻みに揺れたような気がした。
おや? と思った次の瞬間、ライトと昇降機の接続部分が鈍い音を立てて割れたように見えた。
ライトは重力に従って落下した。
陰気な雰囲気の青年だった。ボサボサの頭、前髪が目の下まで伸びて目元をすっぽりと隠している。中段の出口付近に座り、舞台を眺めながら、青年はリーダーの言葉を胸の中で繰り返す。
〈今回はまだ脅しで十分だ〉
舞台に上がっている出演者たちを見回す。皆一様に自信ありげで、堂々とした立ち振る舞いだ。青年にはないもの。苦手な人種であるが、憎いわけではなかった。
他人を傷つけたいと思ったこともない。
また、リーダーの言葉を思い出し、ふうっと小さく息を吐いた。
(良かった……いくら魔術師を認めさせるためとはいえ、人を傷つけるのは気が重い……)
そう考えてから、即座に、でも、と思い直す。
(こんなこと考えている間はまだ甘いのかなあ……大儀のためなら、だれかを傷つけることも仕方ないことなんだろうか……)
隣に座る仲間の男をチラリとうかがい見る。グレーのパーカーのフードをかぶり、顔の上半分は隠れているものの、フードの下にある目が氷のように伶俐であることを知っている。
(山本君くらい徹底して行動できればな……結局僕はどこに行っても……)
昔から、思考が自虐的になるのは悪い癖だ。よくないとわかってはいるものの、自分に欠陥があるのは事実なのだから仕方ないと、結局はそこに落ち着いてしまう。
「そろそろやります」
山本が小声で話しかけてきた。肩がびくりと震えてしまう。
「う、うん。わかった」かろうじて頷き返した。
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