ランチ
都鳥
ランチ
1
「そこのお嬢ちゃん」
おそらく自分にかけられた声にそちらを向くと、派手な紫の服を着た人が、目を細めて笑いながら手招きをしていた。
怪しい、とっても怪しい。
声からすると、多分おばさんだろう。多分というのは、殆ど顔が見えないからだ。ローブのようなものをすっぽりと頭から被り、口元もヴェールで隠している。手元に水晶玉を置いているので、きっと占い師だろう。
学校帰り、制服姿の女子高生に商売をしようとするなんて、どういうつもりなんだろう。学生なんだからお金を持っていない事もわかってるだろうに。
「あんた、死相が出ているね」
「え? しそう??」
「このままじゃ、周りのものが死ぬよ」
ロクでもない事を言われて、カーッと頭に血が上った。ただでさえ、最近良くない事ばかり起きているのに、本当に冗談じゃない。
「何よそれ、失礼ね!」
湧き上がってきた言葉をそのまま占い師に投げつけると、足を早めてそこから立ち去った。
別に占ってほしいと願ったわけじゃあないのに、なんであんな事を言われなきゃならないんだろう。
普段は通らないのに、こんな裏道を通ったから変な人に絡まれるんだ。ついてない。
今日だけじゃない。ここ数日、本当についていない。
お気に入りだった『もふもふハムちゅー』のストラップは失くしてしまうし、車にはひかれそうになるし、懐いていたはずの隣の家の犬には吠えられるし、蒸し暑さのせいか体調もいまいちだ。
ムカムカする気持ちを
* * *
2
次の日も放課後の活動は無し、授業も短縮で早めに帰宅する事になった。2日前から行方不明になっている子供が、未だに見つからないらしい。
事故か事件かもわからない。寄り道はせずに明るいうちに帰宅するようにと、教師は言った。
帰り道、美味しそうな匂いが漂ってきて、ぐぅとお腹がなった。
こんな所に焼き肉屋なんてあったんだ。知らなかった。まだ時間が早いせいか、ランチの看板が出ている。肉の種類はおまかせで、その分安く食べられるらしい。
いいなあ、お肉食べたい。
お昼にお弁当を食べたばかりなのに、肉の脂の匂いでお腹が騒ぎ出す。いいや、今はさっさと家に帰らないと。
家に着くと、さっきのお腹の虫の声が嘘のように消えていた。やっぱりまだ体調がいまいちらしい。
夕飯は申し訳程度に刺身にだけ口を付けて食卓から離れた。
* * *
3
今日も例の子供は見つかっていないらしい。
それどころか、飼い犬や飼い猫があちこちで行方知れずになっているそうで、同じ犯人じゃないか、異常者の仕業じゃないかと、大きな声で皆が騒ぎ立てている。
そんな噂話にクラスメイトが盛り上がるのを
眩しい陽の光が目に入って、
うん?
その生徒たちの頭の上に何かが見えた。
もう一度、目を細めて見てみると、どうやらそれぞれに違う数字が浮かんでいる。
なんだろう、あれは?
殆どの数字が5桁以上ある中で、一人だけシンプルに『0』とだけあるのに気が付いた。その女子生徒から目を離せずに、なんとなく目で追いかける。
彼女がサッカーのゴールポストの前に差し掛かった時、それがグラリと
倒れるゴールポスト。
大きな物音。
悲鳴、悲鳴、悲鳴――
物音と叫び声に気付いたクラスメイトが、次々と窓に駆け寄り、またそこからも悲鳴があがった。
* * *
救急車と警察が来て、その日の授業は無くなった。
今日も真っすぐに家に帰るようにと言われ、学校を追い出される。でも私はそうはしなかった。
あの時見えた頭の上の数字。あれが何を意味するのかを知りたかった。あの事故と数字に関係があるように思えた。
おおよそだけれど、子供や若者の上の数字は大きく、年寄りの上の数字は少ない。
予想が当たっていれば、あの数字はその人の死ぬまでの日数なんだろう。
「こんなところでどうしたんだ」
自分の名を呼ばれて振り返ると、同じクラスの鈴木君が立っている。挨拶代わりに、目を細めながら愛想笑いをして見せた。
「まだ帰ってなかったのか」
「鈴木君も同じでしょ」
彼は返事をせずに苦笑いをした。
その手に持つ小さなボール箱から、少し変な匂いがするのに気が付いた。
「どうしたの? それ」
覗き込むようにする私を、彼の手が制する。
「見ない方がいいよ」
新聞紙が掛けられていて中身は見えないが、子猫の死骸が入っているそうだ。
「この先の空き地に捨てられててさ。こっそり餌をやってたんだけど、昨日は行けなくて。今日見に行ったら死んでたんだ。野良犬か何かにやられたみたいだ」
どこかに埋めてやろうと思ってさと、彼は言った。
「でも鈴木君も早く帰った方がいいよ」
「ああ、お前も早く帰れよ」
そう言って、鈴木君は手を振って歩き出す。
もう一度目を細めると、彼の頭の上にある数字はやっぱり『0』と読めた。
* * *
4
次の日、鈴木君は学校に来なかった。
普段から真面目な生徒だったから、わざわざ騒ぎ立てるような人もいなかった。きっと体調が悪くて休んだんだろうと、教師もそう言った。
でも、多分違う。
きっと私だけがその事を知っている。
今日もなんだか気分がいまいちだ。蒸し暑さのせいだろうか。
帰り道にある焼き肉屋から、昼食を食べて出てきた客とすれ違った。
なんの肉だかわからなかったけれど美味かったなとか、そんな話をしている。
いいなあ、お肉食べたい。
目を細めて見ると、やっぱりその客の頭の上にも数字があった。それにしても、なんでこんな数字が見えるんだろう。
そう言えば…… これが見えるようになったのは、あの占い師に変な事を言われてからだ。あの時何かされたに違いない。
その途中、鈴木君と会った場所を通り過ぎた。
そういえば、あの時鈴木君が話していた空き地も、あの占い師が居た場所のすぐ近くだ。もしかしたら、あの子猫の事も、鈴木君の事も、あのおばさんが知っているのかもしれない。
* * *
5
朝起きて、あくびをしながら洗面所に向かう。
いつものように顔を洗って、顔を上げたタイミングで、また大きなあくびが出た。
細めた目から見える鏡に映った私。その上に鏡文字で読める数字。
-5
……あれ?
もう一度、目を細めて見なおしてみても、その数字は『-5』のまま変わらない。
この数字は死ぬまでの日数だと思ったのに……
じゃあ、この私の数字は5日前に『0』になっていたって事だろうか。
だとしたら、マイナスの付くこの数字は一体……?
居間にあるテレビから流れるニュースの音が、ただただ耳に流れ込んでくる。
例の子供の遺体が見つかったのだと、
そういえば……
5日前に、車にひかれそうになって…… その時に私は転んだだけで済んだんだっけ?
私のお気に入りのストラップを、いつ失くしたんだっけ?
あの占い師に会った時に、なんで私はあそこに居たんだっけ?
鈴木君の後を付いて行って、その後はどうしたんだっけ?
昨日占い師に会って、それから……?
……そのあたりの記憶があやふやだ。
そして、やっぱり今日も体調がいまいちで、すっきりしない。
ああ、でも、肉が、食べたい。
ランチ 都鳥 @Miyakodori
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