『5分で解決探偵があらわるその前に』

石濱ウミ

・・・


【人物一覧表】


卯月うづき 鏡太郎きょうたろう(15)・・学生

波多野はたの あまね(15)・・学生


死体・・卯月と波多野のクラス担任教師




◯中学校・体育館用具室(放課後)

   チカチカと点滅する蛍光灯。

   積み上げられた体操マット。

   バスケットボールが入った籠。

   その隙間に俯せに倒れている、死体。

   死体の足元に立ち、見下ろしている

   白いシャツと黒い学生ズボンの卯月鏡

   太郎(15)と同じ格好の波多野周(15)




卯月「これは……多分、死んでるな」

 

   卯月、死体に近寄り身体を屈めて顔を

   覗き込む。


波多野「……本当に? ど、どうしよう」

 

   波多野、卯月の背中越しに死体の顔を

   同じように覗き込む。

   俯せの死体は顔を横に向けている。

   何かに驚いたように、かっと見開いた

   ままの目。

   死体の頭の下、コンクリートの地面に

   黒い血溜まり。


卯月「そうだな。まずは確かめるために、ち

 ょっと足でも蹴飛ばしてみるか?」

  

   上体を起こしながら、真顔で波多野を

   振り返る卯月。


波多野「え……蹴飛ば……そこは脈をとると

 かじゃないの?」


   卯月、ちらりと視線を死体に向けてか

   ら、波多野の顔に戻す。 


卯月「触りたくない」


波多野「いさぎよすぎるよ」


卯月「そうだな」


波多野「って開き直るのも早いから」


   卯月に向かって顔を顰める波多野。


卯月「では、誰が……」

  

   卯月、死体と波多野を交互に見る。

   はっと、わざとらしく目を見開いてか

   ら突然、片方の掌を差し出し波多野に

   向かって腰を折る卯月。


卯月「どーぞ、どーぞ」


波多野「僕がそれ返すと思うの?! 時勢と

 状況を把握してよ不謹慎すぎるから。それ

 に返したところで僕たち二人しかいないん

 だよ?」


卯月「ふうむ、冷静な判断だ。しかし相変わ

 らずクソ真面目だな。そんなんじゃ炎上し

 たとき立ち直れないゾ」


波多野「え、待ってよ。それ火をつけようと

 してる本人の台詞じゃないよね?」


卯月「……事故か……密室殺人か」

  

   まるきり波多野を無視して眉間に人差

   し指を当て、やや俯く卯月。

   

波多野「いきなりすぎる話の逸らし方」


   感情のない口調で、波多野。

   卯月、パッと顔を上げ嬉しそうに波多

   野を見る。


卯月「褒められるほどのことではない」


   満面の笑みで、卯月。


波多野「(慌てたように早い口調で)褒めて

 ない。決して、褒めてないから」


卯月「(波多野の方を見ることなく)とはい

 え死体を目の前にして、我々のやること

 は、ひとつだ」


波多野「(ちら、と卯月を横目でみて)そう

 だね。取り敢えず誰でもいいから人を呼ぼ

 うか」


卯月「そう! 人を……呼ぶわけないだろ

 う」


波多野「じゃあ、叫ぶ?」


卯月「なぜ?」


波多野「えっ? なぜって、そっちの方がなん

 でだよ」


卯月「これはビッグなチャンスだ」


波多野「……」


卯月「考えてもみたまえ。我々がにな

 るか否かは、いま、この瞬間に決まると言

 っても過言ではない」


波多野「それは……確かに、その通りなんだ

 けど」


卯月「まずは状況を整理するとしよう」


波多野「なんだか急に、まともなことを言わ

 れると……」


卯月「先ほどから、いたってまともだが?」


波多野「まあ、そう言うだろうね」


卯月「えーと、時間は……?」


   腕時計を見る仕草をする卯月。

   その手首に時計は、ない。

   卯月を見て、波多野、ズボンの後ろポ

   ケットからスマホを取り出して時間を

   確認する。


波多野「18時52分」


   スマホを元通り仕舞う、波多野。

   卯月、片手を上げ謝意を示す。


卯月「18時30分、部活終了。生徒に一斉下校

 を促したのち、校舎内の見回りも兼ね、体

 育館用具室の戸締りに来たところで、頭部

 挫傷により絶命。その間、約20分。目撃者

 なし、現在に至る、といったところで間違

 いはないかな?」


波多野「(しぶしぶ頷きながら)まあ、そう

 だろうね」


卯月「さて、ミステリーの謎には大きく3つ

 のタイプがある。1つ、フーダニット……

 誰が犯人か。2つ、ハウダニット……いか

 にやったか。3つ、ホワイダニット……な

 ぜやったか」


波多野「うん、知ってる」


卯月「我々としてはハウダニット。まずは死

 因から、見てみよう。そこから自ずと導き

 出される答えがあるはずだ」


   片膝を突き、コンクリートの地面に両

   手を置くと、頬を擦り付けるようにし

   て何かを探す様子の卯月。

 

波多野「目立って分かるものは、ある?」


   眉を顰め、両手を握りしめながら卯月

   を見下ろす波多野。


卯月「(じっくりと辺りを眺めてから)不審

 なものは、なさそうだな」


   卯月、立ち上がり両手の汚れをズボン

   で払う。


波多野「そっか」


卯月「見たところ後頭部の陥没、裂傷。これ

 はバスケットボールの入った籠の縁に着い

 た血痕、毛髪、組織の一部からも分かるよ

 うに、その場所に頭部を強打したことが原

 因だな。ただ……」


波多野「どうしてこんなことに……」


   今にも頭を抱えそうな顔の波多野。


卯月「うむ、そうだな。では、我々が

 で考えてみよう。

 状況から導き出される仮説とやらだな」


   真面目な顔をして両腕を組む、卯月。


波多野「なぜ、頭をバスケットボールの入った

 籠に強打することになったのか、そのきっ

 かけってことだよね?」

   

卯月「繰り返すがこれは、あくまでも

 であり、仮説であるからな」


波多野「……」


卯月「大事なことなので、繰り返し二度、

 言ったまでだ」


   じと目で卯月を見る、波多野。


卯月「さて、被害者は職務を全うするため部

 活が終わり、一斉下校する生徒たちと挨拶

 を交わしながら校舎内を順に回り、まだ残

 っている生徒はいないか、確認をしてい

 た。そして体育館用具室まで来て、その扉

 を施錠する前に中を覗いたところ、そこに

 は驚くことに被害者の受け持つ生徒が二

 名。熱い抱擁を交わし、唇を寄せ合い両名

 の手は、はだけたシャツの中を夢中で撫で

 回している最中にあるのを目撃してまう。

 思わず大きな声を出しながら生徒に近寄る

 被害者。見られたことで慌てふためく生

 徒。口論になり突き飛ばされる被害者。運

 悪く、バスケットボールの入った籠に後頭

 部を打つけ、体操マットとの間に崩れ落ち

 るように俯せになった。まあ過失致死とい

 ったところかな」


波多野「橋田壽賀子もビックリの長台詞だね

 って、それより後半……やけに具体的すぎ

 ない?」


卯月「ふむ。そうだったか? では、犯人と

 被害者が人気のない体育館用具室で密会し

 ていたというのは、どうだろう。密会して

 いた理由は、ひとつ。まあ、後ろ暗いこと

 しかないよな。そして犯人と被害者の間で

 諍いがあり揉み合いの末、後は同じだな。

 頭部の強打となる」


波多野「……他には?」


卯月「単なる事故だよ。何かに足を引っ掛け

 たか、足が絡れたことによる単純な事故」


波多野「まあ、色んな可能性はあるんだろう

 けど……地面に落ちてるものは何も無いん

 でしょ?」


卯月「これといって、何も。体育館の床にか

 けるワックスの缶とかあれば良いんだが。

 見当たらないな」


波多野「ご都合主義すぎるよ」


卯月「……! 卓球のボール!」


   目を見開き、ガッツポーズのように両

   手を握りしめながら波多野へ身体ごと

   向き直る卯月。


波多野「いきなり閃いたって顔されても」


   苦笑いを浮かべる波多野。


卯月「都合が良くて、なぜ悪い。ほらそこに

 卓球のラケットがあるじゃないか。ボール

 の一つや二つ、落ちていたところで不思議

 じゃない」


   卯月、指を示す。

   そちらに顔を向ける、波多野。

   ラバーが剥がれた見るからにボロボロ

   のラケットが一本落ちている。


卯月「とはいえ、余計なことを考えるから物

 事は、かえってややこしくなるんだ。この

 状況は、誰がどう見ても事故じゃない

 か?」

  

   もう一度、改めて俯せに横たわる死体

   を見下ろす卯月。


波多野「清々しいまでの開き直り」


卯月「そんなもんだろ」


   周囲を見回す、卯月。


卯月「忘れ物や落とし物は、ないよな」


波多野「なにも」


卯月「であるならば、大丈夫だ。我々が

 したことを知る者は、誰もいな

 い」


波多野「ミステリー小説と同じように現実世

 界でも、配偶者と発見者は第一容疑者とし

 て怪しまれることが多いらしいからね」


卯月「その通り。よく分かっているな」


   ズボンからはみ出たシャツの裾を、丁

   寧に仕舞う卯月。

   波多野、それを見ながら胸元のボタン

   を一番上まで、きっちりと閉じる。




◯同・体育館用具室の扉の前

  

   卯月と波多野、体育館用具室から出て

   来る。

   肩を並べて立ち、用具室の扉の前で互

   いの顔を一瞬だけ見合わせる。

   再び、どちらからともなく、顔を前に

   戻す。

   波多野、扉を閉めようと手をかける。

   さっと傍から卯月の手が伸ばされる。

   波多野の手の上に自分の手を重ね首を

   横に振る卯月。

   波多野、何かを訴えているような顔の

   卯月を見返し、その意味するところを

   分かって、ひとつ頷く。

   安堵の表情を浮かべる卯月。


波多野「(その卯月の顔を見ながら)ちなみ

 にミステリー小説においては、ノックスの

 十戒って言うのも、あるよね」


卯月「まあ、つまりはなんだ

 よな」


   卯月、またしても無い腕時計を見る振

   りをする。


卯月「さて、そろそろ5分だ。

 規則に則って、名探偵が現れる前に帰宅の

 途につこうじゃないか」


波多野「いや……そこ、らしいから」


卯月「相変わらず、細かいな。とはいえ、名探

 偵でないのは、都合が良い。我々が新聞を

 賑わすになるかどうかは、その探偵

 の解決の仕方に、かかっているからな」


   ふっと笑みを浮かべる卯月。

   微笑み返す、波多野。

   開け放したままの扉の前から、立ち去

   る二人。

   人がひとり、通れるだけ開いた扉の隙

   間から、倒れている人間の足だけが見

   える。

   



◯タイトル


   『5分で解決探偵があらわる前に』




《了》


 


注)ノックスの十戒

 其の壱;犯人は物語のはじめのほうで登場して いる人物でなければならない。

 其の柒;探偵自身が犯人であってはいけない。

 其の捌;探偵は読者に提出しない手がかりで解決してはいけない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『5分で解決探偵があらわるその前に』 石濱ウミ @ashika21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ