第6話

 土曜日──俺は紫晞を連れて紗香との待ち合わせ場所の駅前に向かっていた。


 昨夜、紗香に連絡したら『分かりました。』との返事で応答してくれたのだ。


「お、いたいた。てか早えな……」


 駅前にはもう既に紗香が待っていた。流石にしっかりしてるだけあって早い。


 俺は待たせてはいけない思いで、走って紗香のほうに向かった。


「はあはあ、ごめん、待ったよね。はあはあ体なまってるわー」


 体育以外では運動してこなかったためか、身体が相当鈍ってる。


「う、ううん。待ってないよ」


 うぅむ、まだ少しぎこちない感じがするな……。


 まあでも来てくれたことには変わりないし、待ってないみたいだから別にいっか。


「良かった、てか紗香その服似合ってるね」


 紗香らしく柄のついたTシャツに、淡いオレンジ色のスカート……。いかにも子供を思わせる服に俺は一瞬見惚れてしまっていた。


「え、あ、ありがとう……」


 紗香は少し顔を赤くさせ、礼を言う。


 段々と気温が暑くなってきているこの夏。少し紗香に外出はキツイか?


「大丈夫? 顔赤いよ?」


「む、見ないでよ」


 俺、まだ嫌われているのか……。まあしょうがない。後でちゃんと俺の気持ちを伝えよう。


「ふ、冬稀先輩も似合ってるよ」


 おっと、不意討ちだぞそれは。恥ずいな。というか俺何も服に気を使っていないのだが……。変な柄が入ったT-シャツに黒のパンツ。


 いや適当すぎるだろ。全然何も思わず着てたわ。


「ん? そうか? 適当にあるの着てきただけなんだけどな。ありがとう。てか今何時だ?」


 俺は腕時計を見る。


「え、まだ二時半じゃん。紗香早いなー」


 驚いた。待ち合わせ時間より30分も早い……。いったい紗香は何時にここに来たんだよ。


「あの人って、紫晞先輩?」


 いきなり紗香がある方向を向きながらそう聞いてくる。紫晞だ。


「ああ、そうだよ。紫晞〜! 早く来いよー!」


 俺は遠くにいる紫晞に大きく見えるように手を振った。


 運動部のくせして走らないとは一体どういうことだ。


 紫晞は怠そうに返事する。


「わかったわかった、ちょっと待て」


 そう言って小走りにこっちに向かってきた。


 ふむ、何か今日はいつもと雰囲気がちがうんだよなぁ。服もそうだけど……。


 今の季節が夏ということもあり、紫晞は白のワンピースを身に纏っていた。長い黒髪に白のワンピースがすごく似合っており、長い脚はより清楚さを際立たせている。横から見える紫晞の横顔、特に宝石のように透き通った紫の瞳は、幼馴染の俺ですらドキンとしてしまうくらいに美しかった。


 うむ、俺は美女二人を連れていて良いのか? 知り合いに会わないことを願う……。


「よし、じゃあカフェ行くか! 俺の自慢なとこだぜ?」


「ん」


 いつものように坦々とした紫晞の短い返事。


 それから少し歩き、目的の場所に着いた。


「ここが俺の行きつけ、カモメcafeだ! 何故カモメなのかは知らないが。」


 そこは普通のどこにでもあるようなカフェ。俺の行きつけの場所だ。何故かって? 安いからだ!


「入ろ入ろー」


「ん」


 何も言わない紗香は少し心配な表情で俺についてくる。




 カランカラン、と扉を開けた時特有の音が鳴る。


 店員はいつもの言葉を言う。


「何名様ですか?」


「三名でーす」


「では、あちらの席でお願いします」


 俺達は奥の席に案内される。


「ではごゆっくり〜」


 俺は真っ先に奥のほうへと座った。そして俺の横に紫晞が。四人で囲むテーブルなので紗香は俺の目の前に座る。


「何頼む? 俺はミルクティかな」


「トマトジュース」


 紫晞はやはり口数が少ない。だがこれがクールで良し。それに栄養重視でトマトジュース。そらみんなに好かれるわな。


 紗香は少し考え、


「じゃあ私もミルクティで」


 俺と同じものを頼む。


「はーい。店員さ〜ん!」


「はい、ご注文はなんでしょうか」


「ミルクティ二個と、トマトジュース一個で」


「かしこまりました。少々お待ちください〜」


 そして店員は厨房の方へと戻っていった。


「そういえばあれだな。紗香と出かけるの初めてだな。なんか緊張するなー」


「そうですね。それに紫晞先輩も同じですし」


「そうだな、紫晞はいっつもこんなんだから気にしないでくれ。本当は紗香と喋りたいはずだから」


 そう俺が言うと、紫晞は少し顔を赤らめた。


 いや結構適当に言ったのだがあってたパターンか。


「冬稀先輩」


 紗香が唐突に切り出してきた。


「ん?」


「私に言いたいことって……」


「ああ、そうだったな」


 忘れていた……。ちょっと実は久しぶりのカフェでテンションが上がりすぎていたかも……。


 店員が三人分のドリンクを持って来た。


「はい、ミルクティ二個とトマトジュースでーす。それではー」


 店員は笑顔でドリンクを置いて、厨房に戻っていった。


「来た来た、はいどうぞー」


 俺はドリンクをみんなの前に置いていく。


 紫晞はもうトマトジュースを飲みだした。それにつられたのか、紗香も一口、ストローに口をつけミルクティを飲む。


「──!? 美味しい!」


「だろ? ここはミルクティがめっちゃ美味いんだ。それ以外は飲んだことないが……」


 なんか今思えばミルクティ以外飲んだことがない。やべぇ、これじゃ行きつけ名乗れねぇぞ……。


 だが確かにここのミルクティは美味しい。まろやかなコクに、甘く、勉強のお供に良いのだ。


 そんなことはどうでもいい。早く言わなければ……。


「で、だ」


 紗香はストローから口を離し、俺の方を向いた。


「単刀直入に言わしてくれ」


「うん……」


 紫晞はトマトジュースを飲みながら、その瞳を紗香に向ける。


 俺は意を決して言った。



「俺は紗香のことが好きだ! 俺と付き合ってください!」



 頭を下げる。


 もうどうなってもいい。嫌われててもいい。でもこの気持ちだけは伝えないと俺の気が済まねぇ。


「……え、え?」


 紗香は戸惑う。流石に嫌ってる相手に告白されたらどう対処すればいいのかわからないだろう。


「えーと、う、浮気?」


 うーむ、気まずいな……。どういえばいいのやら。


「あーそのことだが、俺実は紫晞と付き合っていないんだよな」


「え?」


 紫晞もうんうんと頷いている。


「じゃあ、紫晞先輩とはどういうお関係で?」


「幼馴染だ」


「付き合っているはどうして言われてるの?」


 そこで初めてまともに紫晞が口を開いた。


「私、男がずっと付きまとって来るの。それが嫌でちょっと冬稀に協力してもらっただけ」


 紗香は今までとは違って驚いた表情を見せた。


 前までずっと思っていたことが違うと否定されたからだろう。


 そして少しの間が空き、紗香は口を開いた。


「わ、私は!」


「うん」


 紗香は頭を下げ──



「私も冬稀先輩のことがずっと好きでした!!」



 …………。う、そだろ……?


 いや、でも薄々感じてはいた。


 だがどうだ、期待してはいけない。紗香は俺の告白への返事をまだ言っていない。


「ありがとう。……返事……」


「あ、あ……」


 熱い。心臓がうるさい。


 紗香の眼にうっすらと雫が見えた。


「うっ、うぅ、わ、わたし……ぅ、ふゆきせんぱいと……」


 紗香は子供のように顔を涙で濡らす。




「つきあいたい」



 時が止まった。


 いや、止まったように感じた。


 俺がずっと願っていたことが叶ったから。


 あの時、俺は紗香の手を引いていて良かった。


 俺の行動は間違っていなかったのだと、今、はっきりとそう思えた。




「ありがとう。これからよろしくね、紗香」




 紗香は涙ぐんだ笑顔で言う。




「うん!」






 ◇◆◇






「──ねえ、華柳冬稀?」


 ん……? 俺?


 五限が終わり、休憩時間にかかった教室は喧騒であふれる。


「ん? なんだ? てかなんでフルネーム!?」


「だって全然気づいてくれないんだもん」


 横にいるのは朝霧紫晞。学校の高嶺の花であり俺の幼馴染でもある。


「ごめんごめん、わりぃ、考え事してたわ。で、なんだ?」


 ん? 少しデジャブを感じた……。いや、気のせいか……。


「だから、最近紗香さんとはどうなの?」


「いや〜どうって言われても……実は前とあんま変わらないんだよなぁ」


「確かに。前からすごく仲良かったもんね」


「うん……」


「まあいいわ、見てなさいよ瀬田紗香さん。こっから私の逆転劇が……ッ」


「ど、どうしたんだ!? いつもの紫晞らしくないぞ!?」


「あ、ああ、ごめん。ちょっとね」


「そ、そう……」


「…………」


「…………」


「次の授業の準備をするわ」


 そう言って紫晞は立ち上りロッカーの方へと行った。


「うーん、最近ちょっと紫晞の様子がおかしいんだよなぁ。まあいっか、いつか戻るだろ」


 そして俺も次の授業の準備をするためロッカーに向かった。

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学校の高嶺の花に「私の彼氏になって」と言われてから、本命の子に嫌われたのだが 穏水 @onsui

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