第5話

「うん、いいね」


「そ、そうですか?」


「いやマジで。もう俺より上手いんじゃね?」


 俺と紗香のギター練習は続いていた。


「それはないですよー」


「まあ俺より上手いは冗談だけど、本当に上手くなってる」


 アーティストを目指している俺から見ても、紗香の成長速度は凄まじく速かった。これが才能ってやつか……。


「いえいえ、冬稀先輩が教えるの上手じょうずすぎるんですよ」


「えへへ、そうかな? 紗香の飲み込みが早すぎるだけじゃなくて?」


 くそ、お世辞が上手い。


「本当に先輩って謙虚ですよね。もっと自信持っていいんですよ?」


「ありがとう、そういう君も自信ないんじゃないのかな?」


「うっ、バレたか……」


 こういうやりとりがいいよな。何気ない会話。


 俺は腕時計に目をやる。


 おっと、もう6時か。やっぱ紗香と話してたら早いな……。


「いつの間にかもう六時前になってたわ。紗香との練習が楽しすぎて時間が早く感じるね」


「そうですね……。じゃあ私帰りますね」


 ん? 暗く……。あれ、俺何かいけないこと言ったかな。


「うん」


 紗香につられ俺もギターを仕舞う。


 すると、紗香は帰る用意を済ませ足早に部室を出ようとした。


 どういう事なのかさっぱりわからない。いや、もしや……。


 いつものように俺は紗香を帰りに誘う。


「紗香、一緒に帰ろ!」


 紗香の足が止まり、俺を向いた。暗い顔だった。


「でも、冬稀先輩の彼女さんに失礼だし……」


「えっ……」


 やっぱりか。確かにそう捉えるのも無理は無い。むしろ俺が紗香にちゃんと伝えていないのが悪いな。


「ああ、それなら大丈夫だよ」


 紗香は黙ったままだ。


「一緒に帰らないの?」


「来ないで!……先輩は……先輩は私の気持ちなんてわからないでしょ!」


 ……驚いた。初めて聞いた大きな声。


 俺は紗香の事を何も考えていなかったのか。


「……ごめん。俺は……」


「帰る」


 紗香は俺の言葉を遮り、部室を出ていってしまった。


「……紗香……」




 ◇◆◇




 校門の前をとぼとぼと通り過ぎる。


 紗香にあのような事を言われてから気がしょんぼりと、もう立ち直れる気がしない……。


「あ〜あ、やっぱ俺じゃダメか……」


「冬稀!」


 はぁ、俺の名前が呼ばれる幻聴まで聞こえてきたよ。


「華柳冬稀!」


「んだよ」


 流石に俺は後ろを向く。


 そこには見慣れた顔の美女、朝霧紫晞がいた。


「お前……部活はどうした」


「終わったわよ、今何時だと思ってるの。それより何で歩くのがそんなにも遅いの?」


 先程まで遠くにいた紫晞がもう俺の横に並んでいた。やはり運動部は脚が速いものだ。


「いや〜別に……」


「ふ〜ん、さては瀬田紗香さんに──」


「おーいおいおい、それ以上は言うな。俺の心が──」


「嫌われちゃったんでしょ〜」


「あああああ」


 ──来ないで!


 あの台詞がフラッシュバックする。


 う、うぅ……本当に俺は嫌われちゃったのかな……。


 先に俺らの関係を説明しとけばよかった。


「紫晞、俺紗香に俺らがマジで付き合ってると思われちゃってるよ〜」


「そらそうでしょ、そうなるように仕組んでるのだから」


 うぅ、じゃあもう紫晞のせいだ……。


「どうしたらいい?」


「どうも何も、早く自分の気持ちを伝えたら? 女はそういうの引きずるタイプだから、早く誤解を解いてあげなさい」


 そうなのか、早くと言われても明日は休日だし、次会うのは月曜か。


 もういっそ明日紗香を呼び出して誤解を解いてみるか? 早い方が良いらしいしな……。そうしよう、紗香なら来てくれるだろう。


 いや、ちょっと紗香と俺2人はキツいぞ。今ですらやばい雰囲気なのに、しかもまだ2人で出掛けたりとかした事ないぞ。


 こうなったら──


「紫晞、頼む! 明日俺に付き合ってくれ!」


「え? 私?」


「そうだ。紫晞がいなければ誤解も解けねぇし、気まずいし……」


「別に良いけど……」


「ありがとう! 紫晞ならそう言ってくれると思ったよ!」


「えっと、」


「本当にありがとな! 紫晞にはいつも世話になってばかりだぜ〜」


「手を……」


「いつかお礼しなきゃいけねぇな」


「離してくれないかな……」


「ん? 何か言ったか?」


「手を離してくれないかな」


 紫晞が顔を赤らめ俺から視線を外す。


 おっと、いつの間にか嬉しすぎて紫晞の手を掴んでいたようだ。


「ごめんごめん、つい嬉しすぎて」


「…………」


「どうした?」


「離さなくてもいいのに……」


 ボソッと。


「え、なんて? 聞こえなかった」


「何でもない! それでどうするの明日、どこで待ち合わせするとか決めたの?」


 紫晞はいつも通りの表情に戻り、せかせかとした態度に変わる。


「ふむ……まあ、どうにかなるさ」


 場に任せば何とかなる。論を俺は唱えている。


「ねえ」


 背筋に冷気がのぼった。


「はい申し訳ありません今考えます」


 ふーもうすぐ死ぬところだった……。紫晞の前でふざけてはいけないからな……。


「えーとじゃあ俺の行きつけの場所に行こう」


「ん、じゃあその方向で」


 よし、すごく順調だ。やっぱり紫晞はしっかりしてて頼もしいな。


「あー人生初の告白かぁ」


 今まで大して気にした女子とかいなかったからな。ちょっと緊張してきた。


「え、なんて?」


「いやだから人生初の告白だなーって。結構緊張するもんなんだな」


「……告白って好きです、の告白?」


 いきなり紫晞が驚いたような顔をして俺にそう問いかけてきた。


「何を言ってるんだ、それしかないだろ。自分の気持ちを伝えたらって言ったのは誰だよ」


「そうだけど……。本当に?」


「おう、もう俺は意志を堅めたからな」


「そう……」

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