第4話
「シン・シズハ」
レンがポツリと呟いた。
「シン・シズハって何のこと?」
レンの身を案じ、父親の命に背く形になってもついてきてくれた下男が教えてくれた。
「ジャスミン、榛雫波だ。宰相様だ」
この国で王不在の時、一時的に最も有能な者が国を安定させる。それが宰相なのだ。
「その方がチェリーに指示したっていうの?」
レンはその問いには答えない。
「レン?」
「……貴女を裏切ることをお許しください」
言葉を理解する前にレンは二人の首筋を叩き気絶させた。
「馬鹿な奴。お前が選ばれるのが悪いんだ」
レンはジャスミンを担いでその場を後にした。
山奥にいるはずの医師達にも、屋敷で待っているだけの父親にも見つかる事は無かった。レンが用意し、誰にも言わずに隠していた馬車。
父親やその取り巻きたちに馬車やレンの正体がばれるのが一番都合が悪い。
山奥の宿営地と一番近くの町の中間地点。
そこに馬車をツタでかくしていたのだ。
隠密の任務だったとはいえ、町からも見える距離で見張りも置かずに何日も置いておくのは肝が冷えた。
たどり着いたのは王宮の一室
「ったく。レンを演じるのも楽じゃねえ」
「おかえりなさいませ。宰相様。王候補は見つかりましたか?」
「ああ」
シン・シズハ。これがレンの本当の名だ。
器具がジャラジャラついた白いベッドのようなものにジャスミンを乗せた。
怪しい器具にジャスミンを乗せると青白い光が起こる。
「あんたが王じゃなくて、王に生まれ変わるんだよ」
それがあんたの運命。
この装置は城内では記憶装置と呼んでいる。
適合するものはその時代に2人だけ。
男女で生まれるが、その時点では記憶装置を使える候補でしかない。
6歳を過ぎたころに特製の紙を水に浮かべると、男女どちらかの名前と容姿が表示されるようになっている。
そしてシンは男の候補者だったが、紙に写ったのはジャスミンとその容姿。
悔しいが、シンには資格がない。
だから宰相として使えることに決めたのだ。
この国の王は
襲名制でありいついかなる時も名称は同じだ。
いついかなる時も。
建国からの王の記憶を持っているのが記憶装置だ。
その記憶は凡人には耐えられず、資格のないものはすべて廃人になっている。
記憶装置の負荷に耐えられる遺伝子というものがるらしい。
それがなにかわかっていない。
これよりもさらに昔に記憶装置に耐えられる血筋というのがあったらしいが、
今はバラバラになっており、装置の示す名が頼りだ。
城に使える白い布を着た装置に造詣の深い者たちが丁寧に
両手両足、胴体、頭部に何かつけていく。
「じゃあな。ジャスミン。いい夢を」
開始の合図をシンが出す。
歴代の王の通りなら生まれた2人に人格の意味はなく、記憶装置に入ったら歴代王の巴劉玉となるのだ。個人としての記憶はないようだ。
それが思い出せない場所にあるのか、完全に削除されるのかわからない。
父親のこともチェリーのことも忘れ、ただ平穏を保つための王になるのだろう。
それから半年、王の即位式が行われた。
王女の名は巴劉玉。12歳。女王として平穏な治世を築く。
名君とうたわれ、生涯、国の安定につとめた彼の名は歴史に刻まれることとなる。
END
始まりは新緑の中 完 朝香るか @kouhi-sairin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます