第3話
「あの女の娘などを下女にしたのが間違いだった。許さないからな」
ジャスミンは父の怒鳴り声で目が覚めた。怒りを押し殺した父の声。こんなにも起こっている父の声は聞いたことがなかった。
「……どうして父様が?」
よくみれば数ヶ月前に旅立ったはずの家の中に居た。
ジャスミンの意識がはっきりしていることで父親はある決心をしたらしい。
「目覚めた者に聞かせることではないが、昨日のこと……聞くか?」
ジャスミンが頷くと、起こったことを順々に話してくれた。
深夜、ジャスミンはチェリーに襲われたらしいこと、
殺傷しようとした本人も命を絶とうと胸元に傷があったこと。
倒れた翌日、二人は起こしにきたレンに発見された。
幸いジャスミンの傷は深くなく一命を取り留めた。
しかしチェリーの傷は思いの他深く、生死を彷徨っているらしい。
「どうしたの? 顔色が悪いわよ」
「いや、なんでもない」
父はためらいながらも続きを話してくれた。
精霊探しを中断させて安全な家に帰ってきたこと。
チェリーを医師と共に山奥に置き去りにしたことを……
「なんでそんな事を……」
「私にはお前が選ばれることこそ重要なのだ」
妄執にとりつかれた父に呆れた時、ジャスミンはある音に気がついた。
音は次第に大きくなり、聞き覚えある声になって彼女に届く。
『おまえのせいだ。チェリーが傷ついたのは……』
暗い声はしばらく反響し、やがて途切れた。
「どうした、ジャスミン?」
「え? 今レンの声がして……」
「レンならあの娘と共に山奥にいるのだぞ。まったく、馬鹿なことをするものだな」
ここから山奥まで馬を使わないと厳しいのだ。
医師の馬すらも一頭しか残さなかった。荷物を運ぶための馬だった。
あれでは帰ってくるまで何日もかかるだろう。
周りの住人に何かを恵んでもらうか、果実や草を食むかしかないだろう。
父は鼻で笑い、取り合おうともしない。
「もういい。もう少し寝たいわ……」
「それがいいだろう」
「……頭痛い」
突然、ジャスミンの傷が痛み出す。
眼を開けて居られないほどに痛い。
ガタンと重い音がした。
「レ、レンの声が何故聞こえるのだ?」
どうやらさっきの音は父が腰を抜かし、座り込んだものらしい。
『チェリーは死んだ。おまえ等が殺したんだ。いつか復讐をしてやる』
ジャスミンとその父親はしばらく呆然としていた。
その後、明日の朝の到着を目指し、ジャスミンはレン達が居る筈の山奥に行くべく二人が準備を始めることになる。
最低限の荷物しか積まなかった結果、馬車は一台で事足りた。
「急がせて。なるべく速く着けるように。贅沢はしないで」
「ほんとうに行くというのか? 私はこの屋敷からでないからな」
レンたちの元に向かうといってからというもの、父はこういって屋敷中の管理体制を強化している。
荒れた大地を駆けに駆け、言葉の通り最低限のことしかしなかったおかげで予定通り朝にはレン達の元へたどり着いた。
医師達はなにも言わずに案内をしてくれた。
「レン、チェリーは……」
かけた声は簡単に途切れた。
息たえたチェリーに寄り添うレンが抜け殻のようだったから……
レンの眼には何も映らない。
〝死んだ〟のはチェリーなのだろうか、彼なのだろうか。
「レン……」
ジャスミンはかける言葉が見つからない。そんな彼女の眼に彼の行動が映る。
レンの手には紙切れが握られていた。
「ちょっと見るわね」
ジャスミンの目に映るのは驚くべきものだった。
【レン、ジャスミン様達へ
わたくしはこれからジャスミン様を殺そうとするでしょう。彼女を王にするわけにはいかない。どうか王にならないで――あの方のために
そして、レン、さよなら】
これを読んだとき、浮かぶ疑問は同じだろう。
「あの方って誰のこと?」
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