わりと無口な方のおんなの子と、わりと無口な方のおとこの子の〝かっぷる・とーく〟

齋藤 龍彦

とにかく間をもたせて

   【げつようび】


「あっ、その、おはよー」

「うん、」

「……」

「……」

「あの……、月曜日だね」

「……月曜ってどう?」

「うん、かもね。なんとなく、ね」

「……」

「……」

「……」

「……」

「でもさ、金曜以来久々に声を聞いたな、っていう日でもあるんだよ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「たまには、その、そっちの方からも話しかけて来てっていうか」

「あ、べつに機嫌はふつうだよ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「なんていうかな、どっちかっていうと無口な方だし」

「似た者どうしだよね」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ちょっと、黙り込まないで」

「なんか、さっきからずっとわたしばかり喋っているような」

「もうなんでもいいからわたしに話しを振って」

「いや、宿題はやらない選択肢ないし、なんか言うことが小学生っぽいというか」

「まさかやらないで学校に来てるとかないよね?」

「まあ当然よね」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「もう終わり? 他には?」

「……」

「……」

「あぁ、そうね。いい天気よね」

「……」

「……」

「……」

「……」

「お天気の話しでおしまい?」

「それは天気は大切だけど」

「うぅん。傘、折りたたみ傘は毎日持ち歩いているから」

「持ってきてないの?」

「少し荷物が増えても持ってきた方がいいよ、ぜったい」

「まあ今日はだいじょぶそうだけど」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「なぜに突然長ぐつの話し?」

「あぁ、傘の話しをしてたから」

「確かにね、長ぐつって小学生の頃しか履いてないような」

「だけどいちばん喜んでいたのは幼稚園の時のような気がする……」

「っていうかなんで長ぐつ?」

「『天気の話しをしてたから』って、」

「えっ、明日雨の予報なの?」

「雨は気にはなるけど、まだ朝だよ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あっ、もう学校が見えてきちゃった」

「早い?」

「あっ、早足ってこと?」

「言うほど早足かなぁ」

「朝はね、あんまりのんびりはしてられないけど」

「……」

「……」

「いっしょにお喋りできるの朝だけなんだけどな……」

「ううん、いや特になにも、」

「……」

「……」

「ああ、もう校門か」

「間に合ったねって」

「ちょっと待って、」

「じゃあまた明日の朝」

「うん」

「明日はお天気と長ぐつの話し以外で」




   【かようび】


「おはよーっ」

「おっはよーっ!」

「ようやく気づいた」

「ザンザカザンザカって、」

「朝からもの凄い降りだものね」

「あ、昨日は『お天気の話し以外』って言ったけど、」

「そうよね、さすがにこの天気は」

「だよね、正にこれが土砂降りだ。土砂は降ってはこないけど」

「それよりなんでレインコート着て傘なの?」

「濡れなさそうではあるけれど、ちょっーと目立ちすぎてるよね。誰だか分からないけど」

「え? 誰だか分からないのになんで気づいたかって?」

「さぁ、なぜでしょう?」

「種明かしは〝傘〟でしたー」

「ほら、その傘、きれいな水色よね、男子としてはちょっと珍しいかな」

「いやいや、恥ずかしがらなくても」

「べつに恥ずかしがってない? そぉ?」

「そうね、さっきから立ち止まったままお喋りだから急がないと」

「いつもより声が大きい?」

「当たり前だよ、この土砂降りだよ!」

「それもいいかなって、わたしもうけっこう濡れちゃってるし」

「レインコート? う〜ん確かに用意してないけど、した方がいいのかな——」

「あっそうだそうだ、遅刻しちゃう」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「なんか冷たいよね」

「いや、そうじゃなくて雨のことだからっ!」

「……」

「……」

「……」

「ふ……」

「ふぁっ、」

「ふぁっくしょんっっっ!」

「なんか寒いな……」

「まぁまぁだいじょうぶ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あぁ、もう学校か」

「わたし雨の日はちょっとキライかな」

「なんで? って、傘をさした人がふたりさ、並んで歩くと他の人に迷惑でしょ。これだけでもう歩道はいっぱい」

「でも縦に並んでいると話しができないよね。今日ぜんぜんできなかった」

「うん、風邪には気をつける」

「じゃあまた明日、水曜日にね、晴れるといいよね」




   【すいようび】


「おはよ、」

「暑いね、朝からこんなに晴れなくても」

「あっ、また天気の話しになってる」

「熱中症注意報? どこかで見たような気がする」

「そうだよ。極端なんだよね、近ごろ。昨日のすごい大雨の後、いきなりこんな真夏になったりさ」

「『なんで傘さしてるか』って?」

「〝話題づくり〟だったりして」

「はんぶん冗談、はんぶん切実かな」

「紫外線たいさく。シミそばかす気になるし」

「顔だよ。そんなの無い方が良くない? よく〝ルッキズム〟とか言うけど顔だからね。これは自分のためでもあるけど自分のためじゃない」

「そうそう。〝僕のため〟でもあるんだよ、そこ分かってる? 決してわたしのエゴだけじゃない!」

「いやいや、照れないでさ」

「うん、よく言ってくれたかなって、思ってる。ちょっと嬉しいかな」

「べつに縦にならなくていいよ。横に来たら?」

「相合い傘? いやっそういうつもりは考えてなかったし」

「……」

「……」

「……」

「……」

「会話は……、怪しいけど、普段は、横を歩いてくれてるよね?」

「傘があるだけで気にする必要ないと思うけどなぁ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「おっ、歩いてくれるんだ」

「いえいえ、なんでお礼言われるのか分からないし」

「まあ、でも、ね——」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「暑いよね」

「うん……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「傘で直射日光は防いでいるはずだけど」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「この気温のせいだけじゃない、なにかべつの種類の暑さ、的な?」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ふぇい、あつ〜〜〜〜〜」

「あっちっち、」

「暑いぃ〜」

「うん……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「なんで暑いときって〝暑い〟って言いたくなるんだろうね?」

「なにか無償に言いたくならない?」

「なるよね」

「言ったところでべつにね、なんにも変わらなくて涼しくもならないのにね……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あ、学校だ。そろそろ傘閉じるね」

「まだ直射日光来るけど、校門もこのままで通過するのもね」

「晴れてて相合い傘は」

「なんか今日は特別だった気がする」

「そうよね、知ってる人には見られてるよね。目の前もう学校だし」

「あの、冷やかされて『明日から一緒に行かないっ!』とかやらないでよ、くれぐれも」

「ここでお互い耐えられたら、新たなステージへ行けるかもしれない!」

「いや、ステージがどこかって言われても……」

「とにかく明日もいっしょに学校に行こう。約束だよ」

「じゃあまた明日、木曜日にね」




   【もくようび】


「おーい、おはよっ」

「しかしなんでいつもわたしの方から声をかけてるんだろ」

「ところでさ、昨日の—」

「そうそう。相合い傘。誰かになにか言われた?」

「やっぱり言われたのかー。わたしも言われちゃった」

「ここだよ、ここが肝心のトコ」

「いよいよわたし達は覚悟を決めるのだ」

「だから、今日、こうして歩いているのって、わりと、すごく、大事かも……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ちょっとちょっと、またわたしだけ喋ってる」

「うん、分かってくれてるならいいけど」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「まーた黙り込んでる。わたしだって本来無口なんだよ」

「これでけっこう無理してる」

「う〜、他のコたちってどんな会話で間を持たせてるんだろ?」

「もしかして〝間を持たせる〟って言い方がそもそも良くないかも……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「きゃっ! もうっ」

「固まってないで」

「もーっ、つまらない冷やかしするなあ」

「誰って? わたしと同じクラスのコ。ろくに口もきいたことないのにどうして来るかな、」

「負けないでよね、ぜったい」

「……」

「……」

「……」

「この状態を〝当たり前〟だと周囲に認識させることっ!」

「なんか、返事の声が小さい……」

「……」

「……」

「今が正念場だからね……」

「え? 『正念』とは何って……」

「……」

「正しく念じる!」

「なにを念じるかって?……」

「……」

「『わたしは正しい』『わたしは正しい』とか……」

「なんだろ、この比較的どうでもいいようなお話し感は……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「また途切れてる」

「もうよく分からない話しでもいいから」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あー、着いてしまった、学校にぃ」

「あの言っておくけど、この黙り込んでいる状態のことを〝当たり前〟とか言ってないからね」

「じゃあ『当たり前』とはなんでしょう?」

「そう。こうやって一緒に並んで歩いて登校すること」

「なんていうか、分かっていてくれるならいいんだよ」

「ありがとう」

「うん、じゃあ明日、金曜日。またね」




   【きんようび】


「おはよ、」

「うん、」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あの〜、ところでさ、今日は或る重大な提案があるんだけど」

「〝或る〟ってなにかって? アルはアルだよ」

「で、どれくらい重大かって言うとね、で、ぇ、と」

「〝デート〟だよ、何度も言わせないで」

「ホンライならっていうのかな、女の子の方から誘わせるのはどうかなって思うんだけど、わたしは男の子じゃないよ」

「いや、まあ自覚があるんならいいんだけどさ」

「そんなのだいじょうぶだって。考える必要がまったく無いから」

「なぜかって? なぜでしょう?」

「それはわたしが行きたいトコもう決まってるから。さーて、それはドコでしょう?」

「ヒントは楽なトコ」

「わたしが楽なトコじゃなくて!」

「じゃ、もひとつヒント。お天気に悩まされないトコ」

「分っからないかな〜」

「映画だよ。映画館。隣の席で座ってるだけだから楽だと思うよ〜、それに涼しいし」

「アニメ映画。魔法少女モノ」

「もちろん好きは好きだよ。だけど行くんだったら〝ぜったいこのタイミングで〟っていうタイミングがあるんだよ」

「今日から一週間の間。最近〝金曜から〟ってのばかりでやきもきするんだけど学校があるからそこはしかたない」

「当たり前だよ、やきもきするの。入場者特典は数量限定なんだよ!」

「ミニ色紙。今日から一週間の間は。でも週末くらいまでしか持たないかも。悪くすると土曜で無くなっちゃうとかも。だから上映回はぜったい土曜の第一回」

「そう、集めてるの、もう30枚近くなったかな。特別興味なくても特典がミニ色紙だったら観に行っちゃうかな」

「そう。ずっと一人で」

「だって、入場者特典欲しいから映画観に行くって、ほんとうなら本末転倒でしょ? 映画を観たオマケが入場者特典なわけだし」

「どういうわけかアニメばっかりなんだよね、ミニ色紙つけてくれるの。アニメはアニメでも少年漫画系のアニメではついたことないんじゃないかな」

「だからね、どちらかと言うと、なんていうの、いわゆるヲタク系? だから余計に誰かを誘いにくい」

「でも誘われてるって? それはその……なんとなく断らないようなふいんき? じゃないっ! ふんいきがあるから」

「いやいやそう見えるからとか無いから。そもそも映画を映画館で観る習慣なんてある?」

「やっぱりね。映画は映画館でお金払って観なくても一年くらい経ったら地上波でタダで観られる派か」

「だけどね〜、映画は映画館で観るべきだよ、ミニ色紙抜きにしてもさ」

「ほら、あったでしょ、テレビでさCMに切り替わった時みんな唖然としてたよ」

「え? 見てたよね?」

「〝みんな〟ってのはネットなんだけど」

「覚えてない? すっごい話題になったんだよ。とってもとっても大事な人が亡くなっちゃったすぐ後に元気よく野球してたんだよ。声優をCMに起用するとああいうことも起こるんだってびっくりしたよ」

「うん、あの時は心底思ったよ、『ああ映画館で観ておいて良かった』って」

「まあ、記憶が上書きされてしまったような気もしなくもない……」

「入場者特典? ミニ色紙はね、無くてね、原作者のマンガが載った冊子をもらったんだけど」

「だけどね、良心的は良心的なんだよ。みんなに同じモノくれるから」

「ミニ色紙ってね、ランダムなんだよ。中が見えないように袋に入っていて、3種類から5種類くらいあるんだ」

「ああ、その意味? 一人の人に何度も観て欲しいってことじゃないかな。観客動員的に。同じ人が同じ映画を二回観たら、観客動員は『1』じゃなくて『2』になるからね」

「うん、確かに言う人はいるよね、口さがない人はね、『特典品商法』だって。わたし? そこまで何度も観るお金も無いし、取り敢えず1枚あればいいかなって」

「でも期間中全部集めちゃう人はいて、いったい何回観てるんだって思っちゃうよ。なんか入るなり外に出る人とかいるとか」

「いるよ、そういうの専門語で〝転バイヤー〟とかいうみたいだけど、いったいどれだけ儲かるんだろうね」

「いや、いいよいいよ。わたしにくれなくても。それは間違いなく記念品になるからさ」

「そう。とっといてよね、大切に。ずっと。それを見て〝わたしと映画観に行ったな〟って思い出してくれたら……」

「いや、〝形見〟にしないでよね」

「あ〜、半券? 映画の半券ね。確かにアレ手元には残るけど、でも材質っていうか〝感熱紙〟っていう紙じゃない? なんか、何年か経つと文字が消えて無くなりそうで——」

「あとね、どんなに集中して観ているつもりでも観たのが一回だけだと後でテレビで観た時に愕然としたりするよ」

「え? 〝がくぜん〟なんて使ったことないって? いまわたしが使ったじゃない」

「で、愕然の続きなんだけどさ、あれ? こんなセリフあったっけ? とかこんなシーンあったっけ? とかいうのがチラホラあるんだよね。その時はけっこうショックが来るよ」

「観たときは覚えていたと思うんだけど、記憶もしばらく経つと消えて無くなりそうで」

「だけど〝モノ〟は残るから。だから映画の入場者特典も否定はできないと思うんだよねっ」

「思わない?」

「うん……、思ってくれてありがと」

「……」

「ちょっとだけ強引だったかな……」

「……」

「……」

「……」

「あっ、もう学校か。なんか今日はずいぶんお喋りしちゃったな」

「そうそう、明日の第一回の回だからね、遅刻とかはぜったいナシで」

「入場券? あらかじめ買っておいた方がいいんだけど学校がなぁ」

「ネット? だけどカード決済だったような……」

「じゃあダメだったら二回目の回で」

「うん、ぜったい時間厳守でね。じゃ土曜に」




   【どようび】


「うーんっおもしろかったね〜」

「良かった。でもちょっと待ってね、今のうちに確認しておきたいことが、」

「まだ切れてはいないか……」

「〝次も〟残ってると後ろ髪引かれるなぁ……」

「え? スマホでなに見てたかって?」

「入場者特典の有無。映画館がリアルタイムで情報発信してるんだ」

「う〜ん、まだ土曜二回目も在庫はもったか……」

「ごめん、無理に一回目にしてもらってずいぶん前の方の席になっちゃったけど……」

「どういうわけか映画って後ろの席の方から埋まっていって、最後に残るのが〝前の方〟なんだよね」

「ありがとう、〝結果論〟って言ってくれて」

「うん、今日はもう二日目だし、どうしても初回じゃないと〝いつ無くなるか〟って気が気じゃなくて」

「でも今回はミニ色紙抜きにしてもどうしても観たい映画だったから。これはホントだよ」」

「分かるって?」

「あぁ〜、そうだね。その結果がこの半分残っちゃったポップコーンだからね」

 ぽりぽり。ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。ぽりぽり。

「観たい映画見終わった後ロビーでポップコーン食べ続けるなんて初めてだよ」

 ぽりぽり。ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。ぽりぽり。

「普段は買っても飲み物だけなんだ」

「ふつうに炭酸」

「うん。今日はふたりで来てるからね、特別だよ」

「でもつい魅入っちゃうと途中から食べるの忘れちゃうし」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「わたしなんか気にしないでどんどん食べてくれても良かったのに」

「まあ、確かに食べにくいよね。指先入れたら〝つるつるつるっ〟で、知らない間に『あれ、カラだ』になっちゃうとね」

「わたしの希望を容れてくれてキャラメルにしてもらったこと考えれば〝なお〟ね、」

「言わないよ〜、『わたしのキャラメルが無いっ!』とかさ」

「そこまで気を使わせちゃって、重ね重ねなんとお礼を言ったらいいか」

 ぽりぽり。ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。ぽりぽり。

「だよね、なおさら残すなんてもったいないからね。ふたりでお金を出し合って買ったわけだし」

 ぽりぽり。ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。ぽりぽり。

「いいよいいよ、別におごってくれなくて。最初から割り勘って決めてたし。なんか〝男の子がお金を出してくれて当然〟ってのもちょっとイヤな感じもするし」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「なにがイヤかって?」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「なんとなく真横を歩いていたいんだ、このまま」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「……」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「……」

「……」

「……」

「……」

「ちょっとっなんか言ってよね」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「そうそう、びっくりしたよね、ミニ色紙。ふたりとも同じコが出るなんてね」

「だよね、なんかふつうランダムに並んでいるような気がするけど、おんなじ絵柄が続くなんてあるんだね」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「いつも一人で観に来ているから。わたしの前や後ろに並んでいた人に何が出たかなんて分からないし」

「そうだね、最初は〝一人で映画〟にもの凄く抵抗感があったけど、〝慣れ〟とは本当に恐ろしいモノ」

「そのせいで今日がヘンなカンジがする」

「特典? 来週以降? う〜ん、どれくらい続くのかな、やっぱり週替わり八週連続くらい? そういうのが定番だし」

「さすがに映画にそこまでつぎ込む財力は。一回1,000円はふつうの大人に比べると格安なんだけどね、」

「だから〝ミニ色紙〟に絞ってるんだ」

「でも同じモノが出るなんて、もしかしてこれっていわゆる相性? あっ、もちろん〝キャラとの相性〟とかそういうのじゃないからね」

「意味、分かるよね?」

「そこは『相性だよ!』って、言い切らないと」

「え? わたし言い切ってなかった? そこはホラ、〝奥ゆかしい〟って言ってくれていいから」

「どうだろう? 男の子の〝奥ゆかしい〟って」

「ぜひそこは言い切って欲しいなぁ」

「さあ言ってみて」

「わたしに聞かせて」

「さあさあ」

「さあさあさあ勇気を出して言おうじゃないか!」

「うん、そっ。そんな感じ」

「わたしも言うの?」

「え、と、じゃあ言うね」

「相性だよっ!」

「おあいこ? まあいいかも。あんまり引っ張らないでって思うし」

「そこは気にしなくていいんじゃないかな。わたしがぜんぜん気にしてないんだから。〝長くいっしょに過ごす〟なら『温和しい』方があんしんできるというか」

「あっ、その顔はなんかヘンに受け取ったでしょ?」

「もちろん軽くは見てないよ、言いたいのはね、」

「似ているかもね」

「〝なにが〟って、好みだよ」

「わたしみたいな『温和しいおんなの子』がいいんだよね?」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ちょっと、沈黙はやめて」

 ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。

 ぽりぽり。ぽりぽり。

「そりゃ中々自分で自分を〝温和しい〟と言うヒトはいないけど謎のテンションなんだよ、今日は」

 ぽりぽり。

 ぽりぽり。

「わたしの一番の自信は顔でもスタイルでもなく性格だって思ってるからね」

「そうでもない?」

「誉めてくれたのは分かったけど誉め方がちょっと微妙じゃないかな〜」

 ぽりぽり。

 ぽりぽり。

 ぽり。

 ぽり。

「あっ、もうカケラしか残ってないね、」

「カラ、」

「完全にカラだ」

「では、ありがとうございましたキャラメル味のポップコーン。ふたりの楽しい時間を」

「〝それなに〟って、ポップコーンへの感謝のことば」

「変わってるとは思わないけど」

「正直な気持ちを声にしただけ」

「ふふふっ」

「じゃ行こうか」

「はいっ? どこへ行くかって?」

「う〜ん、思わずっていうか……勢いでわたしの方からつい言っちゃったけど……『そういうのは男の子が決めてくれるべき』とか言っちゃうと古くなるのかな……」

「いいよいいよ。街をふらふら歩いてみる、で」

「悪くないって」

「それに今日はやけに調子がいいし」

「〝調子〟の意味、解らない?」

「〝お喋り〟に決まってるよ」

「やけに口が滑らかだし、そう思うでしょ? ホント、今日のわたしどうしちゃったんだろ」

「わたしだけじゃなくて今日はお互い調子いいよね?」

「お互いはお互いだよ」

「なにか言ってもすぐポンと返ってきてくれるし」

「たとえば、今からなにしたい?」

「おっ、いいじゃない。タイミング的に〝お昼〟はタイムリーだよ」

「そう、こんな感じですぐにね、打てば響く、的な?」

「うん。確かにあまり重いモノは入らないかな。ポップコーン食べたばっかりだし」

「でもまあ歩き回っているうちにお腹もすくでしょ」

「ではよろしく」

「〝よろしくってなに?〟って、」

「『じゃ行こうか』に決まってるじゃない」

「そう。そんなカンジで言ってみて欲しいんだけどな」

「ハイっ、分かりました。行きましょおっ!」




   【ふたたびめぐって、げつようび】


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あの〜、さ……。『おはよう』のあとなにも無いよね?」

「〝あの土曜日〟はいったいなんだったの?」

「……」

「……」

「なんか、間違いなく元に戻ってると思う……」

「いや、ノリとテンションとか言われても……」

「……」

「……」

「……」

「おーい、」

「やっぱり一昨日は特別な日だったのだろうか……」

「いやいや簡単に同意しないで。アレを普通な状態にしないと」

「いま喋りまくってるって言われても、これって愚痴だし。愚痴ってね、いくらでも喋れるんだよね。だけど誰の心も幸せにしないという」

「ほかの人たちがなにを喋ってるとか訊かれても……」

「やっぱり定期的に同じこと言っちゃうな……」

「うん、まあ割とたわいもないお話しなのかも。これもいつものオチだけど」

「訊ける人もいないし」

「むしろこっちが訊かれたらイヤだ」

「まあたわいのない話しはたわいもない話しだんだろうけど……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あの、その〝たわいもないお話し〟をお願いします」

「お天気? またお天気になるの?」

「そりゃまあ〝たわいもない〟の代表だけどお天気は」

「雨? また火曜日が雨になるの?」

「そりゃ先週は冷たかったけど、」

「レインコート? それ自転車通学のコが着るモノで、だいたい先週くらいの大雨になるの?」

「ならないならレインコートはいいかな」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「あぁ、学校が——」

「そうね。また今日もあまりお喋りできなかったような——」

「『土曜は除く』ですから」

「毎週映画に行くほどの財力は無いしなぁ」

「なんか開き直ってない?」

「まあ、それもそうなんだけど……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「そうね、こうやってふたりで並んで学校へ行く。それだけでもいいのかも……」

「でもどこからそういう発想が出てくるの?」

「え? 一昨日?」

「ああ〜、言った言った。『真横を歩いていたい』って」

「わたしの言ったこと覚えていてくれたんだ——」

「そりゃ嬉しいよ、嬉しいけどもう少しお喋りも」

「じゃあ明日、火曜は〝もう少し〟だからね」            (了)

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わりと無口な方のおんなの子と、わりと無口な方のおとこの子の〝かっぷる・とーく〟 齋藤 龍彦 @TTT-SSS

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