第42話 こじょはん、ゆず味噌やきもち。

 十一月。

 緑水さんが幸菴さんになってから三ヶ月が経つ。

 私たちは一週間前に籍を入れ、正式に結婚した。


 幸菴さんは昼は畑仕事、夜はオンラインで占い師の仕事をしている。占い師の仕事は特に順調で、連日予約がいっぱいみたいだ。

 私は相変わらず、動画編集の仕事をしている。月に一度くらいは出社して領収証の清算やミーティングをし、それ以外の日は古民家でテレワークの日々。


 午後二時半。庭から戻った幸菴さんが台所へ向かうのを見て、私も編集作業を一旦止めて、その後についていく。


「もうこじょはんの時間かー」

「うん、朱里は作業続けてていいよ」


 いつの間にか私たちもすっかり打ち解けた仲となり、敬語も使わなくなっていた。幸菴さんは私のことを「中野さん」ではなく「朱里」と呼ぶようになり、私にはそれが嬉しい。


「今日はなに作るの?」

「今日はね、さっき庭で採ってきたゆずを使って、ゆず味噌やきもちを作ろうかと思うんだ」


 そう言って幸菴さんは、腕にかかえていたゆずを作業台の上に置く。


「へえ、おいしそう……。私もお手伝いしよっと!」

「仕事はいいの?」

「うん、明日の夕方納品する分だから、今夜頑張れば……」

「朱里はいつもそうやって夜更かしすることになるじゃないか」

「今日は本当に大丈夫だから」


 言いながら、料理をするために手を洗い始めた。



「まず、ゆず味噌から。ゆずの皮をすりおろすよ。多めに作ってとっておくつもりだから、四個分すってしまおうか」

「じゃあ私、この二個担当ね」


 二人でゆずの皮をすりおろしながら話をする。


「そういえばね、先週注文しておいた結婚式のフォトブックが、さっき届いてたの」

「もう届いたんだ。早いね」


 一週間前、私たちは神社で結婚式を挙げた。ごくごく身内と少人数の友人だけを招いた小規模な神前式。白無垢に身を包むと「本当にこれから結婚するんだ」と実感がわいた。正直自分が文金高島田のかつらを被った姿はなんだかひょうきんで笑ってしまったのだけれど、幸菴さんが「よく似合っているよ」と言ってくれたのが嬉しかった。

 神社では専門の業者にお願いして結婚写真の撮影をしたのだけれど、その他に親や友人、会社の人が撮影してくれていた写真のデータがたくさん集まったから、それらをまとめてフォトブックにし、発注しておいたのだ。


「後でやきもちを食べながら見よっかー」

「そうだね。楽しみだ」


 ゆずをすりおろしたら果汁もよく絞っておく。


「そしたら今度は、お鍋に味噌、砂糖、みりんを入れて弱火にかけ、こうして混ぜ合わせる」

「私が混ぜるね」


 しばらくしてトロッとしてきたら、そこにすりおろしたゆずの皮と果汁を投入。

 よく混ぜて火を止めたら、ゆず味噌の出来上がり。


「じゃあ今度はやきもちの生地を作ろう」


 小麦粉に水、重曹、さっき作ったゆず味噌を混ぜ、耳たぶくらいの柔らかさになるまでこねる。そして油をひいたフライパンで焼いていく。


「もうすぐで完成だね。私、お茶淹れとく」

「うん、ありがとう」


 私は居間のテーブルにお茶を用意し、さっき宅配業者から受け取った段ボールを開けた。

 私と幸菴さんのツーショットが表紙の分厚いフォトブック。


「わあ……」


 嬉しくて思わずフォトブックを抱きかかえる。

 これも全て、あの菩薩様のおかげ……。あとでゆず味噌やきもち、お供えしなくっちゃ。

 


「いただきまーす」


 やきもちはよく作るけれど、ゆず味噌を練り込んだものは初めて食べる。

 ぱくっとひと口。


「ふわあ、おいしい!」


 ゆずの爽やかな風味とお味噌のコク、程よいあまじょっぱさが口に広がる。


「気に入ってもらえたみたいだね」


 そう言って幸菴さんは笑った。

 私はいつだって幸菴さんのこじょはんをおいしいおいしいって食べているのに、飽きもせずに幸菴さんはそんな私を見て喜んでくれる。


「フォトブック、見てみる?」


 ページを開く。

 するとそこには結婚式のために集まってくれた色んな人の笑顔があった。


「わ、麻衣が泣きながら笑ってる写真だ」

「大和くんも来てくれたね」

「お義父さんとお義母さんも嬉しそう」


 今や大家さん夫婦は私の義理の両親だ。一時入院していたお義父さんも一カ月ほどで退院し、今は健康状態に問題はない。とはいっても色々と身体に不自由な面が出てきていてお義母さんだけでは大変だから、頻繁に私と幸菴さんは義実家を訪れてお手伝いをするようにしている。


「朱里のご両親も、喜んでくれていたね」

「幸菴さんがとってもいい人だってわかったから、きっとホッとしたんだよ」


うちの両親は放任主義だが、一度目の結婚が直前で駄目になったときにはさすがに心配をかけた。これから私が幸菴さんと幸せに暮らしていくことで、段々ともう大丈夫なんだなって安心してもらえたらいいな。


 フォトブックを眺めてあれやこれや話しながら、私はまた、ゆず味噌やきもちに手を伸ばす。


「はーおいしい。いくつでも食べられちゃうな」




 秋も深まり、最近はすっかり日が暮れるのも早くなった。まだ四時半だというのにもう日が沈みかけている。

 私は縁側に腰かけ、あかね空を眺める。


「寒くないの?」


 幸菴さんがやって来て、私の肩に半纏をかけてくれた。


「あ、これ。この前買ったやつだ」

「そうそう」


 半纏の柄は同じなんだけど、私のは朱色で幸菴さんのは藍色。幸菴さんが気に入って買ったものだ。


「ねえ、それを着ていると、あの頃みたい」


 藍色の半纏を羽織った幸菴さんの姿が、毎日作務衣を着てこじょはんを作りに来てくれていた緑水さんだったころの姿と重なって見える。


「確かにそうだね。最近は洋服を着ることが増えたから」


 幸菴さんには洋服も似合っているけれど、やっぱり和風の装いが一番似合う。

 よいしょ、と彼も私の隣に腰を下ろした。


「今日の夕ご飯、おっきりこみでいいかな?」

「うん。……おっきりこみって、あのやけに横幅の広いうどんみたいな料理のことだよね?」

「そうだよ」

「具は?」

「うーん。きのこと大根、ねぎ……かぼちゃも入れようかな」

「いいね、あったまりそうで」

「うん」


 段々手が冷えてきた。両手をこすってハーハーと息をかける。


「もっとちゃんと着たらいいよ」


 そう言って幸菴さんは、私の半纏の紐を結んでくれた。


「ありがとう」


 嬉しくて、彼の肩にもたれかかる。


「こうしていると、まるで田舎のおじいさんとおばあさんになったみたい」

「……田舎のおじいさんとおばあさんで、いいの?」


 少し不安げになった幸菴さんの手を取り、私は言った。


「いいんだよ」


 そのまま私は彼と手を繋ぎ、夕焼け空のグラデーションが移り変わっていく様子をじっと見つめていた。 



 幸せに決まった形はないし、全ては変化し続けていく。まるでこの美しい空の色みたいに。

 私は常になにかを失いつづけ、そして得つづけていくんだろう。

 そんな私の傍らに、常にあなたがいますように。

 だってあなたはできそこないの私にとってなにより大切な、世界にたった一人の片割れなのだから。


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こじょはんにしましょう ~テレワーク続きなので群馬の古民家に引っ越したら美男の化け狐が毎日おやつを作ってくれるようになりました~ 猫田パナ @nekotapana

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