31 夏祭り

 祭りの日の夕方。待ち合わせの時間の五分前に行ったらもうリカルドがいた。


 相変わらず時間前行動が徹底してる。んでもってまた景色に溶け込んでる。今日は木陰じゃなくて柱の横だったけど。


 薄い水色のシャツとオフホワイトのスラックス姿だ。前までならこんな色合いも着るのかって驚いてるだろうけど同居している間に何度か見た組み合わせだ。


「お待たせしましたか」

「いや、今来た」


 なんかカップルの待ち合わせみたいじゃないかって思っちゃうのはリサがあんなこと言ったからだな。


 さて、予約してる店はここから五分ぐらいのところにある。

 早速向かいましょうと歩き始めた。


「ところでそれは何だ?」


 リカルドはおれが持ってる大きい紙袋に目をやって尋ねてきた。やっぱ目立つよな。


「すぐにわかるよ」


 にやっと笑ってやると、何かよからぬことを考えてるのか的な目で見られた。


 店はテーブルが十席ほどとカウンターのある飲み屋さんだ。日本にはよくある感じの店だと思う。

 もうすでに何組かの客がいて、ビールと食べ物を前に盛り上がってる。

 前に来た時よりも店内が祭りの日って雰囲気で浮かれてる感じだ。


 珍しそうに店内を見るリカルドを横目に、予約していることと、あの企画に参加するから奥の部屋を貸してほしいと言うと日本人店主が「あぁ、リュークさんか。どうぞ」って日本語で挨拶してくれた。


「リカルド、こっちだよ」


 奥の畳の部屋に連れて行く。靴を脱がないといけない事にまたちょっと感心しているリカルド。これからもっとカルチャーショックを味わってもらうからな。


 おれは紙袋から浴衣を出した。


「はい、これに着替えるぞ」

「着替える?」


 少し声が上ずった。あははっ。その反応待ってました。


「おれが手伝うから。まずシャツとか脱いで」

「いや、ちょっと待て。こういうのは聞いていないぞ」

「あぁ、話してなかったからなー。あ、おれが手伝いじゃいやか? スタッフさん呼ぶ?」


 もう逃げられないぞといわんばかりに笑うとリカルドは観念したかのように服を脱ぎ始めた。

 怒って帰る可能性も考えてたけどよかった。さすがに祭りの雰囲気を壊したくなかったのかな? だとしたらあの楽し気に飲んでた客に一杯おごりたい。


 着付けさせるのにちょっと苦労した。自分と人とじゃ勝手が違うからな。


 紺色の浴衣で帯は薄いグレーだ。

 うん、似合ってるぞ。上背があるからこのまま街に出たら目を惹くだろうな。


 姿見に映った自分の姿にリカルドは軽く口を開いて唖然としているような感じだ。

 ほら、よくある「これが……、私?」みたいな反応。


 まんざらでもないんだろう様子ににやにやしつつ、おれも着替えた。

 こっちはリカルドとは逆に薄い灰色に紺の帯だ。


 着替えてから店に戻る。もちろん草履も用意してある。先日買ったのは草履だ。鼻緒の感触を確かめたかったからな。鼻緒ずれって結構痛いっていうし、柔らかいやつにした。


 ついでに扇子もな。話題にしたから団扇にしようかと思ったけどこっちの方がさまになるんじゃないかってね。


 おれらが戻ると店内が盛り上がった。


「似合ってますよ」


 店主は満面の笑みだ。他の客もにこにこしてる。

 リカルドは笑ってないけど、怒ってもいなさそう。


 席について、最初の一杯を、って話になった時に。


「こんばんは」

 女性の声がかかった。


 見ると、あの、ディアナ似の女性だった。友人と来てるみたいだな。

 今日はリカルドは彼女を見ても驚かない。もうただ似ただけの人って判ってるしな。


「あぁ、こんばんは。奇遇だね、リカルドの隠し子さん」


 笑うとリカルドの「おい」ととがめるような声。


「隠し子?」

 そっくりさんの友達が驚いてる。


「初めてお見掛けした時に、わたしがお父さん? って声をかけちゃったから」


 そっくりさんは笑って理由を友人に説明してくれた。

 ほら、これが父なのとおれらにも見せてくれた携帯の写真は、ぱっと見、リカルドだった。よく見たら違うって判るけど、そりゃ声もかけるよな。


「わたし、ジュディ・オーランドといいます。あの時は失礼しました」


 女性、ジュディはリカルドに軽く頭を下げた。


「リカルド・ゴットフリートです。こちらこそ、知っている女性ひとに似ていたものですから、すごく驚いてしまって。……ジュディさんこそ、驚かれたでしょう」

「はい。まるで幽霊を見たかのようなお顔でした」


 ……ぷっ。

 思わず噴いた。


 こらえきれずに笑うと、ジュディとお友達が笑った。

 リカルドも、大笑いじゃないけど愉快そうにふふふと声を漏らした。


 この顔見ただけで今日はここに来て大正解だ。


「これから店の人に記念撮影してもらうんだけど、ジュディ達も一緒に混じる?」

「え? そんな、悪いですよ」

「なんも悪くないよ。店主、いいよね?」

「いいですよー」


 にこにこ顔の店主がデジカメを持ってきた。

 ってことで四人で記念撮影してもらった。


 この写真はお祭の期間中、店に飾ることになってる。希望すればデータをくれるそうだ。

 そりゃもちろん、おれはもらうよ。

 ジュディの隣で柔らかく笑うリカルドの顔なんて、永久保存ものじゃないか。


「もしもよかったら、一緒に飲まない?」


 ジュディ達を誘ってみた。


「はい、お邪魔させてください」


 さらっと了承の返事にリカルドも文句は言わない。


 祭りの日くらい、かたぎもマフィアも関係ない。祭りを楽しむ者同士だ。

 リカルドもそう思っててくれるといいな。


 主にしゃべってたのはおれとジュディの友人だったけど、楽しい飲み会になった。

 これを機にリカルドがジュディといい仲になる、なんてことは全然期待してないけど、せめて人と触れ合うことへのハードルが下がってくれるといい。


 願わくば、これからのおれの仕事にもいい影響があればな、と思いつつ。


 祭りの夜は、更けていった。



(了)

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魔王社長は何見て笑う 御剣ひかる @miturugihikaru

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