そして王女は剣を取る

すうぃりーむ

第1話 王女は決意する

「久しぶりに、眠れないな…」


 窓から差し込んでくる優しい月明りを浴びながら、メイドたちから挙がってきた報告書を眺める。時計を見ると、既に時刻は深夜二時を回っていた。しかし、彼女にしては珍しく、二時を回っても眠気はそこまでなかった。


 こんな眠れない夜は、優しかったお母様のことを思い出してしまう。

 小さいころ、寝つきの悪かった私は眠れなくなって泣いてしまうことが多かった。そんな時はよく、優しかったお母様のお部屋に通いこんでいた。お母様はそんな私を見ても決して怒らず、むしろ仕方ないわね、と苦笑いしながらお母様は一人で寝るには広すぎるベッドに誘ってくれた。そして、そんな眠れない夜はお母様が古ぼけた本に書いてある私が好きな魔戦時代の英雄たちの戦いについて読み聞かせてくれた。勇者の超人じみた剣術と精密な魔力制御によって成り立つ魔法から生み出される魔法剣によって敵を薙ぎ倒していく姿。その力は、仲間を守るためにしか使わなかった生き様で、最後までその信念を通した魔王の姿。そして、その信じられないような偉業を優しい声で読んでくれるお母様の愛情。王妃であり忙しかったお母様と一緒にいることのできる貴重な時間のすべてが私は大好きだった。


 しかし、赤い満月の夜。いつものように読み聞かせてもらっていると、お母様はいきなり私の頭を優しく撫でてきた。


 「うふふ。相変わらず、フローリアは綺麗な銀髪をしているわね」

 「おかあさま、どうかしたの?」


私がそう話しかけると、憂い気な顔をしながら話し始める。


 「良い?リア。この国は、少しずつ壊れ始めてきてしまっているわ。私やフレーデル王にはすでに止めることができないほどに─。」

 「壊れてる?どういうことー?」

 「まだリアには早かったかもしれないわね。けれど、これだけは覚えておいて。いつか、あなたを、この国を救ってくれる人は現れるわ」


 そう私に言い残したお母様は少しして病気で倒れてしまった。幸いにも命に別状はなかったが、今でも闘病生活を余儀なくされている。

 今なら、お母様が言っていたことが少しだけ理解できる。この国は、この世界は。


 「壊れ始めてきている」


 この国の上層部は主に公爵などを始めとした上級貴族が大半を占めている。しかし、その貴族たちは繁栄のためと謳いながら私腹を肥やすためだけの政策を打ち出し、国民を完全管理しようとするだけではなく、法外な税をむしり取り生活を苦しめている。また、裏では怪しげな新興宗教と繋がりを持っているという情報がメイドたちから上がってくる始末だ。

 いうなれば、魔戦時代を戦い抜いた勇者たちによって建国された自由の象徴であるアルタリア王国は千年の時を経て閉ざされた鳥籠のような地獄へとなり果ててしまってきているのだ。


 「けれど、そんなことは許さない」


 だって、私はこの国を、この世界を守っていきたいから。


 「…今日は、もう寝よう」


 明日も学校である。彼女はまだ重くない瞼を強引に閉じ、一人で寝るには少し寂しさを感じられるベッドに横になった。綺麗に淡い光を届けていた月は、少しだけ雲に隠れてしまっていた。



 

 「お嬢様。起きてくださーい!朝ですよー!」


 そう言って侍女兼護衛の幼馴染、シャルロッテが起こしに来た。


 「ぐうぅ…。もう少し、もう少しだけ…寝かせて…!!」

 「だらしないですよ。早くっ…!起きてください!」

 「やめ、やめろぉ…!」


 そんな私の切なる願いは届くわけもなく、毛布を強引に奪い取られ、私の視界にはたわわな二つの山を持った金髪の美少女、シャルが目に入る。部屋に入ってくる光に目を細めながら、仕方がないので、のそのそと身体を起き上がらせる。


 「おはようございます。リアお嬢様」

 「…おはよう。シャル」


 ぼやけて見える目をこすりながら、挨拶を返す。そうしている間にもシャルはテキパキと毛布を畳んだりと、メイドとしての仕事をこなしていく。


「ふぁ~…」

「お嬢様。また徹夜ですか?少しはご自身を労ってください」


 あくびをする私を見て、シャルは少し厳し目に叱ってくる。よく徹夜をしてしまい寝不足になってしまうのでこうやってシャルに心配をかけてしまっている。申し訳ないのだが、やっぱりやることが多くなってしまうのでどうしても徹夜せざるを得ない状況ができてしまう。


「いや、徹夜はしてないわ。純粋に眠れなかっただけよ」

 私がそう言うと、シャルは驚いたようで先ほどより大きな声になる。

「お嬢様が…!?あの、いつもだらけているリア様が!?」

「失礼なメイドね…。私がだらけているのは本当だけれど、そんな毎日ゴロゴロと自堕落な生活を送っているわけないでしょう!?」

「いつもお嬢様のお世話をしているのは私ですよ?日頃の生活を自分でもう一度よーく振り返ってから言ってください!…それで、何をなされていたんですか?」

 「眠れなかったから、この前頼んでおいた報告書が上がってきたから目を通していただけよ」

 「ああ、例の事件の報告書ですか。何か詳細は掴めましたか?」


  いきなり魔物が街中に現れ、暴れてしまった事件。幸いにもすぐに騎士団が駆け付け、死傷者などは出なかったがこの王国においてそんな事件は前代未聞だ。


 「いや、騎士団が調べていた情報と大して変わらなかったわ。強いて言うなら、私が見たこともない魔法が使われていた形跡があったぐらいよ」

 「お嬢様がですか…?どのような魔法か検討は付いているのですか?」


 私は大陸随一の学園、アルタニア魔剣術学園を魔法の研究を専門としており、この国の次期聖女候補。そのため、魔法の扱いや知識においては普通の人よりも圧倒的に上を行くとは自負している。とはいっても、まだ学生の身分であるので、専門家というほどではないが。そのことを理解しているからこそ、シャルもとても驚いていた。


 「少しだけ、光属性のような魔力を感じたぐらいかしら。まだ確証は持てないけれど」

 「光属性の魔力…?それはまた珍しいですね」

 「あくまで私の感覚の話だわ。それ以外は全然わかってないもの。だから、引き続き調査をお願いしておきたいのだけれど…」

「分かりました。他のメイドにも伝えておきますね。それにしても、お嬢様が眠れないのなんて珍しいですね」

 「ただ、昔のことを思い出しただけよ。お母様とのね」


 私がそう一言だけ呟くと、シャルも何かを察したのか、物憂げな顔になった。


 「…ああ、お母様の。早く元気になってほしいものですね」


 原因不明の病に罹り、闘病生活を余儀なくされているお母様。シャルは短い間しかお母様と接したことはないが、大分懐いていたの覚えている。やはり、思うところがあるのだろう。


 「ええ。そう願っているわ。…っと。もうこんな時間。早く行かないと間に合わなくなっちゃうわ」


 時計を見ると既に8時を回っている。もうそろそろ学園に行く準備を始めなければ遅刻してしまうだろう。


 「そうですね。朝食の準備をしてまいります。準備が終わりましたらリビングまで来てくださいね。それでは、失礼します」


 そう言って、シャルはベッドメイクを終わらせ私に一礼をして部屋から出ていった。


 「…早く、着替えなきゃいけないわね」


 まだ眠たいと告げる身体に鞭打って、ゆっくりとベッドから立ち上がり私服や制服が閉まってあるクローゼットから制服を取り出した。

 着替えていると、窓から街の様子が見えた。自由の象徴であるアルタリア王国は朝だというのに子供の笑い声や市場での喧噪が少し離れた王城にも聞こえてくるほどに賑やかだ。けれど、メイドたちに調べさせたり、自分で情報を集めたりして、正体不明の組織が既に裏で動いている可能性があるという結論に至った。


 「もしものことがあったときに、今の私で守り切れるかはわからない…。だからこそ、あの日お母様に言われた通りに、あのお方の封印を解いて助けを求める必要があるわね…」


 たとえ禁忌だとしても、茨の道だとしても。この平和な風景がいつか壊されてしまうのならば、私は戦うのだろう。この国を守るために。


 「やるなら、今度の満月の日…。見張りはいるはずだけれど、私なら突破できるはずだわ」


 来る次の満月は一週間弱と言ったところだろうか。それまでに計画を固めておく必要がありそうだ。


 「…っと。もうこんな時間。本当に間に合わなくなっちゃうわ」


 着替え終わり改めて時計を見ると、既に先ほどから二十分ほど経っていた。

 慌てて学園指定のカバンを持ち、シャルが待っているリビングへと走り出した。

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