非差別非人

高黄森哉

透明

 ああ、嫌だ、唇が嫌だ。そして少年は唇をえぐり取った。皆に指をさされる、紫で分厚い唇が嫌になったのだ。そこから生まれる容姿差別が嫌だ。全ての人に差別されない人になりたい。少年は切に願った。唇をゴミ箱に捨てる。鏡を見ると、歯茎が剥き出しになった顔が写る。心地が良かった。その日から、少なくとも、唇のことでは差別されなくなった。


 嫌だ嫌だ、嫌だ、醜い内反足が嫌だ。カップルが歩き方を見て笑った。ユラユラと揺れる歩き方が嫌だ。内またで自信が無さげで嫌だ。それゆえ、見くびられる差別。そして、少年は電車を待った。電車の振動が伝わる。寝そべったままでいる。警音器が奏で始める。足は完全に切断された。その日から車椅子での生活になったが、少年は満足していた。少なくとも、足のことでは差別されなくなったからだ。


 嫌だ嫌だ、ああ嫌だ、耳がおかしい。耳の位置が斜め後方にずれている。このため、病院の待合で、耳無し芳一みたいだとののしられた。子供がかわいそうだ、子孫を残さないでくれと。先天性の異常に対する差別的発言じゃないか。病院の多目的室で耳を桜の形にした。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。男でいるのが嫌だ。今さっきも、女性専用車両で袋叩きにあった。ボコボコにされても、駅員には辛く当たられるのみだった。これは性差別だ。駅の便所で、性器を切り落とした。出血が止まらない。便器の水が真っ赤にそまった。紫のペニスを水に流した。


 嫌だ嫌、嫌だ嫌。肌の色が嫌だ。もう消えてしまいたかった。だから、少年は肌を薬品につけて透明にする。だんだんと、肌は風景に融けていく。同化した肉体は誰の目にも留まらない。これで完璧と少年は思えた。


 少年が人に話しかけたとき、声を笑われた。でもこれで最後だ。喉を殴って声帯を潰した。これで誰も俺を差別できない。そう、これで誰も少年を差別できない。そして、彼は公園のベンチに座り込んだ。その時、少年は何もなかった。皆には、ここに少年が見えるかもしれない。ベンチには差別されない人間がいるのだと主張するかもしれない。しかし違った。本当のところは、


 ほら、証拠に、あのからのベンチに風が吹きつけると、滞りなく奥へ奥へ吹きぬけていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非差別非人 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説