第六本、第七本 多島斗志之 作『海賊モア船長の遍歴』『海賊モア船長の憂鬱』

 長らく書き続けております『昏の皇子』がとりあえず第二部終了したので、久々にインプットに打ち込みたいなと思い、積ん読していた本を読んでおります。

 今回はその積ん読本の中で、ずーっとずーっと気になっていた本を読み終えての感想 ―― というより、この本を読めて最高だ! という気分を伝えたいだけ。


『海賊モア船長の遍歴』。

 この本を手に取った理由は、ずーいぶんと昔々にかのNHKFMのラジオドラマ番組『青春アドベンチャー』で聴いたからです。

 私、今はすっかりご無沙汰しておりますが、けっこうラジオ派でして『青春アドベンチャー』なんて、毎夜寝る前に楽しみに聴いておりました。たまにそのまま寝落ちしてましたが。

 私が『青春アドベンチャー』から知って読んだ本は割と多くて、この『海賊モア船長の遍歴』の他には、あさのあつこさんの『バッテリー』だとか、森絵都さんの『カラフル』なんかもありましたっけね? 後にこの『バッテリー』も『カラフル』もけっこう有名になって、「ふふ~ん。私はもう何年も前に知ってたけどね」なんて、無意味な優越感に浸ったのも懐かし。


 さて『海賊モア船長の遍歴』。

 だいたい18世紀頃の、いわゆる大航海時代を経ての、イギリスやらオランダやらがアジアの各地に東インド会社なんかを置いて、植民地支配をしまくっていた時代のお話です。

 チラチラっと、日本の話なんかも出てきます。

 日本刀に憧れる鍛冶屋のおじさんとか出てきて、刀剣女子を少しばかり囓った身としては嬉しかったですね。いや、それは置いといて。

 

 イギリス国王からの勅令によって、海賊討伐を命じられたウィリアム・キッド船長から話は始まります。彼は「アドヴェンチャー・ギャレー号」という船をもらって、各地で乗員を募集し、そこに船員 ―― 通称大樽の仲立ちで、ジェームズ・モアという元航海士の男が入ってきます。

 モアは元々東インド会社の船で航海士をしていたのですが、ある日、船は海賊に襲われ、モアは運良く命拾いしたがために会社から海賊の手先と疑われて解雇されます。しかもほぼ同時期に新婚の妻が変死を遂げ、この死にもモアが関わっているのではないか……という疑惑を持たれ、すっかりやさぐれて酒場の隅で野垂れ死ぬしかないような状況で、新たに「アドヴェンチャー・ギャレー号」の乗員として誘われるわけです。


 で、その後に「アドヴェンチャー・ギャレー号」が海賊共をばったばったと薙ぎ倒していく話かというと、そうじゃありません。なんと「アドヴェンチャー・ギャレー号」は、海賊を見つけられずに食料にも困る有様となり、とうとう自分たちが海賊行為を働くようになるのです。

 モアはその頃になるとキッド船長の副官みたいな立場になっていたのですが、元々、堅気の航海士でもあった彼は、当初はやっぱり海賊行為に対して悩みます。海賊の内通者であるという冤罪をかけられていた、という過去の苦い思い出もあったでしょう。


 最終的にはこのキッド船長、どうにも中途半端な人間で、結局モアらと袂を分かつことになり、その後は英国に戻ったところで絞首刑になります。これは史実にも残ってることで、ウィキペディアで「ウィリアム・キッド」で調べれば出て来るでしょう。ちなみに「アドヴェンチャー・ギャレー号」も現実にあった船で、wikiの中ではキッド船長によって沈められた……ということになっているのですが、この作品の中ではこの船をモアが貰い受けて、その後の物語が始まっていくわけです。


 さて。一般的な海賊の印象といえば……

『ワンピース』に出てくる麦わらの一味的な感じなんでしょうか?

 あるいはジャック・スパロウ(by『パイレーツ・オブ・カリビアン』)でしょうか?

 多くのみなさんが想像するような海賊といえば、大らかで、元気、ある意味、というものではないでしょうか? ものすごく性格が悪いのとかもあるでしょうけど、何にしろ、現世風に言えば「陽キャ」というのが、私の中のイメージです。


 ですがモアは、わかりやすく言えば「軍師」タイプなんですよね。

 ものすごく冷静で、淡々としている。海賊というと、頭に血が上って「野郎共、行くぞッ!!」ってな感じで猪突猛進していくような姿が思い浮かぶんですが、モアはまったくもって、激昂するということがありません。捕まって牢屋にいるときですら、落ち着いている。内心で焦っていても、一生懸命考えて、いい方策を見つけようとする。真面目なんです。


 しかし当初、私はモアにあまり魅力を感じませんでした。

 なんというか……普通なんですよね。とても普通の人なんです。海賊の中にいると常識人で、少々物足りなさすら感じるくらい、普通で均整の取れた感覚の人なんです。でもこれがねー……段々と、じわじわと、いーい感じに格好良くなっていくんだな!!


 海賊となったばかりの『海賊モア船長の遍歴』においては、まだまだ戸惑いの多かったモアですが、二作目の『海賊モア船長の憂鬱』においては、海賊の首領としての自分を認めた上で、より熟成した(ある意味老獪な)性格になっていて、魅力度マシマシです。


 ここで私がモアの魅力にはまったエピソードを一つ。


『海賊モア船長の憂鬱』の中で、ある言い争いが起こるんですが、そこでモアはまったく自分の言い分を曲げようとしない男を言いくるめて、ともかくその場を収めます。で、そのことについて外部から来たクレイという男に「どう思ったか?」と問います。クレイは男の言い分を認めるべきだった、と言い、ある意味な主張を展開します。ですが、そこでのモアの返答は以下の通り。


「見かけがいかに公正であろうと、周りから見ていてどうにも納得のいかない裁定というものがある。逆に、なにやら不公正な気配はあるものの、みなが納得できる裁定というものもある。おれは後者を大事にする。仲間の者たちも、同じ考えのようだ」

「おれの仲間はのほとんどはイギリスで生まれたが、いまはイギリス人ではない。イギリス社会から飛び出してしまった漂流民だ。イギリス社会での正義と、われわれの中での正義は、必ずしも同じではない」


 現在のような、国であったり都市であったりがしっかりと出来上がっている世界においては、裁定というのは法に則って行われる『公平』で『公正』なものである……いや『公平』で『公正』ものでなければならない、という『常識すりこみ』があります。

 けれど彼らは元より無法の中に生きる海賊たちです。いわば小規模の自治組織で、小さな諍いや、不平不満など毎日のようにあるでしょう。その中で一つの集団として生き残るためには、ただただびっちりとした『公正さ』にこだわっていては、しこりを残す場合もある。いわばモアのこの考えは、海賊の首領としての智慧なのでしょう。

 これを不公正であり、モアの言葉を詭弁と言えるのは、組織に属さない者、あるいはその組織への責任を持たぬ他者(この場面でいえばクレイ)でしかありません。

 私個人としては、モアの仲裁を「詭弁だ」と断じるクレイの考えも理解できます。

 ただ、このときのモアの返答に、私はとても彼の成長を感じたのです。

 海賊となってからの数年間、おそらく彼はいくつもの難題をかかえたことでしょう。海賊業だけでなく、仲間内の諍いなんかも。大事だいじであれ、小事しょうじであれ、こうしたことを地道に、実直に取り組んできたからこその、この言葉に辿り着いた彼に、ある種の熟成された大人の男の魅力を感じずにはいられません。


 もちろんモアだけでなく、他の海賊の面々もなかなか味のある人がたくさん出てきます。

 船の中って、けっこう水夫以外にもたくさんの職業の人が乗ってるんですね。

 医者や料理人は想像できますが、意外だったのは鍛冶屋。ちゃんと船内で火を起こして、錨やら留具やら、船の部品なんかを造ったりしてるんです。この鍛冶屋のおじさんの渾名が「プラトン」。物静かで、哲学者っぽいから。

 他には夜目が利くから「ふくろう」。しょっちゅう貧血を起こす、今で言う気象病みたいなものを持ってる「奥方(男)」。モアを誘った「大樽」さんとか、泳ぎの得意な「イルカ」とか。

 この渾名があるってことは、いわばそれだけ特異な才能であったり、特徴があるってことで、『海賊モア船長の憂鬱』においては、海賊モア一味になったばかりの若い兄弟が、いつか渾名で呼んでもらえるように、って頑張って剣術の稽古とかしてたりして……これまた微笑ましい。


 物を書く身としては、この海賊たちの『きたなさ』、おじさん臭さ、男所帯特有の鬱陶しさなんかが、本当に参考になるというか、羨ましいというか。

 なかなか書けないんですよね、この『汚さ』って。

 美しい描写は書けるんです。頑張れば。そういう景色は思い浮かびやすいんです。

 でも、描写って、ある意味難しい。美しさはどこか無機質というか、であっても良いんです。宇宙の絶無ゆえの美しさなんて、最たるもので。

 でも『汚さ』には、必ず息遣いが必要だと思うのです。生活感がないと、読者としては納得できない。少なくとも私はそうです。

 汗っだくの酸っぱい野郎共の体臭、くっさい息、そんな汚ねぇ空気の籠もった船内……こういう情景、書きたいなぁ。


 ま、私の物書きとしての願望はさておき。

 ひとまず『海賊モア船長の遍歴』のあらすじに戻りましょう。


『海賊モア船長の遍歴』においては、ただの航海士であったモアが海賊の首領となっていく姿を描きつつ、彼の行方不明となった兄のこと、変死した妻の謎なんかが同時並行で語られてゆき、最終的には宿敵ともいえる海賊ブラッドレーとの戦いで話が終わります。この最後の戦いで、ようやくモアというその人の稀有なる戦術眼が読者にもわかりやすく見えてきて、もっとこの先の活躍を見たい……! と思った期待に応えての二冊目『海賊モア船長の憂鬱』です。


 こちらではモアは既に海賊の首領として、各地で勇名を馳せるようになっています。

 その頃、東インド会社所有の大粒ダイヤモンド「マドラスの星」が失われる、という事件が起きます。東インド会社のマドラスに派出されていた男が、本国イギリスに「マドラスの星」を持って帰る予定であったのに、ある日忽然と失踪してしまったのです。で、その調査のためにイギリス本社からマイケル・クレイ(さっきからちょこちょこ登場しとりますが)という男が送られてくる…というところから話は始まります。

 最初はこのクレイの視点で始まるので、なかなかお目当てのモア出てこなくて、ジリジリさせられます。で、出てきたら出てきたで、なんだか自分たちの秘密の居留地をクレイにペラペラ喋りまくってるし、なんかえぇんか、モア……と読者としてはやきもきしちゃうんですが、これまたモアの計略だとわかったときの驚きと快哉!

 これぞモア船長!

 やっぱりモア、最高!!

 そこまでなかなか読み進めるのが億劫であったのが嘘のように、それこそ海風に乗って飛ぶように進む帆船のごとく、読む勢いが止まりません!

 もう最後の海戦なんか……どうなっちゃうの、どうなっちゃうの? って、ものすごくヒヤヒヤしたし、終わったときには…………。


 なんかねー。

 物語にはまりこんで読むほどに、読み終わったときの虚脱感が……。

 もうこの「アドヴェンチャー・ギャレー号」と一緒に旅することはできないんだ。もう彼らに会えないんだ。これ以降の彼らを知ることはできないんだ。モアに会えないんだ……という寂寥感が……。

 つらい。

 そうしてこの虚脱感を埋めるために、また新たな物語の頁をめくる ――――



 残念なことに、作者の多島斗志之さんは十数年前に失踪されています。

 この『海賊モア船長』以外にも、サスペンスだったり、人情系の話だったりと、非常に多種多様な作品を書かれていて、本当に才能豊かな作家さんです。この人の作品ではほかに『黒百合』というのも読みましたが、こちらは『モア船長』とは違って、戦前戦後の六甲山周辺を舞台にした、とても静謐なミステリでした。

 多島斗志之さんの失踪の理由は、残された手紙から失明の恐れがあってそれを苦にしてということのようですが、痛ましい選択です。これだけの才能があっても、あるいはこれだけの才能があるからこそ、いずれ「書けなくなる」ということに絶望したのでしょうか……?


 しかし作者の方が筆を置いた後にも、作品は残ります。

 今はただ、

 このモア船長と、

 汚くも愛すべき海賊ヤローどもの物語を読めたことへの感謝と喜びを、

 一読者として、

 とてもとても楽しかったということを、

 お伝えしたいと思います。


 あぁーっ! おもしろかった!!

 

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