第10話 小説鉱山
☆☆☆
あれから何ヶ月も過ぎた。物語はようやく最初へ戻る。
みたび新幸町商店街にやってきた「小説家」は、幾分やつれた様子で本屋たちの前に現れた。幻想書店の前では、本屋と花屋、金物屋の三人が、山から降りてきた小説家を出迎えた。
「おかえりなさい」
「ずいぶん待ったよ。小説は見つかったかね」
最初の訪問から一年は経っていた。小説家が花屋に案内された書店内のテーブルには、淹れたてのコーヒーがよっつ並べられていた。ソファに腰を下ろした小説家は、本屋と花屋、金物屋の顔をひとつひとつ見回しながら、ひとつのファイルを取り出した。口元には寂しげな笑みを浮かべている。
「これがそうか」
「読んでみてくれ」
本屋はファイルを開いた。
それは黒い山の底で小説を採掘する男の物語だった。来る日も来る日も、男は暗くて狭い坑道の奥底で小説を掘り続けていた。
この世界には情報が溢れている。どこもかしこも正しい情報=真実という仮面を被ったノイズによって満たされている――。男はそう思っている。
自分は正しいと信じきっている人を前にすると危うさを感じる。危ういのはその人自身ではなく、その人にそう思わせてしまうこの世界が抱える情報がである。溢れかえる情報によって、かえって大切なことが覆い隠されてしまってはいないか。多すぎる情報はそれ自身がノイズとなるのだ。そのことに無自覚であってはならない。
男が掘っている場所は、誤ったものあるいは不確実なものなものとして廃棄された情報の山である。男は、そんな廃棄物となった小説の中に「真実」を見つけ出した。とりとめもなく拡散するノイズに紛れ、見えづらくなってしまったこの世界と我々の本当の姿を繋ぐために。男は小説を書きはじめる――。
この物語『小説鉱山』は本となり、ふたたび【Book】に接続された。
(了)
小説鉱山 藤光 @gigan_280614
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