文化祭

猟犬

第1話

文化祭

 六月初め。テストが終わったころだった。自分史上最高の出来だった中間試験の結果に心を弾ませつつ、部活の顧問と反りが合わないことに苦心していた。 

 10人程の仲良しやや陰キャ男子が集まったLIMEグループでの事。

 「俺、皐ちゃんのこと好きだわ」

 「キモ」

 「は?」

 「イチャイチャすんなカス」

 関川大地の唐突な告白にグループのアンチリア充主義の数人が咄嗟に噛み付く。こいつらはいつも「死ね」とか「カス」しか言わないが(本気で言っているわけではない。リア充に嫉妬しているのである。)。私はただ彼が彼女を作るスタートラインに立てた事をおめでたく思った。私と彼は大して仲が良いわけではないが、彼は数ヵ月前まで所属する生徒会の中でいじめられたり、部活内の人間関係で揉めたりと不幸が続いていたから、彼にもようやく幸せの足音ガチ近づいてきたのだと思うとおめでたく思わずにはいられなかった。

家までもう少しの月曜日夜八時。ログは激流のように流れ続ける。

 「@Taichi 振られろ」

 「かえれかす」

 「ゴミ」

リア充アンチの猛攻が絶え間なく降り注ぐ。

 「滅茶苦茶、荒れてんな笑笑」

 「今どんな感じの距離感なん?」

私が単純な興味でそう打つと、待っていたとばかりに関川は語り出した。

 「大地いじられてて草wwwww」

 「それがさ」

 「ん?」

 「ん?」

 「それがどうした?」

なんだかんだ聞いてやるのがこのグループの常である。

 「今度花火に誘おうと思ってんだよね」

 「手でもつ花火?」

 「しょぼ」

 「い」

 「手持ちじゃない」

 「今度、港でやるやつに誘ってる」

 「二人で?」

 「うん」

 「は?しね」

 「帰れカス」

 「イチャイチャすんなカス」

-M.ISOHARAがTaichiをグループから削除しました。-

-Katsuki*•*がTaichiをグループに追加しました。-

-M.ISOHARAがTaichiをグループから削除しました。-

-汐内海斗がTaichiをグループに追加しました。-

 「まぁ」

 「流石にまだちょっと喋るくらいだし」

 「断られると思うけどね」

アンチリア充を宥める様に関川が言う。

 「喋んな」

 「みなはるガチかわいくね?」

 「急にどうしたwwwww」

 「みなはる正義!」

 「きしょ」

グループの話題は千変万化。みんな関川のことなど忘れて、ほかの女子の話で盛り上がり始めた。私はその時ちょうどバスを降りて携帯をしまった。ここから家まで四、五分。初夏、夜のささやかな涼風を感じながら歩く。夜の住宅街の欅並木は静寂の中にひっそりと佇んでいる。空を見上げると少し雲が出ていた。

 「好きな人か」

心の中で呟く。胸に手を当てる。私には恋愛に関して一つの明確なポリシーがあった。それは、自分が人としてちゃんと成熟するまでは彼女はおろか、好きな人すらも作らないというものである。ひとえにだらしがないからである。約束には大抵遅れるし、やりたくないことからは逃げがち。飽きっぽいし、個人主義的な側面もあるから誰かとくっついたところで獅子猛虎すら易々と殺してしまうような禍々しい恨みと哀しみを撒き散らしながら壊滅的な破局を迎えるに違いないのである。だから自分もまだ見ぬ相手も心をミンチにされるような苦しみを味わうくらいならば初めからしないほうが良いという結論に至った。だが、今日は何かもやもやする。心の中の何かが釈然としない。欅並木を通り過ぎ、左に折れて信号のない小さな横断歩道をスタスタ渡っていく。歩道も街灯もない住宅街の小径の端をスタスタスタスタ進む。空には相変わらず一塊の雲がもやもやと浮かんでいる。見えてきたT字路を右へ進むと我が家が見える。ドアをゆっくりと引く。今日は何故だかドアの音が湿って聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文化祭 猟犬 @kazamasouta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ