少年ジョウ(後編)

 竜の肉体は見るも無残だった。


 穴という穴から吹き上がる白煙、鉄よりも鉄に似てそしてむせるほどの鼻に着く匂い。不変な美しさを称える緑色の鱗肌は、すでに黒く変色して砕けて溶けて岩と一つになっている。挙句片腕と片翼は切り落とされて、少し離れた場所に転がされて、足に至っては左足が太ももから消し炭になっている。


 それを見下すことも無い機械人形共。彼等は氷のように静まり返った地獄を生み出したことを意に介す事も無い。

 自然にあったようにだが無理矢理開けられた穴の中へ、鉄の足音響かせて暗闇の中を照らして進む。

 それから暫くしてケミカルライトの内容液に浸された空間が、先ほどまで炎が燃えて激しい戦いの音色に書きたてられていた空間は、ついに足音すら消えてしんと静まり返った。


 残されて倒れ伏すロームは恨み募らせた瞳でその老体を監視する『人形』二体を睨み、しかしてますます朦朧としていく視界と意識に自らの死期を悟る。


 誇りを抱いた竜の一族がただこのまま死ねるだろうか。正々堂々の勝負でなくまるで盗人のように襲いかかり強奪されていくこの姿──つまり無念に溢れたまま死んでいく。竜としても己としても許されないとにすら怒りを覚えていた。


 加えて彼らが野原や大空を捨ててまでも守ろうとした、何者かが何らかの為に手にしようとしている事実。最早敵を燃やし尽くしても尚足りぬ怨念盛る炎が横たわるその老骨を火種にして、月夜に飛び出し世界を焼きつくす怒りの炎がロームの中に煮えたぎっている。


 だがある一つの懸念が彼の頭にあったからか、その瞳は暗い影を落としきれないようだ。


(──ジョウ、は……無事、だろうか)


 ロームは心残りであった。いつもはしゃぎまわっていて落ち着きはないし迷惑もすぐかけるが、誰かに寄り添ってあげられもするしどこか聡い振る舞いもできる、いざとなれば誰よりも強くなれるだろう元気な少年の名前を。本気で怒って泣いて笑って喜んでくれた人間の少年を思い出していた。


(しかし、あの子は、賢いはず……)


 彼は勇敢だが無謀の気もある。この山に長く居てしまったから少しの事では驚く事は無くなり、寧ろますます好奇心を芽生えさせたのだから、心は幼く正義感に駆られるような若さと老竜は解っている。


 とっくに遠くにでも逃げ出せたなら幸いであるが、ロームは望みを抱きながら最後に出来る事をしなければならないと、霞みがかった目の中に覚悟の色を露にする。最早死に体の有様で一体何ができようと思われるだろうがその竜を舐めていれば。


(…………)


 寧ろこの虫の息の老体だからこそはある。


 生きとし生きる者の意思はまやかしでは無く、抽象揶揄と括りきれず、詭弁とも言い訳できず。

 誰かを地獄から救い出す事も出来れば、百度生まれ変わっても生まれ変わって恨み晴らす事もある。


 つまりという覚悟。命の炎が完全に失われない限りは、何者も油断してはいけない。


 彼らに報いるために。最後に残った生命力を、魔力を、体の中心に集わせるように。

 閉所で20m近くの肉体にまんべんなく込められたエネルギーを発すれば、山を揺るがし作られた空間を引き裂く一撃になり、秘められた物品もまた永遠に地の底へ埋まる。

 今度こそ、誰の手にも触れられることはない。誰も思い出すことも、ましてや記憶や記録される事も無くなる。


「……侮った、の、う。儂は、まだ」


 最後の力で一矢報いる事が叶うのならば。

 ロームは心の奥底から笑いが止まらない。


「死にぞこないだ──────」


 だが────馬鹿は来た。









「────だぁぁぁぁああああ!!」








 驚いてしまったから体に無理な負担がかかって、魔力の奔流が元に戻ろうとする勢いで怪我の広がりと出血が促進されてしまったローム。

 激痛に顔は歪むが、視線は突如現れた──懐かしさすら覚える少年の、今まで見た事のない怒りの表情に呆気にとられる。


「う、かぁっ……あ?」

『!』


 恐らく宝物庫から持ち出してきた抜き身のままの宝剣、それを防御が薄いだろうと当たりを付けた脇腹に見事突き刺して、更に懐に自らを潜ませるように力一杯押していく。

 傷口から噴き出す血液のように、一瞬溢れたスパークはジョウの顔を照らしだし、続いて内部から構造のはじけ飛ぶ音が断続的に聞こえる。


 まるで物言わぬ『人形』の、唯一の断末魔のように彼は感じた。


「こんなことにしてぇっ!!」


 耳に入れることなどしないほど確かな怒りに満ちた少年は、怯むどころか柄を握る力を少しも緩めず。

 徐々にカーボンゴムの腹を裂いた刃は、深く押し込まれて反対側へと貫かれた。だからジョウは脇腹越しに、今度は音と共に断続的なスパークが出来て眩く光っているのを目撃した。


「許されると!!」


 機体の姿勢は崩れていき覆いかぶさろうとしているのは、重要な機構に砕けた刃の破片が突き刺さって姿勢を保つのが困難になったのだ。

 それに合わせるように無事な方の『人形』もただ黙って突っ立っているばかりではない。その隙が出来たのを見計らったかのように、左肩に格納されている竜の肌身焼いた光の剣を引き抜く。

 人の瞳の様に輝くカメラアイに映るのは、ただ呆ける少年の頭から股座まで真っ二つにされる光景────。




「お・も・う・かぁーっ!!」




 ────ではなく、機械人形の背中を向けた大きな影。


 これまでの行動は油断を誘うためだけの、完全なるブラフ。倒れてきて焦ったのも、剣を引き抜けずに唸っていたのも、表立った少年の表情さえただの見せかけだ。

 狙うは自身と、自身よりも遥かに重量のある機体をけしかけての体当たりチャージ


「うぉぉぉっ!」


 全力で激突すれば──凄まじくけたたましい金属の重なり擦れる音、追加バックパックがひしゃげる音、全面装甲が凹む音、どこかのカメラが割れた音、どちらも全身が悲鳴を上げた。

 一気呵成に押し倒して進む様は猛牛の如し、もう一方の機体も全く無事でなくなったのはあっという間だった。


 相手も奇襲でこちらも強襲──あっという間に二機を片付けたのは、狙い澄ましていた事は否定できないが、単純かつ純粋に運と度胸、それ以上の何物のお蔭でもない。

 だから彼の体は勢い良く宙に浮いて地面を転げ回った後に、ようやく起きた全身が僅かに震え息も絶え絶えの這々の体を、無茶な攻撃したから痺れていたからだと、心の中でそう言い訳した。


 尤も彼にとっての問題はそこではない。手を握って開いたりしながら振り向く先には、昏い瞳を持つ横たわる竜。


「……そう、じゃない! 爺ちゃんは……あ……!」

「なぜ……ここに」


 血に濡れて横たわる竜に駆け付けようとしたジョウは、たった一歩目で弱弱しい一言を受けて踏みとどまる。

 彼は忘れたわけではない、寧ろはっきりと覚えているからこそ、今更罪悪感を芽生えさせる。

 赤く照らされる竜の顔は死の色濃く漂い先は短い、しかし言葉を紡ぐ意識ははっきりとしている。一見死に際の遺言を残す前の様に思える。


「なぜ逃げなかった……いや、逃げなければ、ならなかったのだ。戦おうと────」




「────違うっ!」




 それでも彼は現実をはっきりと受け止めて、荒立てない口調とはっきりとした言葉で意思を示す。


 死にゆく身体に近づく少年の顔は、自身と決意に溢れた真剣な表情。突然の事態を前にしてもその顔は逆風に向って堂々進みゆこうとする者の顔だ。やがて傍に来たジョウは、彼を憩うように片膝立ちで顔の近くに寄り添って黄金色に輝く瞳をじっと見つめる。自分の影がぼやけつつも映ったのが分かると、少し瞼を細めて右手を硬く熱い頬に優しく触れた。


「ジョ、ウ……」

「本当は怖い、今でも怖い……戦わなきゃならないし一人で生きて行かなきゃならない、それでも! 今ここにある全てを見て、いてもたってもいられないのは!」


 弱弱しく彼はまるで抱きしめようとして更に体を寄せたジョウ。ところがすぐにそれを制してしまい、それ以上動かないまま、全身に力を込め始めて僅かに震える。


「何にも出来ない自分が一番嫌だからだっ!!」


 無力されど覚悟と決意を持って歩んできた彼と、力はあるはずなのに何物にも躊躇ってしまったローム。間に流れる入ってきた風は、炎で温められて生ぬるい無情を匂わせていた。

 馬鹿を言っている事をすぐに理解するはずもない、ましてや激情に駆られてすらいる有様では。


「ここもボロボロだ、皆ももういないんだ!!」

「……」

「馬鹿だと分かってるのに、こうしても何も帰っては来ないのに……!」


 だけど、間に合わなかった。


 泣き入りそうでも強い口調で吐き捨てるような言葉、聞いてしまったロームはより複雑な心を抱くようになってしまった。本当は泣きじゃくって叫んだっていいしわくちゃな少年は、誰かを頼って生きていくことをしなくてはならない。

 頼れるはずの自分には最早力がない、力になる資格がないとも。誰も頼れる者はいない。


 それでも彼は行く。


 自分のしたい事の為に、自分が成すべき事をすると解ってしまったが故に。だから次に言い出す台詞は、彼にはとっくのとうに分かっていても止める資格も力も、この死に体の竜には存在していなかった。


「……お爺ちゃん」

「それは、それでは……」

「僕がしたい事はっ!」


 ふと視線を外せば、彼が最初頬に触れていた手のひらは、いつの間にか固く拳を握っていた。彼の無意識のうちに、自然とこうなっていったように。

 ようやくそれに気づいたジョウの手はまた力を緩めて、それでもまだ強張る手のひらで頬を撫でた。慣れた硬さと慣れないぬめり気を感じるから、その言葉を止める事は出来ない。


「僕は……一人になってからの、最初にするべき事をっ」


 若干言いよどんだか、しかしすぐ言葉をつづける。


「……する。こんな事を誰も許しちゃいけないんだ」


 絶対にという声は強く残響していく、恐らく機械の屍を睨みつける少年の心の中にさえも。

 きっと何があっても託すしかないと解るロームの口から洩れた、ああという言葉には様々な意味が込められている。それを伝えぬよう大きな手を、片方だけ残った大きな手のひらで、小さな彼の背中を撫でて。


「ジョウ……お前に言い残す事がある」


 血も何も付いていない乾いた掌は優しく、ジョウにとっていつも変わらぬ岩のように思える。その竜の表情はいつの間にか優しい微笑みを浮かべていた。


「お前は本当は優しい子だ。太陽よりも明るく星よりも眩い。お前に何があろうとも絶対に向こうの世界から守ろう、何時までもずっと……お前は一人ではない。だからずっと優しいお前であってくれ……」

(……爺ちゃんの、魂がみんなのとこへ行く)


 それがジョウに伝えるロームの最後の言葉になった。ロームはついに瞳を閉じて、言葉も命も──意思を伝える魂は消えて天に昇っていく。そして最後にほんのわずかな灯を足してくれた。勇気とほんの少しのほころびを得て、ジョウは大穴に向けて一歩ずつゆっくり歩きだす。剣も引き抜かず熱に煽られて暗闇の中へと歩き出していく。


 しかし彼は夢に操られた様な朧気な足取りをずっとはしなかった。ふと洞穴の入り口すぐ手前で立ち止まってほんのわずか震えた後、突如起きた爆発音と振動が起きたと同時に一気に走り出す。


 一体何を思ったのだろう、何故立ち止まったのだろう、そしてほんのわずかに震えた時に放った言葉は何。

 ずっと小さい背中ばかりを向けていたいだろう。決して振り向こうともしない彼の、どんな表情を浮かばせていたのかさえ分からないが。彼の頭の中に確かに残響のようにあった言葉が染みついていく。


 ありがとう、と。


 もしかしたら彼等の魂が無事に安らぎの地に治まる事以外にも彼は何かを願い思ったのかもしれない。この事を一生涯忘れる事の無いように、しかして自身が怒りばかりで終わる事の無いように。








 ◇








 隠された空間を見つけ出したように固く閉ざされた扉でさえも、肩に担いだ装置から発する熱線が簡単に穴を穿つ。隠されし宝に迫る人形と金魚のフンのようにくっついて離れない小さな箱状ドローンがなだれ込めば、長年閉ざされてきた空間に光は浮かび幻想的な空間は蘇る。


 岩壁に直に彫られたとは思えないような緻密な紋様が天井から下まで伸び、真上を見れば太陽を象徴とするデザインが大きく描かれている。そしてとの天井の真ん中から本当に太陽の光の様な朗らかな光が真下だけに降り注ぐ。その先にあるのは木の幹のように地面から生えてきたように出来た台座が備えられている。


「……」


 その自然溢れる台座から生える木の根から零れる柔らかな光──それこそが彼らが追い求める物から放たれる光。覆い隠されて一切の形状すら見えないが、モノアイ内蔵カメラによって確かに膨大なエネルギーがうごめいている事を突き止めている。向けられた銃口を下げ、人形たちはその目を緑色に光らせていたが。


 先頭を歩く機体の手には箱状の投擲物、おもむろに取り出したものを全力で台座に向って投げつけた。だが虚空にぶつかったそれが炸裂して吹き上がる噴煙。破壊の形跡は全く無く、すぐ晴れた煙の中から陽色のシールドが露わになっていた。


「……」


 台座を守るだろうシールドなのだろうが、彼等にとって見透かすことも打ち破るのも容易く。即ち今度はランチャーから放たれる小さなミサイルが、バリアーに向けて飛んでいきまた虚空にぶつかる──が、この爆発の起こった後にあるはずのシールドはどこにも見当たらない。


 だからいとも簡単に上手く行く、そのはずだった。


「!!」


 イレギュラーは二つ。


 噴煙が掻き消えぬ前方に地面の隠し扉をずらして蠢く小さな影が、まるで眠りから目覚めるかのように起き上がっている。とっとと拿捕するか始末するかで十分であるから、彼らは即座に台座の真下向けて銃口を突き出したのだが。


 問題はもう一つの、彼等の後方から一気に迫ってくる反応。それは本当に部屋の中に転がり込んだので、身体を打った痛みで苦悶の声を上げていた。情けなくともこれまた勢いの良い声で転がり込んできた。彼らも一斉にその方向に向くと慌てて銃口を上げたのだが、途端彼の姿を一目見るや否や銃そのものを降ろしたのである。


「うべっ、だはぁっ!」


 人間──しかもまだ幼い少年。こちらは明確にノイズになったようで僅かな躊躇いが見られた。

 これは彼らがロボットであるというからだと思われるが、ジョウはそんな事知る由もない──知ったとてどうだという話。だから一瞬の隙が生まれたことに疑問を生み出しつつも狙われた光に向けてその足を起き上がらせる。


(足元!)


 すぐさまスライディングの要領であっという間に群れなす彼らの中に突っ込めば、体の小ささとその俊敏性を利用して見事な撹乱っぷりを見せつけている。高揚状態コンバットハイで無い力を振り絞っているだけの疲れた足取りは危ないものの。それでも包囲を突破し彼等の目の前に、そして謎の小さな影と台座に飾られている宝物を背後にして躍り出る形になる。


 ジョウは無意味だと知っていながら、挑発と侮蔑が入り混じった言葉を彼らに小さく吐き捨て強気に出た。


「何処見てたんだマヌケッ!」


 その最中彼はようやくこの山を滅茶苦茶にしてまでも欲しがっていた、つまり彼らが目標にしていた物をちらと目撃する。それは眩く輝きすぎていたのではっきりとした形を捉え切れる事は出来なかったが、馬鹿と言われても価値くらい当然見抜ける──碌でもない事をしている連中に渡せばまずいはずだとも。


「へへへっ……何でも思い通りになるなんて間違いだと……」


 その最中ではジョウは良く彼らの行動を見ていた、躊躇いすら見えないのに攻撃をしない様子というのは特に目につく。彼は反撃をし、事実二体の『人形』を沈黙させた。あんな真似を仕出かしておいて自分には一切何もしてこないわけがない、問答無用に仕掛けてこない姿は不気味に映った。


 ──だけど彼が本当に見るべきだったのはそこではない。


 その瞬間だけもしも。何よりもジョウの後ろで蠢いている小さな竜の姿と小さな言葉さえさっきにでも聞こえていたのなら。『人形』共のAIがこの先起こる事柄全てを予測さえできていたのであれば。


 彼の運命も大きく変わっていたに違いない。






「バッキャロー!! 何してんだそっから離れろーっ!!」






 癖の強い幼い叫びが響く。ジョウは振り返って足元を引き気味な視線で見たし『人形』たちも一斉に銃口を向けて射撃を敢行してしまう。光線の行方はジョウとはちゃんと離れた位置に着弾したが──ドンと地面が大きく揺れた瞬間ジョウはまさかと思って振り返ってしまった。


「うわぁ……っ!!」

「ほら見ろやったぁッ!」


 台座がゆっくりと粉々に砕けていき、一気に解放された光に被ばくしたのは台座の真正面に立っていたジョウだった。『人形』たちもその光を見たが溢れただけの何の意味も持たない余波。結局はジョウが彼らに対して思いきり遮っていた事が原因である。


 それでもさざ波のように押し寄せるエネルギーの余波だけでも『詳細不明』、巻き込まれた人物の『状況不明』、そしてそもそもエネルギーの総量は『解析不能』の分析が次から次へと出てくるばかり。そんな正体不明にして無限に溢れるエネルギーに襲われたジョウ。


「うぁっ!! ぐ、う、う、う…………うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 果たして彼の中に眠るすべての怒りと力も奮い起こされ彼そのものではなくなっていく────。


 光の中より露わになった少年はでは無かった。つまり人として余計なものが数多もくっついていた。凶暴な心に鋭い爪。つり上がった眦に黄金こがねの瞳。そして本来あるはずの無いの蜥蜴を思わせる尻尾。固い拳を握り締め鋭い視線で彼らを見据える様は今まさに襲い掛かろうとも見える。


 果たしてこれを少年ジョウと呼んでいいのであろうか。最早人間と呼べるのであろうか。もしかしたらそれは彼がずっとそばにいた竜そのものによく似ている。静かに起き上がってそんな小さな背中を見つめるのはさらに小さな影であった。


「な、なっちまったぁ……人間が、ドラゴンに……」


 それは竜と呼ばれる者ドラゴニュートとはまた異なる言葉。或いはその言葉があるからこそ彼らがそう呼ばれるに至った言葉。どこの国でもどこの人でもそう呼ばれ真の戦士を意味する言葉であり象徴。そして彼の胸に埋め込まれている宝石の力を制御できる偉大で最も強い竜そのものを指す言葉。


 しかして石の力を手にしたならば竜で非ずとも──それが熊や兎や蛇、人間の少年であったとしてもそう呼ばれる。おかしいことではない、そも強大であれど元々の竜に万能の力があるわけでは無いのに。


 つまり彼はたった今誕生したのだ、竜の他に与えられなかった名を継いだ人として生まれ変わったのだ。




 称するのであれば────『ドラゴン・ジョウ』の誕生である。




 だがどうも様子がおかしいのはここからである。


 しばらく獣のように伏せている様な立っている様な姿勢を続けていたのを、ふと僅かな震えを止めてゆっくりと茹った体を起き上がらせ彼らに向うよう真っすぐ立ちあがった。金色の瞳の中にある怒りと哀しみは未だ燃え続けているのだが、もう一つ恐ろしく冷たい何かが生み出されたようにも見えてしまう。


 その答えを待たずして脅威と断定した『人形』の一機が突撃しナイフを振るうが。


「お前たちぃっ!!」


 彼に簡単に懐まで潜り込まれた挙げ句その腕すら掴まれてしまい、ゆっくりと空いた右腕を鋼の胸に当てられた。


「……お前たちだけは絶対に、許さないぞ……!!」


 眩い閃光、超速の弾丸が横切るような音、山崩れか地震かと思わせる衝撃と爆音そして爆炎。怒りを体現したかのような破壊的で凶悪な攻撃は戦いの火ぶたを切るには十分だった。

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ドラゴン・ハート 中里悠太朗 @nakasato_yutaro

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