第10球 陽の色が混ざれば

第9球 雪溶けのない銀世界で

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139556493389551


 裏のプレハブから一階の屋根に上がり、ポーチの屋根を通って二階の窓へ。

 子供の頃よく使った秘密の通路は、成長した今登ってみるといつ事故が起きてもおかしくない危険な経路で、あの頃親がひどく怒ったのも当然だと反省する。

 振り返れば、みどりがいる。

 陽が落ちかけているとはいえ、あまり誰かに見られてもまずい。みどりにとっても勝手知ったる我が家のはずだが、一応私が先に上る役回りにしたのだ。手を繋いで屋根の上に引き上げて、家をぐるりと半周すると、ハル姉の部屋に辿り着く。

 窓枠の下にふたりで潜んで、最後の作戦会議をする。

「うー、どうしよう。どう声掛ければいいかな?」

「なんでもいいでしょ、しっかりしてよ」

「なんでもいいが一番困るんだって。あーもうやっぱ帰ろうかな」

「帰るってどこに。ここまで来てそれはないでしょ!」

 焦れたみどりはそう言うとカーテンの掛かった窓を指で叩いて、自分は引っ込んでしまった。

 驚きと焦りの叫びを押し殺すが、それでも部屋の中の気配が近づいてくる。

 カーテンと窓が開く音がする。


 ハル姉と目が合った。

 そしてハル姉は目を逸らした。いつも陽気に笑いかけてくれたハル姉はもういない。

 そして私は、目を逸らされることに耐えられなくて、目を逸らしたのだ。そうやって目を逸らし続けるうちに、二度と会えなくなってしまうのに。

 それはきっと、追いかけられなかった私の罪だ。あんなに優しくされたのに、優しくできなかった私の罪だ。

 鍵を掛けようとした指が、私の隣のみどりの顔を見て固まった。

 今動かなければ私はきっと一生後悔する。

 ハル姉が固まっている隙に窓に片手を突っ込んで、左半身を突っ込んで、勢いのままに部屋にお邪魔を試みる。

 押し留めようとするハル姉と私の攻防の最中、逆側の窓を開いてちゃっかりみどりが部屋に突入する。

 ハル姉のよそ見のおかげで、私もなんとかどさりと室内に落ちることができた。


「……………………何しに来たの」

 脱いだ靴を膝に乗せ、並んで正座する私達に、ハル姉が目を合わせずに呟いた。

 その後ろに、声に出さない誰よその子は、という一言が続いていることを、痛いほどに感じる。

 上着の下に季節外れの夏服を着た、私と同じ顔をした女の子。それはちょっと、あまりに胡乱で、ハル姉の言いたいことはものすごくわかる。

 言いたいけれど、それを口に出せない理由も良くわかる。

 ……だから私がうまく話を切りだせない理由も察してくれないだろうか。

「説明して」

 あっけなく潰えた希望に、私より先に隣から声が上がった。

「――みどりって言います」

 みどりが、拳を握りしめるのが見えた。

 ハル姉がみどりに見えないよう、隠れて拳を握るのも見た。

「私ね。お姉ちゃんと、喧嘩をしたから。謝らなきゃいけないこととか、伝えたいこととか、たくさんあるんだ」

 みどりの声が震えている。

 ハル姉が一度口を開いて、けれどうまく言葉が出せずに口を閉じた。

 目を逸らし合う二人の、傍から見れば明らかな、けれど当事者に見えない感情を見た。

「……なにそれ。知らないわよそんなの、あんたの姉に言いなさいよ」

 そして、みどりは真っ直ぐハル姉を見据えた。

 私には結局できなかったことを、向こうの世界のハル姉には結局できなかっただろうことをやってみせた。

「わかってる。あなたは私が喧嘩した私の姉じゃない。それでも、私のお姉ちゃんの話を聞いてほしいの」


「私の大好きな、お姉ちゃんの話を」


第11球

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