第9球 雪溶けのない銀世界で

前話『第8球 鏡の色を知っている』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555854103666/episodes/16817139556484084256


 窓の外を流れる銀世界。

 電車の走る音に身を委ね、ぼんやり外を眺めていると、ぷっと吹き出す声が聴こえた。


「ふふっ、ごめん。

 ……でも、……だって、みどりが、ふふ……。半袖姿なのに、バッチリ防寒してるのが可笑しくって、ふふふっ」

 ましろはまた嬉しそうに笑った。マフラーと帽子、それに手袋も私に貸してくれた彼女の頬と手はほんのり紅く染まっている。なのに、「……でも、ホントに寒くないの?」と、コートまで私に着せようとするものだから、慌てて断った。

「文化部のましろと違って、私はテニス部のエースだから、代謝がいいの。ちょっと動けば温かくなるから、心配しないで!」

 そう言うと、彼女はちょっと申し訳なさそうに笑ってうなずいた。きっと痩せ我慢はお見通しだろう。それでも、頼りきりは申し訳ない。

 再び外へ視線を戻すと、彼女はそっと私の側に身を寄せた。触れあう腕から、優しく熱が伝わって来る。

 あぁ、彼女ましろみどりと同じはずなのに。何だか、まるで妹ができたみたいだ。

 ……いや、彼女は妹なのだろう。


「……紫朗しろうは相変わらず、素っ気ないの?」

 ふいに、兄貴の名前が口からこぼれた。こんなこと聞かなくても、嫌なくらいに分かっていることなのに。


 ましろはお日様みたいにニィっと笑うと、少し寂しげに視線を落とす。

「……うん。でも、さっきはすっごく心配してくれたんだよ。……ほら、みどりが病院に運ばれたとき。

 有無も言わせずに、ギュウって私のことを抱き締めたんだから」

 それを聴いてため息をつくと、彼女の瞳がいたずらっぽく細まった。


「「いつもあんなに素っ気ないくせに」」


 呆れた低い私の声と、明るく嬉しそうな彼女の声。がらんといた車内でハモって、私たちはクスクス笑いあった。今日初めて出会ったはずなのに、ずっと前からよく知る鏡像……。

「……きっと今、病院に向かってる途中じゃないかな。自転車を私が借りて来ちゃったから」

「ふふ、もうあなたましろみどりも病院にいないのにね」

 再び目を合わせ、ひとしきり笑ったあと、ふっと糸が切れるみたいに話が途切れた。

 窓の外では、また雪が降りだしている。


「……ハルねえに、会うんだよね?」

 ――鈴木はる。いや、こちらの世界では、すずきはるか。紫朗の妹で、私達の姉。……兄貴と違って、昔からずっと優しい姉さんだった――。


「今日も部屋から出てこないよ、きっと」

 とても静かにましろは言った。いつも明るい彼女の声は外で降る雪のように淡々と、しんしんとしていた。


 ……ごめんね、ましろハル姉姉さんが引きこもるようになって以来、上手くいってないあなたにこんなお願いをするなんて。

 だけど、私はもう一度、彼女と話したい。……みどり兄貴紫朗も、姉さんが死んで変わってしまったから。


 空を覆う雲は分厚い灰色をしていた。何だか気持ちが滅入ってしまう。


「……お土産、何か買った方がいいかな?

 ――っひゃあっ?!」


 突然、首筋へ冷たい手を当てられて、ビクッと私は飛び上がる。隣のましろは手を引っ込めて、クスクス笑った。


「ふふふっ、ハル姉へのお土産よりも、自分の着る服を買いなよ。風邪ひくよ」


 澄んだ瞳がキラキラ輝く。少し気持ちが軽くなって、私は小さく息を吐く。

「この野郎~!よくもやったな」

 ……ホントは電車の中で騒いじゃダメだけど。あぁ、神様。もうちょっと、今このときだけは許してください。


次話 『第10球 陽の色が混ざれば』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555854103666/episodes/16817139556543430187

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