第7球 知らない白は優しくて

次話『第6球 青に変わる』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555854103666/episodes/16817139556085491774


 誰かの話す声が聴こえた。私はそっと目を開ける。そこは知らない真っ白な天井。四角く囲ったカーテンレールがドラマでよく見る病院みたいだった。


「……じゃあ、この子は一体誰なの?」

 同い年くらいの女の子の声。いつかどこかで聴いたような……。

 ハッキリしない寝ぼけた頭で身体を起こそうとすると、重い痛みが全身を走った。


「――っ!!!」

 そうだ、私はトラックに跳ねられたんだっけ……。たしか、母と兄を探していて……。


「大丈夫?」

 こちらを見る、心配そうな母の顔。少しほっとした私は歯を食いしばって笑みを返す。


「……うん。心配かけちゃって、ごめんね。お母さん」

 そう言った瞬間、母はギョっとしたような顔をした。病室の温度が少し下がったような気がした。まるで、幽霊でも出たみたいな……。

 何だか不安になって、言葉を探していると、側にいた知らない女の子が、恐る恐る口を開く。

「あの……。えっと、今、この人のことを『お母さん』って言いました?」


 とても綺麗な髪の子だった。

 お母さんと同じで、さらさらと流れるような黒い長髪。……きっと、雨の日もぐちゃぐちゃに爆発することはなくて、お風呂上がりにドライヤーを忘れた朝も、櫛を入れればすぐに戻るし、戻らなくてもゴムでとめれば誤魔化せるし、風が吹けば男の子たちはみんな振り向き、耳に髪をかければぼんやり見惚れる……。そんな風な、いつも私が夢見てたような、艶やかな黒髪の女の子。

 だけど、他人の母を『この人』呼ばわりなんて、ちょっと失礼だなと思って、私は黙ってうなずいた。すると、彼女は酷く困惑した様子で、言葉を続ける。


「この人は私のお母さんなんですけど……」


 訳がわからなくて、お母さんの顔を見ると、彼女は黙ってうなずいた。

 サァーッと顔から血の気が引いていく。そんな訳ない。そんなワケ無い。そんなわけがない。それなら、私のお母さんは?

 頭の奥がチカチカする。窓の外は真っ暗で、ガラスはびっしり結露していた。二人の服も夏服ではない。母は昼間と服が違う。部屋の明かりが眩しくって、世界がぐるぐる回った後みたい。

 あぁ、これは夢なのだろうか。夢ならいいのに。

 氷を血管に流し込まれたみたいに、冷気が身体を駆けめぐる。ぎゅっと毛布を首まであげても、寒くて寒くて堪らない。


「……大丈夫?」


 お母さんが。目の前の子の、知らないこの子のお母さんが私の手をぎゅっと握った。私のお母さんじゃないんなら、もうずっとそっとしておいて欲しい。

 隣の少女は訝しそうに、心配そうに私の顔をじっと見ていた。

 ……見覚えのある顔をしていた。

 パッチリなのにどこか眠たげな二重まぶた。負けん気の強そうな眉毛に、顔の真ん中の低い鼻。

 鏡に映ったように、私と同じ顔をしていた。……ただ口元だけは、口角がキュっと上がっていて、いつも不満そうに突き出した私と違うけど。


「……あなたは一体誰なの?」


 彼女は優しく私に尋ねる。その澄んだ瞳の中で、いつもの私がひとり心細そうにこちらを見つめていた。


次話『第8球 鏡の色を知っている』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555854103666/episodes/16817139556484084256

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る