第4球 お兄ちゃん


前話「第3球 くそ兄貴』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139555855825977


 突き刺すような寒気。地吹雪に煙るグラウンド。遠い風鳴りがブラスバンドみたいに大合唱する中、鋭い音を立てて跳んでいく白い球。

 私は運動公園に野球の応援に来ていた。……こんなに寒いのに。……野球なんて、ちっとも興味はないけれど。


「お兄ちゃぁーんっ!」

 こちらに向かって走ってくるユニフォームにタイミングを見計らって声を掛けるけれど、一瞬だけ振り向いたかと思えば、お兄ちゃんは帽子のつばをキュっと下げて顔を背けた。

「もーぅっ、無視しないでよぉ~」

 このそっけない態度の男こそ私のお兄ちゃんで、私がこの寒波の中でも、応援に来る理由。当然とえば当然、所属している高校の野球部では四番ピッチャーをつとめているのである。

「応援来てよかった、シロウお兄ちゃん格好良かったもん!

 次も来ていいよね? ダメって言われても来るけど」

「…………」

 いつもなら、返事がないのはテレ隠しだとでも言っただろう。お兄ちゃんが格好良かったのは紛れもなく本当だけれど、ただ、ルールを詳しく知らない私の目で見てとはいえ、試合は大敗だった。寒い中、あんなに練習に打ち込んでいたのに。だからこそ尚更……。


「お兄ちゃん、平気かな……」

 グラウンドを離れる気にはなれなかった。もう試合が終わったのに、いつまでも凍える観客席に居残っていた。


「遅くなるから、お前は先に帰ってろ」

 そう言われはしたのだが、落ち込んでいるお兄ちゃんをそのままに出来なくて、しばらくはそのままでいた。流石に体が冷えてきて、自販機で暖かいコーンスープを買ってきた帰り、血相を変えて飛び出してきた誰かにぶつかりそうになって、向こうはなんとか踏みとどまる。

 目があって、相手がお兄ちゃんだと気が付いた。


「お兄ちゃん? 何かあったの?」

 問い掛けへの答えは言葉の形では返って来なかった。

 いつもはそっけないお兄ちゃんに抱きすくめられて、私は言葉を失ってしまう。その力の入りように、なにかが起きたのだということだけは理解する。

 たとえ小さなボタンでも、何かが掛け違えていたら、きっと私たちは別世界に行ってしまっていた。……そんな気がした。




第5球https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139556064751734

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