最終話
「今日は本当にありがとうございました! またお会いしましょう!」
五万人の観客を前に、聡太の声が響き渡る。観客は割れんばかりの拍手でバンドメンバーを称えた。
聡太達にとって初のドームツアー公演。その初日の東京ドーム公演がたった今終演した。
上京して約七年。小さなライブハウスから始まった彼らの活動は、今やドームを満員で埋め尽くすほどに成長した。
目標にしていた大舞台に届いた。嬉しさのあまり、聡太の目には涙が滲んでいた。
観客に向かってバンドメンバーと一礼した後、ステージを後にした。
開演前は感じたこともない緊張で手が震えていたが、今は余韻が残って幸せな気分だった。それは聡太だけではなく、他のメンバーも同じだったようだ。
「はあ良かったあ。無事終わって」
楽屋に着いて、第一声に海斗がほっとしたようにそう漏らした。
「まじ最初緊張やばかった」
「ね。あれだけの人が見てるとさすがにな」
翔と大成も開演前を思い出して笑った。
「いやあでも良かった。何のアクシデントもなくて」と海斗。
「そうだね。また明日も頑張ろう」
聡太がそう言うと、海斗、翔、大成は、「おう」と口を揃えた。
「そういやこの後予定ある? 飯行かない?」
大成が不意に全員そう言った。聡太は一瞬考えたが、
「ごめん今日はやめとく。すごい疲れたから」
そう断ると大成は残念そうな顔した。
「そっかー。それは仕方ない」
「愛しい彼女が待ってるからな」
翔がにやけて口にする。もちろん聡太に聞こえていたが、何も反応はしなかった。
とはいえ、翔の言葉は間違ってはいない。自宅には愛する彼女が待っているのだ。
(何か甘いものでも持って帰ろうかな…)
そうしたら彼女は喜びそうだ。前もお土産を持って帰ったらすごく喜んだから。
美優と交際して約二年が経過した。二人の仲は良好だ。
◆◆◆
「ただいま」
夜十時過ぎ。聡太は自宅のある都内マンションに帰宅した。
「おかえり。お疲れ様」
玄関に入るなり、美優がやって来た。聡太は彼女の顔を見て、もう一度、「ただいま」と口にした。
「どうだった、初日は?」
「最高だったよ。さすがに緊張したけど」
「珍しいね。普段はあまり緊張しないって言ってたけどーー」美優は話している最中、聡太が左手に提げている袋に気づいた。「あれ? なにその袋」
「デザート。ケータリングであったから、袋に入れてもらったんだ」
すると、美優はぱあっと顔を輝かせた。
「わっ、やった! 早く食べよう!」
「いいの? 夜遅いけど」
「いいの! 今日は特別!」
聡太は可笑しそうに笑った。
(良かった。嬉しそうで)
彼女の喜ぶ顔が見れて満足だった。その表情を見るだけで、今日一日の疲れが飛んだ気分になる。
それからほどなくしてテーブルの上にコーヒーとケータリングでもらったケーキを出して、デザートタイムが始まった。
「んー、おいしい! 幸せー!」
濃厚なモンブランを口に運ぶと美優は顔を綻ばせた。
「美優ちゃんは今日どうだった? 賀喜さんと会ったんでしょ?」
彼女の幸せそうな顔を堪能した後で聡太は尋ねた。
「うん、久々にね。何とか上手くやってるって言ってたよ」
「そう」聡太はコーヒーを一口、口に含んだ。
「聡太君は松浦君には訊かないの?」
「そうだね、あんまり訊かないようにしてる。というか、訊きづらいかな」
「まあメンバー同士ならそうかもね」
美優はそう言ってまたモンブランを口に入れた。先ほどと同じように幸せそうに目を細めた。
美優が沙耶と東京で会うことは今日が初めてではなかった。もう数えきれないほど会っている。というのも聡太と美優が同棲を始めて少し経った頃、沙耶も同じように上京してきたのだ。
彼女の上京理由は美優と似たものだった。驚くことに沙耶は海斗と交際していた。しかも付き合い出したのは数年前の同窓会が終わった後とのこと。さらに驚くことは、数ヶ月前に二人は結婚したのだ。
聡太はそのことに驚きを隠せなかった。二人の関係を全く知らなかったから、楽屋で海斗から突如告げられた時は激しく困惑した。
美優は二人の関係性については聡太よりは知っていたが、結婚すると聞いたときはさすがに驚いた。交際期間が一年も経っていなかったから、いささか性急ではと思った。
そんな海斗と沙耶は最近おめでたなことがあった。もちろんそれは沙耶の妊娠だ。あの海斗が父親になることに、聡太はまた驚いた。
(結婚か…)
海斗が結婚したこともあり、聡太は少しずつそのことを考えるようになった。
結婚をする覚悟は、あるといえばある。貯金はある。もし今の仕事が出来なくなっても、当分の間は彼女を幸せにできるほどの余裕はある。
とはいえ、聡太はライブやらで日本全国を飛び回ることが多い。そのことで彼女を一人にさせて、何かと負担をかけていると思う。美優は「全然大丈夫」と言っているからその言葉を信用しているが、結婚後も彼女の気持ちがずっと続くとは思えない。
けど、そんなことを懸念していたらキリがない。結局は自分が生涯をかけて彼女を幸せにできるのか。その自信があるかないかだ。
それに聡太は美優のここ最近の様子を見て、気になることもあった。彼女が結婚雑誌や結婚関連の情報をネットで調べているところをだ。彼女もそろそろだと考えている。
(あとは俺のタイミングだな…)
本当にそれだけだ。聡太はそう思いながらコーヒーを口に含んだ。
「子どもかあ。沙耶と松浦君の子ってどんな感じだと思う?」
「んー、わんぱくに育ちそう」聡太は二人のイメージからそう言った。
「確かに。ずっとはしゃいでそう」
美優はくすくすと笑った。彼女も二人の顔を思い浮かべたのだろう。
「性別はまだわからないんだよね」
聡太は美優に尋ねた。
「うん。まだだって。もうちょっとしてからわかるらしい」
「どっちに似るかな」
「どっちだろうね。けど二人の子だから可愛いんだろうな」
「そうだね」
それには聡太も同じ考えだった。
「…いいな。子ども」
美優が聞き取れるかわからない声でぼそっと呟いた。おそらく独り言だろう。
けど、その言葉は聡太はしっかり聞き取っていた。
「美優ちゃん」
「なに?」
聡太は、速る鼓動を抑えるように小さく深呼吸した。
まだ後だと思ったけど、今が言うタイミングだ。
「俺たち、結婚しない?」
その言葉を発した時、美優の目は大きく見開かれた。
「美優ちゃんと付き合って約二年。これまで色んなことあったけど、これからも一緒に君といたい。だから、俺と結婚してくれませんか?」
聡太は彼女の目をしっかりと見据え、そう言った。
美優は黙って聡太を見つめていた。けど、それは長く続かなかった。
視線を落とし、目元を手で拭った。もちろんその涙は嬉し涙だ。
「はい…! よろしくお願いします!」
聡太は嬉しそうな彼女の顔を見ると、どくんと胸の高鳴りを感じた。いつだって彼女のそんな表情を見ると、心を動かされてばかりだ。
「じゃあ今度、指輪一緒に観に行こっか」
「うん」
聡太と美優はお互いの顔を見合い笑った。人生でもこんな幸せな時はめったにないと思った。
「聡太君」
「なに?」
「本当に私でいい?」
聡太は微笑んだ。
「もちろん。美優ちゃんがいい。これからもずっとに横にいてね」
「うん」
「本当に美優ちゃんと会えてよかった」
聡太は心の底からそう思った。こんなに自分を愛してくれる人はいない。自分は本当に幸せ者だ。
イケメンだけど女性が苦手な男子の話 @Mukimuki111
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