#047 クロノ暗殺作戦⑨

「ハァー、ハァー。な、なんでこんな目に……」

「まって、もう、走れないわ」


 ――――早朝、オミノの路地裏で息を切らしているのはイーワンとその母親――――


「すこし休もうか。ひとまず追手は無いみたいだし」

「そもそも、逃げる必要なんて」


 ――――イーワンは早朝、監視の報告を受けて秘密の通路で屋敷を脱した。彼らが犯した組織的な(村への)侵攻は重罪であり、裁かれることになれば死刑は免れない。しかしながら、裁判となれば無罪を勝ち取る可能性も生まれるので『下手に逃げないほうがいい』と思うかもしれないが…………捜査の手が彼らに及んだ時点で『その希望は絶たれた』と考える必要があった――――


「ダメだよ。下手に捕まると、どうなるか……」

「大丈夫よ、その時は"あの人"に助けてもらえば」

「それだって、まずは時間を稼がないと」


 ――――母親のコネは確かなもので"ある程度"の犯罪なら揉み消せてしまう。もちろん侵攻はある程度の範疇におさまらないが、そこはやりよう。犯人となる野盗やサンボ、そしてその動機や犯行後の流れもすべて用意し、万全の状態だったのだ。しかしながら結果は御覧の通り。事が事だけに用心していたイーワンの行動は、彼の普段を考えれば上出来と言えるだろう――――


「まずは倉庫に隠れて…………いや、直接、屋敷を訪ねるか?」

「ダメよ。こんな時間に押しかけて、失礼だわ」

「それは! ……まぁ、そうだけど」


 ――――悠長な事を言っているように聞こえるが、実際のところ高貴な相手は会うだけでも相応しい段取りが必要になる。アポなし、しかも徒歩で押しかければ門前払いになるのは必至。それこそ『貴人の名をかたる不届き者(平民)』として即刻拘束・処罰されても文句は言えない――――


「大丈夫。あの人の名前を出せば、誰だって手出しできなくなるんだから」

「それは……」


 ――――母親と違ってイーワンはあの人を信用していない。しかしながら『小金持ちの平民』止まりに出来ることは少なく、彼もまた母親と同じ考えに収束してしまう――――


「…………」

「「!!?」」

「な、なんだガキか。見世物じゃないぞ。さっさとウセろ!」


 ――――仕方なく振り返る2人の視線の先には、使用人服を纏った少女が1人、にこやかな眼差しを向けていた――――


「主様から言伝を預かっております」

「あっ! "レイブン"様ね! さすがはレイブン様。事態を察知して使いをよこしてくれるなんて」


 ――――レイブンとは、領主の末の子であり、この地域を監督(領主や街長ではない)している若き重鎮だ――――


「伝言の内容は…………君には失望した。これ以上私の名前を出されても迷惑なので静かにしてくれないか…………との事です」

「まずい、ママ! コイツ、僕らを切り捨てる気だよ!!」


 ――――静かに歩み寄る使用人。その容姿からは幼さが感じられるが、だからこそ、この状況で平然としていられる異常性が際立って見えた――――


「違うの! 失敗したのは全部…………この子なの!!」

「へぇ?」


 ――――母親を庇うイーワンが、思わぬ発言に母親を見返す――――


「本当に、出来の悪い子で。どれほど後悔した事か」

「ちょっと、何を言っているの? ママ??」


 ――――母親はキノタの村長家に嫁いだものの、その相手は節約家であり、村に尽くすのを当然と考える人格者だった。当然ながら贅沢が出来るはずもなく、それどころか長にもかかわらず畑仕事まで手伝わされる始末。散々甘やかされて育った世間知らずのお嬢様がそんな生活に耐えられるはずもなく、彼女は跡取りを傀儡にして"早期に"世代交代させて村やその収益を思い通りにする計画を打ち上げた――――


「ニーナが男だったら、交換できたのに。ハァ~~」

「え? あれ? どういうこと??」


 ――――深いため息をつきながら、母親が使用人に歩み寄る。彼女は子育てと言う名の洗脳をほどこす中で『イーワンの出来の悪さと、(嫁ぐことが決まっていたので)放置していたニーナが優秀である』事に気づいた。しかしながらキノタの村長を女児が継承した前例はなく、ニーナにも懐かれていなかったため、仕方なくイーワンを次期村長にする作戦を継続した――――


「それでは、失礼します」

「え? なんで、私が……」


 ――――人気のない路地裏を、母親の血が流れていく。今回の一件の首謀者はイーワンであり、彼には犯人として大々的に裁かれる仕事が残っている。しかしながら彼と権力者を繋いだ"影の黒幕"の存在は、権力者から見れば邪魔以外の何物でもない――――


「なっ! よくもママを…………ぐふっ」


 ――――反射的に使用人に飛びかかろうとするイーワンだが、音もなく忍び寄った影にあっさり気絶させられる――――


「お手数をおかけします」

「いえ、こちらこそ、出過ぎたマネを」


 ――――話は戻るが、イーワンが無能に、そしてニーナが有能に育つのは必然だった。何故ならイーワンを育てたのは母親であり、ニーナは父親や村民から愛されながらも、苦労し、勉学にも勤しんだのだから――――





「クロノ様の協力で、円滑に事が運びました」

「貴女に様付けで呼ばれると、むず痒くなりますね」

「そうですか? そう思って貰えるなら…………小気味良いですね」


 薄っすらと嫌らしい笑みを浮かべる昔馴染みと、久しぶりの軽口をかわす。


「まったく、相変わらずで安心しました」

「貴方も、相変わらずのようですね」

「「…………」」


 ――――使用人が片手を掲げると、音もなく黒づくめの兵士が現れ、親子を回収していく――――


 キノタ村をめぐる一連の騒動の黒幕はこのバカ親子だが…………それを可能にしてしまったのがレイブンをはじめとする権力者であり、見方によってはそちらが黒幕ともとれる。しかしながら彼らはナチュラルに平民を踏みにじるものの、それはあくまで『高貴な者たちの社交』であり、キノタやその利権に関心があるわけでも無ければ、領地問題にかかわる犯罪に加担する意図もない。彼らの心境を分かりやすく言い換えるのなら『あっさり一線超えちまったよ。成金はコレだからもう』ってところだ。


「それで報酬ですが…………予定通り、後日、手続きを」

「…………」

「?? なにか?」

「いや、"担当"の複雑な顔を思い出して」

「はぁ」


 今回の報酬・慰謝料として、商売をする上で必要になる様々な権利を貰い、それをニーナに任せることにした。あくまで"枠"なので商会名を引き継ぐ必要は無いのだが…………それでもあの『兄の商会を継ぐ』のは並々ならぬ葛藤があったようだ。


 まぁ、知ったこっちゃないけど。




 ――――こうしてクロノは、苦労しながらも着実に夢に向かって地盤を固めていた。『人間不信の俺が異世界で理想のハーレムを作るお話。』本編・完――――

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人間不信の俺が異世界で理想のハーレムを作るお話。 行記(yuki) @ashe2083

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