続編のクローン

海沈生物

第1話

1.

 メメトちゃんの王子様はピンチヒッターでなければならない。深い闇の奥底から救ってくれる存在で、いつかメメトちゃんを助けに来てくれなければならない。メメトちゃんはそう信じていた。……それなのに、それなのに、それなのに!

 メメトちゃんの王子様は死んでしまった。自殺した。首を吊って死んでしまった。理由も告げずに、メメトちゃんが一人で暮らしていた部屋の隣部屋で首を吊って死にやがりました。優しい両親にも大切だったはずのメメトちゃんにも何も告げず、遺言だけ残していた。メメトちゃんは許せなかった。仮に神が「許せ」と言われても、勝手に死にやがった王子様を許すことができなかった。


 だから、とある「闇の組織」に注文して、メメトちゃんは新しく王子様を作ってもらった。全く同じ見た目で全く同じ性格、生前の王子様の行動を全部インプットされていて、誰がどう見ても彼と同じ存在を作った。なので、メメトちゃんも生前と同じように、その存在のことを「とーくん」と呼ぶことにした。

 とーくんは生前と変わらず営業成績が優秀で性格に難がなく、顔面まで良かった。人生がソシャゲであるのなら、最高レアかつ攻略サイトで最高評価を付けられているような、完璧完全超人だ。自己完結型の最強キャラである。


 そして、メメトちゃんはそれだけでは済ませませなかった。こういう話のテンプレート的な展開だと、彼自身がまた自殺してしまうパターンが多い。それで悲嘆に暮れてバッドエンド、なんて展開はメメトちゃんには避けたいものだった。

 というか、実際に実験中にも666体の彼が自殺を図って実際に死んでいたらしい。一応対応策として自殺するのに関連していそうな記憶の部分的な消去をしておいたらしいが、記憶を消去したところで彼が彼である限り、また病んで自殺する可能性は否めなかった。


「そこで賢いメメトちゃんは貴方が次に自殺した時は、私一緒に死ぬ装置を心臓に取り付けましたの! これでもう勝手に一人で死なれる心配はありませんわ!」


「はぁ……でも、それを複製された本人である俺に言っても良いわけ?」


「当たり前ですわ。この装置はあくまでも貴方に対する脅迫用でもありますのよ?」


「脅迫、って。”貴方が死んだら私も死ぬ。だから死なないでくださいましー!”ってことか? ヤンデレかよ」


「さすが、相も変わらず口が悪いですわね。確かに私はヤンデレと呼ばれる、愛故に倫理観も品性もない狂った行動を起こす異常者と同じ存在なのかもしれません。ですが、勘違いしないでくださいまし? 私は


 ここで説明するのですが、私は実際に今のクローン・とーくんを愛していない。なぜなら、それはの王子様ではないからだ。「だったらなぜ、クローン製造なんてクローン技術規制違反の行為に手を染めたのか?」と思うかもしれない。その理由は皆まで言わなくても教えよう。

 私にはとあるから黒の髪留めと一緒に託された「目的」がある。それを達成する「計画」のためには王子様のクローンが必要不可欠であり、しかも簡単に死んでもらうと困ったことになる。だから、クローンである王子様は言わば捨て駒である。計画が達成できればあとは勝手に自殺してもいいし、あるいは現世でオリジナルと成り代わって生きてもらっても全然気にしない。そう教えてあげると、クローン・とーくんはすごい不愉快だと言いたそうな顔をしてきた。


「じゃあ、その”目的”って一体何なんだよ」


「それは……教えられませんわ! 企業秘密なので!」


「企業、って。クローンの俺を作ったのはお前一人じゃないのか?」


「当たり前ですわ。どうして、庶民である私がクローンを作れると思いますの? メメトちゃんが提供したのは自分の腎臓一つとオリジナル・とーくんの死体だけですわ。それ以外は何も渡してませんのよ?」


 すごい白い目で見てきた。「何か間違ったことを言ったのかしら」と白々しく思っていると、クローン・とーくんは私の肩に手を置いてくる。


「あのなぁ、怪しいと思わなかったのか? 腎臓一つの価値なんてたかが知れている。その程度で協力してくれるなんて、絶対があるぞ」


「……そんなことより! 今は計画ですわ、計画! さっさと計画達成のために、行くべき場所へ行きましょう! レッツゴーですわ!」


 手首を掴むと、嫌がるクローン・とーくんを無視して引っ張っていく。「こいつは何か隠しているな」と訝しむような目で見てきているのに怪しい笑みを浮かべながら、絶対あとでそのを公開した時に泣かせてやろうと心の中でほくそ笑んでいました。


2.

 しばらくクローン・とーくんを引っ張っていくと、ついに目的地へ着いた。私はぜぇぜぇと荒い息を整えていたが、完全完璧超人の彼は息一つあげていなかった。いっそ、おんぶしてもらった方が良かったのかしらと思ったが、今更考えても後の祭りだ。もう着いてしまった以上は、考えた所で虚しいだけである。

 クローン・とーくんの様子を確認すると、この連れてこられた場所に対して大変困惑している様子だった。私はその姿につい変な笑みが漏れた。


「なぁ、ここ何のために来たんだよ?」


「貴方はなんでだと思いますの?」


「だってお前、ここ……俺の家だぞ? でも、オリジナルの俺は」


「はい、死んでいますわ。ご家族もオリジナルに対しては大変苦しまれていて、何度も”どうかあの可愛いあの子の笑顔を見たい”とオリジナルの部屋の中で繰り返し、繰り返し言っていたそうですわ」


「……だろうな。オリジナルの俺は死んでいたのでその記憶はないが、大体あいつらがどんな様子をしていたのかぐらいは予想がつく。俺には知ったことではないが」


「まっ、親不孝だこと。……ご両親が聞いたらさぞわよ?」


 クローン・とーくんは私の顔を見て、ものすごく嫌そうに眉間に皺を寄せてきた。ついでに頬を引っ張ってきようとしましたが、「痴漢ですわー!」と叫ぶフリをしたらやめてくれた。まぁあまりこういう手段を取るのはよろしくないなとやってから反省しましたが、触ろうとしてきたのは向こう側ではあるので、わざわざこちらから謝ることもしなかった。


 私がオリジナルの家のチャイムを鳴らすと、中から「はーい」と中から少し疲れたような声が聞こえてきた。ドアが開かれると、そこにはオリジナル・とーくんの生みの親である母親が立っていた。母親はクローン・とーくんの姿を見ると、唐突に涙を溢れさせた。「どうして今まで連絡を取ってくれなかったの!」「どうしてメメトちゃんと付き合っていることを教えてくれなかったの!」と言いながら、ギュッとクローン・とーくんのことを抱きしめていた。その姿を私はただ冷めた目で見つめていた。

 隣にいる私を彼女と勘違いしたまま家の中に入れてくれると、オリジナルが行方不明になってから体調を崩して家庭療養中だった父親の元へと連れて来てくれた。父親も母親と同様、クローン・とーくんの顔を見ると泣き出した。その姿も私はただ冷めた目で見つめていた。


 しばらくして二人が泣き止むと、お茶とケーキを出してもらえた。どうやら今日は彼が最後に目撃された日だったらしく、もしかすると一周年記念に帰ってきてくれるかもしれない、と思いケーキを買ってきてくれたそうだ。

 人生はソシャゲじゃないのだ。一周年記念日だからといって過去に死んだ人気キャラクターが実装されて帰って来ることはないだろとか思ったが、絶対に口に出さなかった。

 

 二人は私たちが付き合っているのだと勘違いしたまま、


「相変わらず、メメトちゃんからもらった安物の腕時計を付けているのね」

冬矢とうやはケーキが好きだった」

「いちごを後から食べる派だった」

「私はよく冬矢が残しているいちごを先に食べて、泣かせていた」


 などとペラペラ話してくれる。話を聞いたクローン・とーくんがわざとらしくいちごを渡してこようとしたが、「今の私はそんなことしないですわ」とわざとらしく返却してあげた。確かにあの頃の私はいちごを奪っていた記憶はあった。

 いちごを奪った後に冬矢が見せる泣き顔がめちゃくちゃに可愛かった。なのでつい、いつもいちごを盗っていたのだ。無論、散々泣かせた後は自分のいちごをプレゼントしてあげる。そうすると泣き止むどころか感謝をしてくれたのだ。どう考えても盗んだメメトちゃんが悪かったのだが、騙されやすいオリジナル・とーくんはそんなことに気付かず、返却をしたメメトちゃんに「ありがとう」と言ってくれていた。


 私たちはケーキを食べ終えると、「あと一日ぐらいここに」と引き留めてきたオリジナルの両親に「明日も仕事がありますから」と言い訳して立ち去った。オリジナルの家が見えなくなってくると、一度近くに見えた公園のベンチに座った。もう既に夕方となっていたのだが、子どもたちは元気に走り回っている。夕陽と子どもたちが重なって、私はなんだか眩しい気持ちになってきた。なんだか感傷的な気分になった私は不意にクローン・とーくんへと言葉を投げかける。


「そろそろ私の”目的”に気付きまして?」


「それはまだ分からねぇ。でも次の目的地ぐらいなら、さすがに察しの悪い俺でも気付く」


「……そ、それじゃあ、目的地がどこなのか教えていただきますの?」


「お前の家」


「ご、ご名答ですわ……相変わらず抜けているようで変なところでは賢いのですわね」


「うるせぇ。いつも赤点すれすれで生きていたお前と同じ頭じゃないんだから、当然だろ」


 その時、ちょうど六時を知らせるチャイムが鳴った。子どもたちは見守っていた親たちと手を繋ぐと、そのまま家へと帰っていく。私たちは互いに顔を見合わせると、その後を追うようにして、手を繋がずに次の目的地へと向かった。


3.

 夕陽はもう地平線の底に沈みかけていた。私の家に到着すると、今度は彼がチャイムを鳴らしてくれた。中から「はーい」と声がすると、やつれた顔のお母様が出てきた。お母様は私の顔を見た瞬間、突然泣き出して、抱きしめてきました。


「よく帰ってきてくれたわ、芽衣戸メイト!」


 実感のないその名前に、私は苦笑いを浮かべた。それでも、私は大切な方のためにも演じなければならない。幸福な王子様とお姫様を演じなければなりません。クローン・とーくんに対して「王子様」なんて認識をちっとも思っていなかったとしても、それが彼女から望まれたことであるのだから。


 私は泣いているお母様に「どうして泣いていますの?」と白々しく笑うと、「本当に王子様を連れてきてくれたのが嬉しいのですわ」と泣きながら笑みを浮かべていた。どうやら、オリジナル・とーくんの家と同様に、私たちが付き合っていると勘違いしているらしい。まぁその方が都合が良いので否定はしなかった。


 クローン・とーくんと一緒に中へ入ると、リビングに紅茶を飲んでいたお父様がいた。私たちが姿を見せると、お父様も突然泣き出し、持っていた紅茶をテーブルにこぼした。「何やってますのよ、もう」と偽りの笑顔を見せますと、照れ臭そうにしてテーブルをお母さまと拭きはじめた。その姿に記憶の通り、本当に仲睦まじいのだなと思った。


 またここでもケーキを食べた。こちらちょうど私の失踪記念日としてケーキを買っていたそうだ。やはり、人生とはソシャゲなのかもしれない。

 ああそうだと思い出したように、今度は私がいちごを奪おうとした。お父様から「ほらほら、私のあげるから」と宥められた。その姿を見て母はニコニコと私と似た笑顔を浮かべていた。ですが、この幸福に満ちた偽りの時間もそろそろ終わりです。私たちはオリジナル・とーくんの家と同様に「仕事があるから」と言って無理矢理にでも泊めさせたそうな二人の意向を退けると、さっさと外に出た。


 そうして、またあの公園に戻ってきた。もう夜だったので、いるのはベンチで酒を飲むサラーリマンか、あるいは社会に疲れた顔をしてブランコをこぐOLだけだ。私たちはそんなオリジナルの姿を見ながら、はぁと溜息をつく。


「これで無事に”目的”は達成ですわ。ここからは、貴方の勝手です」


「そうなのか? ……なぁ、結局お前のその”目的”ってやつは何だったのかだけ教えてくれないか? 消化不良のまま去るのは、なんか胃もたれする」


「簡単な話ですわ。”メメトちゃんに頼まれた”んですの。ただそれだけのことです」


「それじゃあ、お前も俺とだっていうのか? それじゃあ、ろくでもない裏というのは……」


「はい、オリジナル・とーくん同様にメメトちゃん……も死んだのですわ。作られたクローンである私を逃がすため、闇の組織の追手からの銃弾を庇ってくれましたの。私が……いえ、本当にメメトちゃんは、その時に両親のことをくれぐれもよろしくと頼まれましたの。これが私の知る全てですわ」


 これでクローンとはいえとーくんのことだ。いちごを盗んだ時のように泣いてくれるのかと期待した。だが、全然泣いてくれない。それどころか。白々しく冷めた顔で私を見てきていた。


「そういうのはさぁ……秘密にするより、さっさと共有してしまって良かったやつだろ。それだったら、もっとお前の両親を喜ばせるとか、そういうのができただろ」


「それは……確かに、言われてみればそうですわね。次からは気を付けますわ」


「次はもうねぇだろ。……もしかして、俺と本当に付き合ってくれるとか」


「ないですわ、絶対に。残念ですが、それは私をオリジナルに申し訳が立ちません。私が愛していたあの方は私を庇い、クローンである私に”自由に生きてほしい”と言ってくれました。ですから、愛していない貴方と付き合うつもりは全然ないです」


「……そうかよ。線無しか、まぁいい。それじゃあ、いつかお前の結婚式ぐらいには呼んでくれ。結婚しないのなら、葬式ぐらいに」


「あら、私と貴方には片方が死ねば片方が死ぬという装置が付けられていますのよ?  葬式をするとしても、仲良く二人並んで棺桶での対面ですわ」


「棺桶同士だと対面できない気もするが……まぁいい。せいぜい達者で生きろよ。クローンとかいう影法師同士、お互いにな」


「あら、失礼な。私たちはもう影法師ではありませんわ。オリジナルから頼まれた最後のお願いをこなした今、オリジナルがいない以上、私たちはもう既にオリジナルなんです。だから……もうオリジナルを模倣するだけの人生ではないですわ!」


「……それでも、俺たちはオリジナルの人生の続編を生きるんだ。本編の終わった続きを描くソシャゲみたいな人生を一生過ごす運命なんだよ、俺たちは。だから、オリジナルという深い闇の底から縛ってくる鎖からは一生逃れることはできねぇよ。おとぎ話みたいに、キスをして救ってくれるとやらが存在したとしてもな」


 私は何も言わなかった。否定も肯定もしなかった。クローン・メメトちゃんは髪を留めていた黒の髪留めを外すと、地面に叩き付け、踏み潰した。クローン・とーくんも安物の腕時計を外すと、それを地面に叩き付け、踏み潰した。クローン・メメトちゃんはクローン・とーくんに背中を向けると、それからは二度と振り返ることはなかった。夜明けが来る気配は一向に見えなかった。

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